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2-1

 ヘリって思ったよりも揺れないんだな、とか、なんでメイドさんが操縦しているんだろうな、なんて考えている間に夜人を乗せたヘリは森の中に着陸した。


 フライトタイムは十五分もかかっていない。


 島の中央から北端に移動しただけなので、それも当然といえるだろう。


「ここって、閉鎖区域なんじゃ……」


 夜人が知る限り、勇者島の北側は閉鎖区域と呼ばれフェンスと有刺鉄線に囲まれた土地になっていたはずだった。


 区役所の広報によると北側は魔素の影響が強く出ているため、野生動物などが魔物化している場合があるそうだ。


 とはいってももともとこの島は勇者と魔王の戦いの余波で大地が盛り上がってできた島なので、そもそも生き物なんかいない。いたとしても渡り鳥くらいなものだろう。


 だとしても危険だとされているこの土地にくるなんて、いったいなんの用なのだろうと夜人は不思議だった。


「ここは魔素の影響が強く出ているという広報こそでていますが、実は閉鎖区域ではないのです。ここが立ち入り禁止なのは、私有地だからなのですよ」


 ヘリを降りながらセバスが答えた。


「私有地って、まさか」

「我らの主、吉沢ルチア様の所有物でございます」


 土地の価格についてはよく知らない夜人だったが、この勇者島の土地は六本木や丸の内よりもはるかに高いと聞いたことがある。


 いまだに勇者島の土地が高騰し続けているというニュースを聞くので、きっと土地の売買で儲けている人もいるのだろう。


 とはいえ個人で所有できるようなものではない。大半が大企業や行政が所有していることくらいは夜人でもわかる。


 なにも開発されていない森林地帯とはいえ、個人でこれほどの土地を所有しているなんて、吉沢ルチアとはいったいどんな人物なのだろうかと夜人は気になって仕方がなかった。


「こちらでございます」


 セバスが先行して歩き出し、夜人がその後ろに続いた。


「あの、メイドさんは……」

「彼女はヘリの整備をしております」

「そうじゃなくて、あれって本物なんですか?」


 聞かずにはいられなかった。


 現代日本で本物のメイドさんを目にする機会などそうあるものではない。


「ノン。あれは偽物です。汎用型アンドロイドにメイド服を着せただけでして、メイドの本質とはかけはなれた存在でございます」

「はぁ、メイドの本質ですか」

「イエスでございます。なにを隠そう、この不肖セバスチャン。メイド好きがこうじて執事になった身でありますゆえ、メイドに関しては一家言ございます。メイドとはメイド服を着た人のことではないのです。メイドとしての自覚と品性、そして主のために尽くすという(ソウル)が大事なのでございます。魂なき機械人形を真のメイドと呼ぶことはできません」

「そうなんすね……」

「そもそもメイドという文化は十九世のイギリスに始まりーーーー」


 やばい面倒くさいことになったぞ、と夜人は内心で思いつつ、目的地までの道すがらセバスが熱く語るメイド談義に耳を傾けた。


 セバスはそれはもう熱く語った。メイドとはあれやこれや、メイドとはかくあるべし。そんな感じで丁寧に教えてくれた。


 夜人は少々うんざりしつつも、ふと疑問を感じた。


「そんなにメイドが好きなら自分で雇えばいいんじゃないっすか?」


 セバスの目がぎらりと光った。


「それは違います黒木様! メイドを従えるのはそれはそれで良いものですが、メイドとともに働くことこそがなによりも良いのです! 普段は礼儀ただしく従順な彼女たちの日常の姿まで拝むことができる……同僚という立場はそのどちらも垣間見ることができる非常にお得な立場なのです!」

「あ、なんか建物が見えてきた。あれが目的地っすよね?」 


 木々の間から豪奢な洋館が顔を覗かせ、夜人はほっとした。好奇心は猫をも殺すとはこのことだ。これ以上、初老男性のメイド話を聞くのはうんざりだった。 


「おや、もうついてしまったようですな。黒木様があまりにも聞き上手でいらっしゃるものだからついつい話しすぎてしまいました。はっはっは」


 はっはっは、じゃないんだが……と夜人は思ったが心に秘めておくことにした。


 セバスが洋館の扉に手を押し付けると、扉に「ロック解除」の文字が表示された。


 見た目は古風だが設備は最新らしい。


 セバスが扉を開いて中に入ると、その荘厳さに夜人は息を飲んだ。


 目の前には赤い絨毯が敷かれたエントランスがあり、その奥には階段が続いている。踊り場のところで左右二手に階段が別れているのだが、そこの壁に聖剣が描かれた巨大な絵画が飾られていた。


 欲しい! 夜人は一目で惚れた。


「すっごい屋敷っすね!」

「ガワはわざと豪華にしているのです。盗人がきても金目のものだけを盗んで満足していただけるように」


 金目のものだけで満足? 妙な言い回しに、夜人はひっかかるものを感じた。


 セバスが先行し、再び夜人が後ろに続く。


 セバスは聖剣の絵画の横に取り付けられているコンソールに手を押し当てると、絵画が音を立てて下に沈んでいった。


 絵画が完全に沈むと、後ろから下りの階段が現れたのだった。


「か、隠し階段……」

「足元にお気を付けください」


 セバスが降り、夜人も続いた。


 夜人が階段に踏み出すと、絵画がせりあがって出口が閉ざされた。


 階段はとてもうす暗い。足元の壁に等間隔で並ぶ橙色の誘導灯だけを頼りに降りていく。


 やがて最下層に到着すると、銀色ののっぺりした扉が現れた。


 セバスはまたもや指紋認証で扉を開いた。それはエレベーターだった。


 セバスがB1を押すと、夜人は微かな浮遊感を覚えた。


「……長いっすね」

「まもなくでございます」


 エレベーターに乗ることおよそ五分。


 ようやくチーンと音が鳴って扉が開いた。


 エレベーターから降りると、そこは白い部屋だった。床に敷き詰められたタイルの線と、天井に備え付けられたプロジェクタが浮いてみるほど綺麗に磨かれている。


 部屋の中央には椅子が一脚置かれていた。


 セバスに手で促され、夜人は椅子に座った。


 部屋の照明が暗くなり、プロジェクタから発せられた光が壁に投影された。


「この映像は、三カ月前に撮影されたものでございます」


 映像の中には、麻袋を被せられ、椅子に縛り付けられた男が写っていた。場所はこの部屋だ。夜人はいきなり、これ作り物じゃないよね? という疑問が浮かんだが、麻袋がふくらんだり縮んだりしているので本物だとわかった。


「貴様は魔王崇拝者だな?」 


 映像から吉沢ルチアの声が聞こえた。


 どうやら画面の外にいるらしい。


「魔王崇拝者……? はは……はははははは! 違う! 我らは魔王解放軍! 封印されし魔王の復活を目論むものなり!」

「軍……というからには、他にも仲間がいるのだな? 大人しく吐けば苦しまずに殺してやる」


 けっきょく殺すんかい、と夜人は言いたかったがぐっと堪えた。


「残念だが、俺は解放軍の下っ端だ。重要なことは何も知らされていない。なにより秘密を漏らそうとしたものは……うぐっ! ぐ! ぐ!」


 麻袋がぐんぐん膨らんでいき、最後には炸裂音とともに弾けて真っ赤な血の花が咲いた。


「うっ……」


 ショッキングな映像に、夜人は思わず目を反らした。


「お嬢様、これは……」


 おそらく撮影係であろうセバスの声が聞こえた。


「うむ、口封じの魔法だろうな」

「魔法ということは……まさかこの男の話は本当ということなのでしょうか」

「おそらくそうだろう。セバス。至急、異世界の門を調べろ」

「かしこまりました」


 そこで映像が終わった。


 部屋が明るくなり、夜人はぐったりと椅子の背もたれに寄りかかった。


 なんだったんだ今の映像は。いきなり男が死んだところを見せられた。もしもドッキリだとしたら悪趣味すぎる。


「いまの、ドッキリじゃないんですよね?」

「イエスでございます。すべて事実。このあとわたくしは異世界の門を調べました。すると魔素の噴出量が半年前の二倍にまで増えていることを発見したのです。これはつまり」

「門が、開きかかっているってことか?」


 魔素の供給量は門の開き具合によって変わる。


 門が開けば開くほど魔素は多く供給され、閉じていれば魔素は供給されない。


 普段は微かに開いているだけでそこから漏れ出した魔素を科学者たちは研究している。


「イエスです、黒木様。この事態を察知した我々は、まもなく異世界から大規模な魔物の襲来があることを予想しております」

「魔物の襲来……」

「実は、死んだ男のポケットにこのようなものが入っておりました」


 セバスに見せられたのは一枚の紙切れ。メモ帳の切れ端のようだ。


 そこには「アスモデウス作戦 7/7」と殴り書きされていた。


「七月七日って……三日後!?」

「そのとおりだ、黒木夜人」


 どこからかルチアの声が聞こえた。


 さきほどまでプロジェクターが投影されていた壁が迫り上がっていく。


 壁の向こうには、白衣を着た銀髪の少女が立っていた。


「あんたが吉沢ルチアか?」

「そうだ。あまりに美人で驚いたか?」


 ふふん、と鼻を鳴らすルチア。自画自賛するだけあって、彼女は確かに美人だった。けれど、夜人が想像していたような人物とは違った。


 癖のある長い銀髪と、青い血管が浮かぶほど病的な白い肌。ハーフなのか、瞳は深い藍色だ。


 白いブラウスの首元をループタイで絞め、下は細身のスラックス。その上に白衣を羽織っている。


 おそらくは二十歳(ハタチ)そこそこ。やや童顔なのでもう少し若く見える。


 なんというか、裏路地でよからぬものを売買しているようなそんなアングラな雰囲気を放っている。


 さらに背後に立っているいかにもならず者といった風貌の三人の男たちが、いっそう彼女の放つ雰囲気を際立たせていた。


 はっきりいってお近づきになりたくない雰囲気がすさまじい。


 手土産に腎臓のひとつでも差し出さなきゃ納得してくれなさそうな気配さえ感じる。


 夜人が警戒していると、ルチアはヒールの踵を鳴らして近づいてきた。


「事態は切迫している。あと三日でこの世界を揺るがす事態が発生する。いや、それはすでに発生しているのかもしれない。それは、黒木夜人。あの赤竜と相対した貴様ならよくわかるだろう」


 ルチアは夜人の正面に立つと不敵な笑みを浮かべて黒い手袋をはめた手を伸ばし、夜人の制服のネクタイを掴んだ。


「あんた、この状況を楽しんでいるのか?」

「人生はいつだって楽しいものだ。違うのか?」


 絶対にこいつとは仲良くなれない。夜人はそう思いながら、ルチアの手を払った。


「俺はクロキシとやらに興味があってきたんだ。人生相談にきたわけじゃない」

「ふむ、それでよろしい。だが貴様はひとつ勘違いをしている」

「勘違いだって?」

「貴様はまだクロキシの所有者ではない。所有者候補だ。はき違えるな」

「候補って……じゃあ、試験でもするのかよ?」

「その通りだ。貴様には他の候補者と競ってもらう。後ろの屈強な三人が見えるだろう? あれが貴様のライバルだ」


 ルチアが親指で指し示すのは、後ろで待機している男たちだ。


 赤いベレー帽をかぶった男、ナイフを舐めている男、ライフルを抱いて目を伏せている男。


 全員が只者ではない雰囲気を纏っている。


「傭兵か?」

「ご明察だ。あのダサいベレー帽はアメリカの傭兵、レオナルド。真ん中のナイフを唾液を塗りたくっているのがフランスの殺し屋、ジョルノ。右端の真っ黒くろすけがロシアのスナイパー、ウラジーミルだ。三人ともクロキシの候補者として私が集めた歴戦の猛者たちだ」


 こいつらと競うのか……夜人は注意深く三人を見た。


 体格も落ち着き方も尋常ではない。


 夜人が生唾を飲み込むと、ルチアが指を鳴らした。


「セバス! 準備をしろ!」

「イエスです、お嬢様!」


 こんどはセバスが両手を打ち鳴らした。


 すると部屋の左右の壁の一部がせりあがり、メイドたちがぞろぞろと出てきた。


 彼女たちは部屋に四つの机と椅子を置いて退散していった。


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