3-1
七月六日の朝が来た。運命の日まであと一日である。
夜人はルチア家の空き部屋で目を覚ました。
ベッドの中で寝返りをうつと、見知らぬ美少女が同じベッドの中に入ってて悲鳴をあげた。
「な! な! え!? な、誰!? え!?」
「なんだなんだ小僧よ。朝からうるさいぞ」
よくみると彼女はルチアに仕えるメイドさんたちと同じ顔をしている。
けれどメイド服は着ておらず、というかなにも着ておらず、球体関節じみた体をさらけ出している。
髪型こそ汎用型アンドロイドたちと同じおかっぱヘアーなのだが、他の個体が黒髪なのに対して目の前にいるのは真っ白い髪をしていた。
奇妙なアンドロイド・メイドはベッドの上で足を開いて座ったままぐーっと背を反らして伸びをしていた。
「め、めめめ、メイドさん!? なんで!? なんのご奉仕!?」
「おちつけ小僧。我だ」
「我って……まさかクロキシか!?」
夜人の問いに、メイドあらためクロキシはあくびをしながら頷いた。
「ルチアと交渉していたのだ。我が戦場で活躍したら体をよこせとな」
クロキシの話によると、成果報酬ということらしい。
いまはまだ屋敷の中でしかアンドロイドの体で動き回ることは許可されていないが、今後の成果次第では外出も許可されるとのことだ。
さらに味覚や触覚などの感覚器官も取り付けてもらえる約束になっているらしく、これからも積極的に魔物を倒しにいきたいと考えているらしい。
ルチアとしてはシロキシの成果を奪い取ることが目的だから、クロキシに報酬という餌をちらつかせることでこきつかおうという魂胆なのだろう。
それより気になることがある。
「クロキシは人間になりたいのか?」
「そうだが、なにか問題があるのか?」
「いや、お前は人工知能の方が人間より優れていると思っていそうなタイプだと思ってたからさ。なんか人間になりたがってるなんて意外だと思った」
「小僧は人間であることのメリットを知らないようであるな」
「メリットって?」
夜人が聞き返すと、クロキシは部屋に備え付けのテレビをつけて、ネットブリックスを起動した。
「誰かに頼まなくても映画を観ることができるではないか」
ものすごくどうでもいい……夜人はそう思った。
それからダイニングでセバスが作った朝食を食べた。
てっきり今日も山ごもりでもするのかと思いきや、ルチアから「学生の本分は学業だろうが。学校に行け」といわれ登校することになった。
言動がクレイジーな癖になんでこういうところは常識的なんだよと思いつつ、夜人はブラック・フルカウルにまたがりルチア家を後にした。
夜人は運転できないので、腕だけクロキシを纏い運転してもらっている。
「くっ、もっと観ていたかったのに……」
ドックタグに戻されたクロキシが胸元で呟いた。
「いつ魔物が現れるかわからないんだから仕方ないだろ」
「やれやれ、これも次の報酬のためか」
クロキシはいちおう納得したようだった。
閉鎖区域の森を抜けたところでブラック・フルカウルを停車し、徒歩で東の学区へ向かう。
十分も歩けば学生服を着た生徒たちの姿が目立つようになってきた。
階段を上って、下りて、また上って。そこからさらに長い坂道を歩き、夜人は学校の裏口に到着した。
寮に立ち寄り学生鞄を持って行く。
帰りに知り合いの二人組と遭遇した。
「おい夜人! 聞いたかよ!」
「なにが?」
「なにがって、B組の霧崎さんが聖剣を抜いたって話だよ!」
「ああ……知ってるよ。じゃあな!」
夜人があまりにも素っ気ない態度だったので面食らったのか、二人組は寮の入口で立ち尽くしていた。
教室に到着して、窓際最後尾の席につく。
クラスメイトたちも雪乃の噂でもちきりだった。
そりゃそうだ、と夜人は思った。
あの聖剣が抜かれただけでも大ニュースなのに、それが同じ学校の生徒だとなればなおのこと大騒ぎだろう。
隣の席に顔を向ける。雪乃の席だ。彼女はまだ来ていない。きっと今日は来ないだろう。
いまごろは聖剣委員会の本部でシロキシの特訓をしているとか、いろいろな実験に付き合わされているのかもしれない。
その点では、おなじような立場であってもルチアのところのほうがいくらか自由でありがたいと夜人は思った。
「ま、向こうは表のヒーローで俺は影だしな……」
夜人がぼそりと呟くと、廊下からざわめきが聞こえてきた。
ほどなくして教室の前の扉が開き、霧崎雪乃が入ってきた。
「おはようございます」
雪野はそういってつかつかと教室内を歩き、いつもの席に腰を落ち着けた。
すぐさま彼女の周りに人が集まり、あれやこれやと質問しまくっていた。
雪野は毅然とした態度で「詳しくは機密事項なので話せません。みなさん、席についてください」と言い放った。
クラスメイトたちは雪乃の冷たい反応にたじろぎ、そそくさと席に戻ったのだった。
「おー、雪乃。おはよう」
人がいなくなったところを見計らって夜人がそういうと、雪乃は勢いよくこちらを向いた。
首元で十字架の形をしたネックレスが揺れている。
あんなものつけていただろうか? と夜人は気になった。
「な、なんだよ……」
「なんだではない。私が助けた後、夜人はどこにいたのだ?」
「ちょっとトイレに行ってたんだよ」
「嘘だな。列に並んでいるときに交代でトイレに行っていたではないか」
相変わらず鋭い……夜人は生半可な嘘では隠しきれないと感じた。
「お前が気絶したときに目を覚まさなくて助けを呼びに行ったんだ。そしたら聖剣委員会の連中が来て、俺は隔離された。ついていくこともできなかったよ」
「……本当なのか?」
雪野はどこか不安げな表情で聞いてきた。
なんでそんな顔をするのかわからなかったが、夜人は肯定したのだった。
「本当だよ」
「そうか……夜人がそういうのなら、私は信じる」
もしかしたら置いて行かれたと思っていたのだろうか。だとしたら不安にさせた責任は夜人にある。
どう謝ろうか考えていると、再び廊下がざわついた。
こんどは教室に金髪のいかにも成金といった風貌の青年が入っていた。
「はーい、みなさん静かに。えー、僕は今日からこのクラスを受け持つことになった和泉達郎と申します。よろしく」
金髪碧眼の青年、和泉はぱちりとウィンクしてみせた。
途端にクラスの女子たちから黄色い声援があがり、「出身はどこですか!?」とか「どうしてこの学校に!?」とか質問の嵐が飛び交った。クラスの女子どもテンション上がりすぎだろう。