2-5
街を疾走してたどり着いたのはビジネス街の中央スクランブル交差点。
路地裏から覗き込むと、その中央に雪乃はいた。
「雪乃! ってなんだあの格好!?」
スクランブル交差点の中央で剣を振るっている彼女は、白い着物に赤い袴というまるで巫女さんのような姿だ。
勇者は白い鎧を着ていたはずなのに、なぜ彼女はあんな姿なのかわからない。
胸元がはだけすぎだし、袴なのにスリットが入っているのもおかしい。
「……おい小僧。お前どこを見ている?」
「ど、どこもみてねぇよ!」
「心拍数と呼吸回数が増加しているが?」
「ああもう、集中するよ!」
夜人は変な考えを頭から追い出した。ひとまず路地裏から様子を伺うことにした。
こちらの活動時間は限られているのだから、不用意にとびこんでもかえって混乱を招くだけだ。
シロキシの力ならゴブリンなんて楽勝だろうな……夜人はそう思っていたが、雪乃の様子はおかしかった。
近づいてくるゴブリンを剣撃の風圧で払いのけるばかりでいっこうに切ろうとしない。
徐々に集まってきたゴブリンの数が増えていき、彼女の足や腕にまとわりついてきた。
「様子がおかしぞ……?」
「あの娘、なにかをいっているようだ」
クロキシが雪乃の顔をズームにした。同時に指向性マイクもオンにしたことで、彼女の声が耳元で聞こえてきた。
「くっ……言葉が通じるならすぐにこんなことやめるのだ! 私は無益な殺生をこのまない!」
雪野はゴブリンたちを切ることにためらっていた。
「まさかゴブリンを説得しようとしておるのか……?」
「あいつこんなときになにやってんだ!?」
いくらゴブリンが人型とはいえ、言葉なんて通じるわけがない。
たしかに奴らは「オンナ、オンナ」とか「コロセ、コロセ」とかカタコトでしゃべってはいるが、理性が働いているのなら暴動なんか起こすはずがない。
それでも雪乃は懸命に語り掛けていた。どこまで真面目なんだあいつは、と夜人はやきもきした。
「クロキシ、行くぞ」
「作戦は?」
「ケースバイケースだ。俺に合わせろ」
「ふん、生意気なことを。だが了解した。戦闘モードを発動する!」
夜人が纏う鎧の各部が開き、蒸気が噴出した。全身に青い光の線が明滅し、戦闘モードに移行したのだった。
夜人はアクセルをひねった。ブラック・フルカウルが唸り、前輪を浮かせるほどの速度で発進。
夜人はブレード・バレットをハンドルに乗せてゴブリンに狙いを定めた。腕はクロキシの補正によって自動的に照準される。
夜人はブレード・バレットの側面についているダイヤルを親指で「単発」から「連射」に切り替え、引き金を引いた。
秒間十発の嵐のような弾丸を放ちながらゴブリンどもに撃ち込んでいく。
スクランブル交差点の外周を後輪を滑らせながら周回し、一蹴することにはゴブリンどもは殲滅され弾が尽きた。紫煙と焦げたタイヤの臭いがあたりに立ちこめる。
夜人は柄の底からマガジンを捨て、ブラック・フルカウルのタンク側面に取り付けられた予備マガジンを装填したのだった。
「な、何者だ!?」
雪乃が切先を向けてきた。
近くで見るとますます際どい衣装に視線が彷徨いそうになるが、夜人は努めて彼女の目を見るように意識した。
(クロキシ、ボイスチェンジャー)
(了解)
小声でやり取りして咳払いをした。
夜人は自分の声が落ち着いたバリトンボイスに変わったことを確認して、まずは第一声に「名を聞くのなら、まずは自分から名乗るのが礼儀ではないか?」と言い返した。
「申し訳ない……。私は霧崎雪乃。……勇者だ」
素直に詫びるところが雪乃らしいと夜人は思った。
「俺の名は黒騎士。聖剣シロキシの影だ」
「黒騎士……そんな方がいらしたとは、あなたも魔物と戦う者なのですね」
夜人は鷹揚に頷いた。
いきなり敬語になったところを見るに、雪乃は黒騎士を年上だと判断したようだ。
雪乃に敬語を使われるのはなんだかむず痒い感じがしたが、夜人はいうべきことをいうつもりでいた。
「そんなことはどうでもいい。それよりも聞かせてくれ。なぜゴブリンを説得しようなんて考えたのだ?」
渋い声にあわせて口調も少し変えている。素顔は見えていないし、ここまでされたら勘のいい雪乃でも絶対に気づかないだろう。
予想通り、彼女はどこか所在なさげな表情になった。
「わかっています。わかってはいるのです。それでも、言葉が通じるのならば会話によってこんな無益な争いはすべきではないと伝えたかったのです」
「その結果がこれだとしてもか!」
夜人が両腕を広げて怒号をぶつけると、雪乃は弱々し気に眉尻を下げた。
黒煙を吹き上げるビル。横転した車。ひしゃげた標識。
このなにもかもが、雪乃がもたついていた責任だ。
運よくゴブリンどもが集まっていたから夜人が一掃できたものの、もしも雪乃がシロキシの能力をフルに使い、始めからゴブリンを殲滅するつもりでいたのならものの五分でこの街は救われたはずだった。
だが、彼女はそうしなかった。
「すい……ません……」
「謝ってすむ問題ではない。まさか力の使い方がわからなかったのか?」
「いえ、使い方はシロキシが教えてくれます。私が自分の意志で戦うことを拒んだのです」
雪野はシロキシを抱きしめていった。
(シロキシが教えてくれるってどういうことだ?)
(おそらく、シロキシにも我と同じような使用者をサポートする機能があると思われる)
(なるほど)
であれば力の使い方は把握していたはずだ。
なのに雪乃は力を使うことを拒んだ。
たとえ勇者に選ばれてまだ数時間しか経過していないとはいえ、覚悟が足りない。
夜人の想像した通り、このままでは雪乃はその甘さによって死にかねないと思った。
「君は自分がどれほど重い宿命と責任を背負っているのかわかっているのか?」
「はい……」
「ならば敵に情けをかけるのはやめるべきだ。わかるな?」
「それは、そうかもしれませんが……言葉が通じるのであれば……」
「その考えが甘いといっているんだ! 言葉が通じるからなんだ? それで争いが亡くなるなら戦争なんかこの世に存在しないだろう!」
「でも……」
「でもではないわこのメス豚がぁ!」
ちょっとまて……と夜人は思った。
最後の一言は自分が言ったわけではない。夜人は間違っても雪乃にメス豚だなんていわない。夜人の目的は彼女の心を折るわけでも怒らせるわけでもないのだ。
シロキシに選ばれた勇者という、その自覚を持たせることが目的だった。
それがどうだ。
雪野の顔がどんどん赤く染まり、眉間には深い縦皺が刻まれているではないか。
「メス……豚……?」
(おおおおおおおい! クロキシ! なにいってんだお前!)
(うじうじしている輩は好きではない)
(だからってお前ーーーー)
しゃきん、と小気味良い音が響き、夜人の喉にシロキシの切っ先が突きつけられた。
目の前にいる雪乃には怒気が可視化できるほど異様なオーラに包まれている。
なんか、彼女の周囲の景色が歪んでみえるというか……。
「私はメス豚ではありません。前言を撤回していただけますか」
「あ、ああ。すまなーーーー」
「メス豚はメス豚である小娘が! 街一つ守れぬ未熟者にはお似合いではないか! 平和ボケした頭でブヒブヒ鳴いておるがいい!」
「な、なんですって!」
「敵も命をかけて襲ってくるのだ。情けだの容赦だの、説得だの会話だの、そんなことは敵に対しても無礼である。命を賭けている者に対して、自分は命を賭けようとはしないその姿勢。脆弱にして惰弱にして貧弱極まりない! いかにも養育されたメス豚の発想ではないか!」
雪野がシロキシを腰に構えた。
ものすごい形相でこちらを睨んでいる。
(お、おいクロキシ、もうやめーーーー)
「勇者になったばかりだから? まだ子供だから? 思いやりが大事だから? そんな道徳が通じると思うのか? 戦え。闘争の果てにしか平和は訪れん。真の平和を求めるのなら、その手を血で染めろ!」
「うるさい!」
雪野が地を蹴り夜人の横を通り過ぎた。
夜人はとっさに目をつむり、ゆっくりと開いた。
首は……つながっている。
背後から重々しい音が響いた。
振り返ると、巨大なゴブリンが倒れていた。
「これは……」
「ゴブリン・ロードであるな。それより小僧……少し体を借りるぞ」
ゴブリン・ロードの向こう側に立っている雪乃は、シロキシを振って血を払った。
「黒騎士さん……いや、黒騎士。あなたのいうことはわかった。確かに私は弱い。力も、技も、心も足りていない。剣道とは剣の理法の修練による人間形成の道というが、いまこの時をもって私は修羅となる。私に説教をたれるなら、叩っきられる覚悟をもつがいい!」
雪野は敵意全開でそう宣言し、シロキシを持ち上げながら振り返った。
「そうだな。では」
クロキシは夜人の体を使い左前腕のタッチパネルからブラック・フルカウルを呼び寄せて飛び乗った。
そのままアクセルを全開に捻り一気に走り出した。
「く、クロキシ!?」
「戦うわけがなかろう。我の戦闘モードは残り一分で解除される。無理無理」
「まてええええええ! 卑怯者おおおおおお!」
背後からものすごい怒号が聞こえてくるが、路地裏に入ったところでステルスを展開し姿を消した。
それからクロキシは本拠地であるルチアの屋敷までまっすぐ帰っていったのだった。
ルチアの屋敷に到着すると、セバスが出迎えてくれた。
「お疲れ様です、黒木様。この度のご活躍にルチア様は大層感動されておりました」
「あー、まぁ相手はゴブリンだし……」
「いいえ、そこではありません。あのシロキシにびしっといってやったことでございます」
「ちょっとまった! それは俺じゃない!」
「はっはっは、よいではないか小僧。我らのどちらがいっても、あの娘にとっては同じことだ」
なんだよそれ……と思いながら、夜人はクロキシを解除した。
クロキシは黒いドックタグの姿にもどり、夜人は一息ついた。
セバスに食事の用意ができていると言われダイニングに案内された。
すでにルチアが長テーブルでぶ厚いステーキを赤ワインで流し込んでいるところだった。
「おお、影の騎士のご帰還か。よくやったな」
「よくあるかよ。クロキシのせいでさんざんだ」
「だろうなぁ。だが私としては計算通りだ。クロキシにはシロキシにたいして憎悪や劣等感を抱くようにプログラムしている。実に面白い会話だったぞ」
ルチアはワインを継ぎ足してさらに煽った。
それから彼女はダイニングの壁にかけられたテレビの電源を入れた。
映し出されたのは雪乃の顔で、夜人はどきりとした。
「これ……」
「ヒーローインタビューというやつだろうな。くっくっく」
ルチアは心底楽しそうにどんどんワインを飲み下す。
夜人は料理にも手を付けず、雪乃の発言に耳を傾けた。
「この度は初の戦闘でしたが、いまはどのようなお気持ちでしょうか?」
インタビュアーがマイクを差し出すと、雪乃は作り笑顔を貼り付けたまま答えた。
「私は負けません。この島の、いいえ、この世界の人々のためにこんごも全霊をかけて戦う所存です」
「頼もしいお言葉ですね! ちなみに、上空からドローンで撮影していたのですが、あの黒い騎士は何者だったのでしょうか? 雪野様を助けていたようにーーーー」
「助けられていません」
「ですが映像ではーーーー」
「あの男は……黒騎士は私の邪魔をしたのです! そのうえ私を罵倒し! 貶し! 汚した! 私はあの男をぜったいに……ぜえええええったいに許しません! あいつこそが世界の敵そのものです!」
「そ、そうですか……それでは次の質問ですがーーーー」
雪野はインタビュアーからマイクをひったくり、カメラに詰め寄った。
「黒騎士! もしも聞いているなら覚悟しろ! 次に会ったとき、私は貴様をぶった切る!」
その後も喚き散らす雪乃。ついに画面がお花と「少々お待ちください」のテロップに切り替わった。
夜人は膝から崩れ落ちて両手を地面につけた。
「なんでこうなったんだ……」
これじゃ最初の目的と全然違う。
ただ助けるはずだったのに、これじゃ単なる足の引っ張りあいだ。なんでこうなったんだ。
「くっくっく、最高ではないか。正式にライバルとして認められたのだから」
「やいルチア! 俺はべつに雪乃と競いたいわけじゃない! あいつを助けたいんだ! なのになんで……なんで俺が命を狙われなきゃならないんだあああああ!」
夜人の叫び声は屋敷全体を震わせ、勇者島の夜空に吸い込まれたのだった。
若干すれ違いラブコメっぽい感じかも?
この物語が面白いと思ってくれた方、今後に期待ができると思った方は、お手間ですがぜひともポイントをくださるとありがたいです。
作者のモチベが良い意味でアグレッシブに変動します。