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※ ※ ※


 白い部屋の中で、霧崎雪乃は聖剣シロキシを握って立っていた。


 部屋の四隅にはカメラが搭載された各種機器が置かれている。二階にあたる部分には長方形の窓があり、そこから白衣を着た数人の科学者がバインダーを手にこちらを見下ろしていた。


「雪乃様、準備が整いました。シロキシを発動してください」


 スピーカーから音声が流れた。


 雪野はシロキシを特別にあつらえた鞘から抜き、構えた。


「応えろ……シロキシ!」


 雪野の声に呼応するようにシロキシの刀身が光り輝く。


 柄から伸びた白い膜が雪乃の体を覆い、彼女の服を作り変えていく。


 その姿は和装に似たデザインだった。白い着物と赤い袴。頭には狐の面があらわれ、面にぶら下がっている鈴がりんと鳴いた。


 シロキシの形状も、もともと両刃の西洋剣だったはずが、日本刀のようにそった形に変わっている。


 科学者たちによると、シロキシには使用者に合わせて適切な形状に変化する性質があり、その性質が現れた結果なのだそうだ。


 小難しいことに関して雪乃は理解ができないためこの程度のざっくりした部分しかわからないが、かつての勇者が纏っていた、いかつい鎧ではなくて少しだけほっとした。


 どうせなら可愛らしいデザインのほうがいい。そう思うのは至極当然のことなのだから。


「ターゲットを撃破してください」


 続いてアナウンスが流れ、床から白いサンドバッグが三つ現れた。


 雪野がシロキシを振り抜くと、刃から斬撃が放たれ三つとも切断した。


「ありがとうございます。続いて実践訓練に移行いたします」


 壁から球体から四つ足が生えたような形のドローンが現れた。ドローンは球体の上部に取り付けられた砲台からゴム弾を発射してきた。


ーーーー脅威を確認。防御魔法を展開。


 シロキシが反応し、自動的に雪乃の周囲に半透明の青いドームが形成された。


 ドームはゴム弾の連射をことごとく弾き返した。


「はっ!」


 ゴム弾の合間に雪乃は跳躍し、壁に張り付いているドローンを切り裂いた。壁を蹴り二体切り、三体切り……連続で五十体を切ったところでブザーが鳴り実戦訓練が終了した。


 雪野がシロキシを解除すると、シロキシはまたもとの両刃の剣に代わり、彼女は鞘に納めた。


 雪野が一息ついていると、拍手が聞こえた。


「アメージング! 雪野さん!」


 雪乃が振り返ると、金髪碧眼の青年が気味が悪いほど満面の笑みでこちらに近づいてきていた。


 彼は和泉達郎(いずみ たつろう)。雪乃のマネージャーを勝手に(・・・)名乗っている聖剣委員会の人間だ。雪乃は彼が苦手だった。


 いかにも成金っぽい縦じまのスーツに濃い黄色のワイシャツ。


 ぎらぎらした金のタイピンなど、どうにも生理的に受け付けない要素が満載だった。


「いやぁ、今日もお美しい。大和撫子とはあなたのためにある言葉だ」


 和泉は雪乃の右手をとると、甲にキスをした。


 雪野は悪寒を感じつつも「どうも」と顔をひきつらせながら答えた。


「雪乃さん、お疲れでしょうし岩盤浴の用意ができておりますよ」

「いや、私はそういうのは……」

「ではお食事になさいますか? 本日はイタリアから急遽来日していただいた三ツ星シェフの料理がご堪能できますが」

「そういうのも……」


 雪野は委員会の雰囲気が苦手だった。


 彼らはとにかく贅沢をさせようとする。


 あと三日で世界が大変なことになるかもしれないというのに、そんなことをしている場合ではないのではないか? と雪乃は思わずにはいられない。 


 雪乃は魔王解放軍の存在について委員会の人間からの話でしか聞いていない。


 それでも世界が危機だと言われたのならできることをしたいと思うのが彼女だった。


 なので訓練を監視されたり身体検査を受けることには納得している。だが贅沢は違うだろう、と彼女は思っていた。


 そんなことをするくらいなら一刻も早く東京中の人々を逃がすべきだと考えていたが、委員会の人間は我々にお任せくださいの一点張り。ここに来てから一度も外に出ていないので、本当に避難が進んでいるのかもわからない。


「ではでは、雪乃さん。カフェでティータイムなどどうでしょう。もちろん僕もいっしょに」


 なにより、目の前の不快な男から一刻も早く離れたい。


「自室にもどり、精神統一を行います。それでは」


 雪野はトレーニングルームを出ていった。


 聖剣委員会本部の廊下を歩くと、すれ違う人々が必ず頭を下げてくる。


 雪野は毎回お辞儀し返すので、自室に到着するまでにとても時間がかかった。


 自室に戻るやいなや、雪乃は部屋の様相に嫌気がさした。 


 大きなシャンデリアにテーブルの上には色とりどりのフルーツ。飲めないのにシャンパンなんかまで置いてある。


 まるで高級ホテルのスウィートルームだ。


 雪乃はひとまずシャワーを浴びた。 


 現在の時刻は午後二十時。雪乃が目覚めたのは午後一時頃だったので、気絶していたのはほんの一時間くらいだ。たった一時間。されど一時間。その一時間で、雪乃を取り巻く環境は変わりすぎた。


 シャワーすら躊躇するほどの貧乏から、いきなりスウィートクラスの部屋をあてがわれている。


 シャワーを止め、髪から滴り落ちる水滴が排水溝に吸い込まれていく様子を眺めながら雪乃は夜人のことを考えた。


 自分が目覚めた時にはすでにこの部屋にいた。他に男の子が倒れていなかったかと委員会の人間に聞いてもだれも見ていないと答えた。


 まさかあのドラゴンを倒し切れず夜人は食べられてしまったのではないかと不安になる。


 けれど雪乃はすぐにその考えを振り払った。もしそうだとしたら自分も食べられていなければおかしいからだ。


 だとしたら夜人は自分を置いて逃げたのだろうか……?


 それはそれで考えたくなかった。


「どこにいったのだ……夜人」


 雪野は一人ごちてシャワールームからでた。


 気分は晴れない。


 テレビでも見ようかと思ったが、この部屋にはない。スマホも取り上げられたので夜人に連絡をとる手段もない。


「ええい、しっかりしろ未熟者め」


 雪野は自身の頬を叩いて考えを切り替えた。


 ベッドの上で座禅を組み、膝の上にシロキシを置いて精神を統一することにした。


(シロキシ……聞こえるか)

ーーーー回答。聞こえています。


 雪野が心の中で語り掛けると頭の中に声が響いた。


(私はなぜ選ばれたのだ……)

ーーーー回答。貴女様がもっとも勇者にふさわしかったからです。

(私よりもふさわしい者はいたはずだ)

ーーーー回答。前述と同じです。

(そもそも勇者とはなんなのだ? 私は……なにをすればいい)

ーーーー回答。勇者は世界の秩序を守る者。魔王とその同胞を倒すために存在します。 

(世界の危機……だというのか……)

ーーーー回答。その通りです。


 世界の危機……なんど頭の中で反芻しても現実味がない言葉だ。いまどき小学生でもいいはしまい。

 それでも、委員会の人間も世界の危機を疑っている様子はない。 


 だからこそ、目覚めてすぐの雪乃に事情を伝えすぐさま実戦訓練などということをやったのだ。


 本当に世界の危機だというのならこのくらいは当然で、むしろまだ準備が足りないくらいだと雪乃は感じていた。


「明日になったら、もっといろいろ聞いてみよう……」


 雪野は背中から倒れ、ベッドに仰向けになった。


 天井で輝くシャンデリアは、星空よりもずっとくすんで見える。


 外の空気を吸いたかった。



 ビイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!



「な、なんだ!?」


 雪野はベッドから飛び起きた。


 すぐに制服を着て外に出る。


 あのいけすかない伊達男、和泉が廊下の奥から走ってきた。


「雪乃さーん! 大変です! 街に魔物があらわれました!」


 魔物……。雪乃の脳裏にドラゴンの姿がフラッシュバックする。彼女はシロキシを握りしめ「出動ですね」と答えた。


※ ※ ※


 夜人は焚火で野兎を焼いていた。


「いやー、なんとか晩飯を確保できてよかった」

「我の性能ならば容易いことだ。もっとも戦闘モードになればさらにすごいことになるがな」


 特訓は順調だった。クロキシはほとんど着ている感覚を伴わない。各部に装着されたセンサーが夜人の動きを捉え、アクチュエータが動きを補助する。指一本動かすのも生身と大差ない。


 クロキシにも慣れてきた。口は悪いし感じは悪いしとっつきにくい感じがしたが、いまのところ素直に協力してくれている。


「戦闘モードになるとどうなるんだ?」

「そのくらい自分で考えろこの豚が!」

 

 やっぱりこいつとは仲良くなれそうにない、と夜人は思った。


「そこをなんとか……おしえていただけませんかね……?」

「まったく仕方がない。無知で矮小なお前にせめてもの慈悲だと思うがいい。簡単に説明すると、我が小僧の脳波を読み取りその動きを実現することができるのだ」

「想像した通りに体が動くってことか?」

「そうだ」


 想像した動きを実現できる……だれもがそうしたくてもできない。自分の体を本当に自分の思い通りに動かせる人間なんてほとんどいない。


 人間なんて針の穴に糸を通すだけで苦戦するような生き物なのだ。


 はやく戦闘モードを試してみたい。夜人がうずうずしていると、通信が入った。


「黒木様! 魔物が出現しました! すぐに一階のエントランスにおこしくださいませ!」


 セバスが焦った様子でそういって、夜人は立ち上がった。


「いけるか、クロキシ」

「馬鹿者、それはこっちの台詞である」


 夜人とクロキシは洋館の扉を開いた。するとセバスからまた通信が入った。


「いまブラック・フルカウルをお持ちいたします。少々お待ちくださいませ」


 ブラック・フルカウルとは地下二階に置かれている黒いバイクのことだ。


 それを、持ってくる? ここに? どうやって?


 夜人が様々な疑問を抱いていると、エントランスの中央が開き、ターンテーブルが上がってきた。


 ターンテーブルにはインカムを装着したセバスとブラック・フルカウルが乗せられている。


 夜人はマントをたなびかせ、すぐさまブラック・フルカウルにまたがった。


「俺、バイクは運転したことないんだけど」

「我に任せろ。小僧は力を抜いていればよい」

「わかった。じゃあいってくるよ、セバス」

「どうか、お気をつけて」


 セバスが仰々しくお辞儀をして、夜人はアクセルを捻り走り出した。


 玄関を出てすぐに全身にスパークが発生し、全身が透明になった。


「な、なんだこれ!? 透明になったぞ!」

「我にはステルス機能も搭載されておるのだ。我らは闇に生きるもの。このくらいは当然の仕様である」


 おそらく本拠地がバレないようにするためだ。移動中に姿を見られると不味いからな。


 夜人を乗せたブラック・フルカウルは森の木々をすり抜け、ビジネス街へとむかった。


 十分とかからず島の北端から現場に到着。ビジネス街は車が燃やされたり建物が崩壊していたりと酷いありさまだった。


「ひでぇ……」

「ひとまず高いところに移動するぞ。しっかりつかまっていろ小僧!」

「高いところって……おわ!」


 ブラック・フルカウルのホイールから青い光の粒子が噴出し、壁を直角に上った。


 速度を緩めることなくビルの屋上に到着し、タイヤ痕を残して停止したのだった。


「い、いまのは?」

「反重力技術を利用したものだ。それより……酷いありさまであるな」


 眼下に広がるビジネス街は地獄のような様相だった。


 黒煙が立ち昇り、そこかしこから立ち昇る赤い炎によって昼間のように明るい。


 道路を見ると、緑色の子供のような生き物がビジネススーツを着た人々を襲っていた。


「あれは、ゴブリンか!?」

「おい小僧、あの女性が襲われそうだぞ!」

「まかせろ!」


 夜人は屋上の柵にブレード・バレットを乗せ、ライフルのように構えた。


 柄の引き金を三回絞る。放たれた弾丸はビジネススーツを着た女性を囲んでいたゴブリンたちに直撃し、女性は慌てた様子で逃げ出した。


「戦闘モードになったほうがいいかな」

「まだ早い。三分しか持たないのだ。方々に散ったゴブリンどもを全滅させるような時間はない」

「じゃあどうするんだよ!」

「待つしかない」

「待つってなにを!?」

「勇者の到着を……だ」


 いままさに街は荒らされている。そんな状況でただ指を咥えて見ているだけなんて、夜人には辛すぎた。


 それでも、この街を救うのは自分ではないこともわかっていた。長時間戦えるのは勇者である雪乃だけだ。


「目的を見誤るな。お前の役目はシロキシを助けること。目的を見失えば成すべきことも成せんぞ」

「わかってる……」


 わかってはいても、目の前の惨状を見て心が痛まないわけがない。


 その彼女はどこにいるんだ……? そう思っていると、ビジネス街の一角で爆炎が上がった。


「クロキシ!」

「わかっておる、行くぞ!」


 夜人は再びブラック・フルカウルを発進させ、爆心地へ向かった。


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