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2-3

「まさか、あれが……」

「そうだ、あれが貴様の武器ーーーークロキシだ」


 夜人はガラスケースに近づいた。


 ガラスに手を触れると、「指紋を認証しました」という表示がされて、ガラスケースが床に吸い込まれていった。


 クロキシは冷たい光沢を放っている。


 夜人は指先の震えを抑えつつ、手を伸ばした。


 触れるか触れないかのその刹那ーーーー。


「我に気安く触れるでないわ不敬者ぉ!」


 いきなり怒声が飛んできて夜人はとび上がった。


 周囲を確認してみるが、声の主は見当たらない。


 ここには夜人とルチアとセバスしかいない。


 改めてクロキシを見ると、再び声が聞こえた。


「どこを見ているのだ間抜けめ。我はここであるぞ!」

「……おいルチア……まさかとは思うが」

「ああ、クロキシがしゃべっている」

「クロキシ様には特別な人工知能が内蔵されておりますゆえ、しゃべります」

「その機能に意味はあるのか?」

「いちおう、戦闘のアシストにと思って搭載したのだが、予想以上に感情を理解してしまってな。面白いからそのままだ」

「やっぱり面白がってるじゃねーか!」


 夜人が振り返ると、ルチアは指を鳴らした。


「真面目な話だが、感情は時として数学的な判断を凌駕するというのが私の考えだ。私が求める成果は毎日コツコツと……ではなく一発のドでかい大当たりなのでな」

「大物を仕留めろ……ってことか?」

「そんなところだ。それよりほら、つけてみるがいい」

「……わかったよ」


 夜人はクロキシを首にかけた。


 けれどなにも変化が起こらない。


「あれ……?」

「おいクロキシ」


 ルチアが呆れたようにため息をついた。


「我はまだこの小僧を主とは認めておらん」

「では人工知能を取り外すがいいのか?」

「ぐぬぬ……ええい! しかたがない!」


 クロキシが発光し、光の膜が夜人を包み込んだ。


 目を開くと、視界に様々なインジケーターが表示されていた。


 まず目についたのは右下の「活動時間3:00」という表示。


 素直に受け取るならこれはクロキシの活動可能時間のことだろう。


 次が左下の格闘ゲームのヒットポイントのようなバー。左端に「E残量」と書かれているので、おそらくなにかしらで消費されるものなど予想した。


 最後に気になったのが左上の丸い円だ。円は中心部分から一定の間隔で外側に向かって線が移動している。これはきっとソナーだ。現に、ルチアとセバスが立っている場所に青い点がついている。


 体を見てみると、全身が黒い鎧で覆われていた。


 背中には裏地が紫色の黒いマントまで装備している。


「うおおおお! なんだこれすっごいな!」

「ええい、我の中で喚くな小僧!」


 クロキシに叱られたが、夜人の興奮は冷めなかった。


 この姿はまるで、かつて憧れた勇者の姿にそっくりだったからだ。


 勇者は白い鎧だったので、そこまで一緒ならなおのこと良かったと思った。


「おいお前。よもや我について不満があるのではないだろうな?」

「い、いや、ないけど」

「嘘をつくな! 我はお前のバイタルチェックも行っておるのだ! 脈拍や呼吸でお前が嘘をついていることなどお見通しなのだぞ!」


 夜人はなんだか面倒くさい人工知能だと思い始めていた。


「なぁルチア、本当にこの機能は必要なのか?」

「つけておいた方がいい。クロキシの各種センサーの情報量は膨大だ。それとも、貴様の脳みそに直接繋いでもいいが……情報量が多すぎて脳が沸騰するぞ」


 それが比喩ではないと感じた夜人は「やっぱいいです」と答えたのだった。


 脳が沸騰するなんて怖すぎる。


「さあ、黒木様。こちらを」


 セバスが壁にかかっていた剣を差し出してきた。


 柄に引き金がついている片刃の剣だ。


「これは?」

「あなた様の武器、ブレード・バレットでございます。九ミリパラベラム弾を五百発内蔵しており、電力消費によって加速することにより、その威力はフォーティーフォーマグナム弾を超えます」

「そりゃすごいな」

「本家の聖剣は魔素が動力だが、クロキシの動力源は電気だ。胸に内蔵されている小型核融合炉によって活動している。普段は能力に制限をかけているが、戦闘モードでは発電量よりも消費が多くなるため活動限界時間が設けられている」

「ドックタグから鎧になったのはどんな技術なんだ?」

微細機械群技術(ナノテク)だ。今後のアップデートで様々な戦況に応じて変化する鎧にしていくつもりだが、いまはまだノーマルフォームのそれしか使用できない」

「なるほど……よーし! これでいつ魔物があらわれても怖くないぞ!」


 夜人が意気揚々と拳を握ると、ルチアから「ドアホが」と言われた。


「まずはクロキシを扱うことを覚えろ。おい、セバス」

「用意はできております」

「用意って?」

「貴様には()の森でサバイバル生活を送ってもらう。三日後の運命の日までせいぜい特訓するのだな」


 そういってルチアは先にエレベーターに乗ってしまった。


「一緒に行けばいいのに」


 夜人がぼやくようにいうとセバスが「ルチア様はさらに下層にある研究施設に向かわれたのです」と彼女をフォローするように言った。ただでさえいま地下何メートルなのかもわからないのにさらに下があることに驚いた。


 地上への帰りのエレベーターの中で、夜人はセバスに様々なことを聞いた。


 まず吉沢ルチアという人物について。


 彼女は十年前の異世界事変で両親を失い、その時に入った莫大な遺産でこの屋敷を作ったのだそうだ。

 だとしても一坪ウン千万円はくだらないであろう勇者島の土地を買うだなんて、常識的に考えられない。


 聞くと、ルチアの両親は核融合炉の小型化を実現した天才だったそうだ。


 その時に取得した特許により彼女には今なお莫大な金が入ってくる。


 なんでもインターネットを開発したビル・ゲイツよりも毎秒あたりに稼ぐ額が多いそうだ。


 そんなとんでもない人物なのにほとんど名前が知られていないのは、彼女の両親が軍事関係の開発を行っていたかららしい。


 最新の設備を使って研究をするには、どうしても軍に関わるしかなかったそうだ。


 ルチアの両親は核融合炉よりも新しいエネルギーを見つけ出そうとしていた。


 魔素だ。


 実際に彼らは魔素の存在に気づいており、異世界の門が開く予兆も観測していたらしい。


 ルチアの両親は実験と検証のために東京に滞在していたそうだが、それが悲劇を招いた。


 異世界の門が開き、勇者と魔王の戦いに巻き込まれ、命を落とした。


 ルチアは異世界の存在を訴えたにもかかわらず認めようとしなかった日本政府をいまなお恨んでいるそうだ。もしもあの時、政府が異世界の存在にたいして本気で取り合っていたのなら異世界事変の被害は大きく違っていたかもしれない。


 たらればなんていくら考えたところで意味はないことくらい夜人にもよくわかっていた。


 家族を失ったのはルチアだけではない。雪乃も同じだ。それでも雪乃はまっすぐ生きている。少なくとも夜人にはそう見えている。


 ルチアは日本政府を許してはいない。


 聖剣を上回る人工聖剣を作ったのも、いつか聖剣が抜かれたとき自分の技術の方が伝説の剣より上回っていることを証明するため。


 つまりは、あてつけ(・・・・)というわけだ。


 セバスの話を聞いて、夜人の中でルチアの印象が変わった。


 目的のために手段を選ばない冷酷な人物だと思っていたが、実際は負けず嫌いの少女なのではないかというふうに。


 だとしても、彼女に気を許すつもりはなかった。


 地上に到着して洋館からでると、空に天の川が空に流れていた。


 夜人はあらためて気合を入れなおした。


「早々に慣れていただくために、特別な特訓メニューもご用意しております」

「特別な特訓メニュー?」

「ええ。降ってくる丸太を避けていただいたり、棒の上でバランスをとっていただいたりなどなど」


 なんだかカンフー映画みたいな特訓だなと夜人は思った。古臭いというかなんというか、実に香ばしい感じがする。


 それでも夜人のやる気は萎えなかった。


 すぐにでもクロキシに慣れるために、やれることは何でもやるつもりだ。


 きっと雪乃も今頃はシロキシを使いこなすために特訓しているのだろう。


 そう思えば、古臭かろうがなんだろうがこなせる気がしたのだった。


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