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1-3

 翌日の日曜日。


 夜人と雪乃は週に一度の勇者島大清掃ボランティアに参加した。


 運営は十年前の異世界事変で災害後の後片付けを担っていた人々の集まりがいまだにボランティアとして活動しているのだ。


 夜人と雪乃も七歳からずっと参加しているので顔見知りも多い。


 二人は海の清掃から始め、住宅街、繁華街もゴミを拾った。


 最後に訪れたのは聖剣が刺さっている丘のある観光地。ここは植林が多く、薮の中にゴミが隠れていることが多いため、二人は葉っぱまみれになりながらゴミを探した。


 午前七時から初めて、午前十時には各自で解散なのがいつものパターンなので、時間が来た時点で二人はゴミ拾いをやめた。


「どうだ雪乃! 俺は三袋も集めたぞ!」


 夜人は雪乃に両手の袋を見せつけた。


「ふっ、甘いな夜人。私は四袋だ」

「な、なんだと……」


 夜人が大袈裟にショックを受けていると、作業着姿の中年男性が申し訳なさそうに頭を下げた。


「あのー、はやくゴミを回収したいのですが……」

「あ、すいません」


 夜人と雪乃はごみ収集車にゴミ袋を放り込み、これで本当にボランティアは終了だ。


「街が綺麗になるのは気持ちがいいな夜人」

「だな。よっしゃ、それじゃ今日もやるかぁ!」


 夜人はすでに長蛇の列になっている聖剣の引き抜き体験の最後尾を目指した。


「まったく懲りない男だな君も」


 文句を言いつつも、雪乃はその後ろをついてくる。


 ツンデレなのか? などと心の中で思いつつ、夜人は並んでいる間の話し相手がいることにほっとした。


 なにせ聖剣の引き抜き体験は三時間をゆうに超える待ち時間がある。


 並んでいる間にトイレに行きたくなったら代わってくれる人がいないと困るし、雪乃がいてくれて本当に助かっている。


「なぁ、雪乃は今日も挑戦しないのか?」

「しない。私はただの付き添いだ」

「もったいないだろ、それじゃ。一緒に並んでるわけだし」

「なら、トイレの時の交代もしないがそれでいいのだな?」


 雪乃はドがつく真面目だ。聖剣を抜くために並ぶのであれば交代で列から抜けるなどということも許せない。


 だから彼女はこれまでずっと夜人に付き添ってくれてはいるが、一度も聖剣を抜こうとしたことはない。


 律儀なのもここまでくるといっそ変態だと夜人は思った。


「そこまでして俺に付き添ってくれるなんて、お前もしかして俺に気があるのか?」 

「ない……といえば嘘になるな」

「はぁ!?」


 冗談で言ったつもりなのにそんなことを言われては健全な男子高校生であればドギマギしてしまう。


 夜人は顔が熱くなるのを感じていると、雪乃がふき出した。


「ぷっ……あはは。冗談に決まっているだろう。私が興味あるのは、君が聖剣を抜くところを見る。ただそれだけだよ」

「あ、ああ、なんだそうだよな」


 勘違いではあったけど、雪乃は夜人が聖剣を抜くと信じている。


 夜人にとってはそれが嬉しくて、反面なんだか気恥ずかしくて余計に彼女の顔を見れなくなってしまったのだった。


 列に並ぶこと二時間。なんだか前の方が騒がしくなってきた。


「夜人、なんだか様子がおかしい気がするのだが?」

「ああ、なんだか嫌な予感がする」


 まさか聖剣が抜かれたのだろうか。いや、そんなはずはない。聖剣を抜くのは自分以外ありえない。夜人は自分に言い聞かせるも心の中に焦燥感が募っていった。


 ほどなくして前方から大勢の人々が走ってきた。


「なんだ!?」

「夜人!」


 雪野に呼ばれて前方を見ると、大きな火柱が見えた。


「なんだあれ!?」

「わからん! わからんが、なにをすればいいのかはわかる!」

「だな、ここは引き返してーーーー」

「誰かが助けを求めているはずだ! 急いでいかねば!」


 夜人が引き返そうとしたところ、雪乃は迷わず前に向かって走り出した。


「って、おおい! まて雪乃!」


 夜人は慌てて彼女を追いかける。


 人の流れに逆らって追いかけるのは大変だったが、すぐに人気がなくなった。


 道端に倒れている人がいて、雪乃が寄り添っている。


「お、おい雪乃! 大丈夫なのかその人!」

「気を失っているだけのようだ。木陰に移動しよう」


 夜人は雪乃と二人がかりで倒れていた男性を木陰に移動させた。


 その時、地響きが聞こえた。まるで巨大な生き物が動き回っているような、足音にも似た地響きだ。


「お、おい雪乃……なんかやばいぞ」

「そうだな。他に取り残された人がいないか探さなくては」


 雪野は茂みの中を走り出した。


「あ、おい! ったくもう!」


 夜人も後ろを追いかけるが、木々に阻まれ見失った。


 気づけば聖剣のある丘にまでたどり着いていた。


「雪乃! おい、どこにいるんだ! 雪野!」


 呼びかけるが返事はない。


 地響きは相変わらず聞こえている。こころなしか、近づいてきているような……そんな気がした直後、周囲がふっと暗くなった。


「あれ?」


 ぐるるるるるる、という獣が喉の奥から出す呻き声のようなものが背後から聞こえてくる。


 夜人が恐る恐る振り返ると、そこには巨大な赤い鱗のドラゴンが涎をたらしていた。


※ ※ ※


「ぎゃあああああああああ!」


 茂みの中で迷っていると、夜人の悲鳴が聞こえた。


 雪野はすぐさま悲鳴の方向に向かって走り出す。


 茂みを飛び越えて開けた場所に出ると、そこは聖剣が刺さっている広場だった。


 広場では、聖剣を挟んで巨大なドラゴンと尻もちをついて硬直している夜人がいた。


「夜人! ーーーーっつ!」


 雪野が駆け寄ろうとしたその時、強烈な頭痛に襲われた。


 なにかが頭の中で響いている。これは、声だ。


ーーーー第一所有候補者に告ぐ。驚異の接近を確認。ただちに当方の使用を推奨する。


 頭の中に響く声は女性の声だった。


「だれだ……どこから……」


ーーーー質問への回答。当方は聖剣シロキシ。  


「シロキシ……シロキシって、まさか……」


 雪野は地面に刺さっている聖剣に視線を送った。


 この声は、あの剣から発せられている。


 雪乃が戸惑っていると、ドラゴンが咆哮をあげた。


 反射的に体が動き出し、気づけば夜人を庇うようにドラゴンの前に立ちはだかっていた。


「ゆ、雪乃……?」


 背後から夜人の震えた声が聞こえた。


 普通の反応だ。こんな化物を目の前にして怯えない人間などいない。


 なのに雪乃はとても落ち着いていた。自分の心臓の音に耳を傾けられるほど落ち着き払っていた。


「ここは私がなんとかする……」


 雪野はそういって聖剣の柄に手をかけた。


ーーーー第一所有候補者を認識。能力の一部を解除。おかえりなさい、勇者様。


 再び声が聞こえた。意味は分からないが、ゆいいつ雪乃にも理解できることがあった。


 彼女はゆっくりと剣を引き抜いた。


「雪乃……お前……それ……」


 驚愕に彩られた夜人の声が背中を叩いた。


 申し訳なさが込み上げてくるが、それ以上に自分の手に握られた力に対する高揚感が凄まじい。


 雪野は自分でも意識しないままに、笑っていた。


「すまない夜人……どうやら私が選ばれたようだ……」


 雪野は輝く刀身の聖剣を肩に置いて振り返った。


 その向こうではドラゴンが瞳孔を縦に伸ばして彼女に狙いを定めている。


 雪野は自身のさくらんぼのような唇を指先でなぞり、剣の柄に手をかけた。


「勇者とやらに!」


 剣を振るうと、凄まじい衝撃波が発生してドラゴンの首を切り落とした。


 雪乃が振り返ると、夜人が何かをいっていたが、ドラゴンが沈む音に掻き消されてなにも聞こえなかった。


「ごめん、夜人……私はーーーー」


 君の夢を奪ってしまったかもしれない……その言葉を言い切る前に、襲い来る睡魔によって瞼が重くなる。


 やがて彼女の視界は、真っ暗になった。


※  ※  ※


「雪乃!」


 倒れた雪乃に慌てて駆け寄ると、彼女はすぅすぅと寝息を立てていた。


「おい、雪乃! 大丈夫か!? 雪野!」


 揺さぶってみるが起きる気配がない。本当にただ寝ているだけなのか不安になってくる。


「心配ございません。初めて聖剣の力に触れた反動で眠っておられるだけでございます」


 しわがれた声が聞こえて振り返ると、タキシードを着たえらい身長の高い老人が立っていた。


「あ、あんたは!?」

「わたくしの名はセバスチャン・中島。気安くセバスとお呼びください黒木様」

「なんで俺の名前を……」

「我々はずっとあなた様を監視しておりました。聖剣を抜く候補者のなかで最も有力な存在として」

「我々……? まさかあんた、聖剣委員会の人間なのか?」


 聖剣委員会とは、聖剣について調査をしている団体のことだ。


 聖剣の材質や構造を調べているだけではなく、聖剣に関する事業を牛耳る巨大組織でもある。


 聖剣を抜きに来ると時々白衣を着た人たちがうろついていることがあるのだが、それが委員会である。


 彼らと比べると、いま目の前にいる老人はいささか毛色が違うように感じられた。


「ノン。我々は委員会とは無関係。むしろ敵対しているといっても過言ではありません」

「まさか、魔王崇拝者か!?」


 魔王崇拝者。それはこの世界を征服しようとしていた魔王に心酔した狂信者たちのことである。


 様々なテロ活動をおこなう過激派でもあり、勇者島では彼らを厳正に処罰している。


「ノン。あのような無作法な者たちと一緒にしてもらっては困ります。そうですね、言い方が悪かったかもしれません。我々は、聖剣の競合相手といったほうが正しかったでしょう」

「競合……?」


 夜人が訝しんでいると、セバスはスマートフォンを取り出した。


「いま、お嬢様と連絡がつながっております。お話しいただけますか、黒木様」


 セバスがスマートフォンを差し出し、夜人は受け取った。


「……もしもし」

「単刀直入に問う。貴様には、世界を救う意志はあるか?」

「……は?」

「我々は貴様が並々ならぬ熱意で聖剣を抜こうとしていたことを知っている。だがその目的までは知らない。よもや十年間にもわたるライフワークでした、なんていう常軌を逸した馬鹿ではあるまいな」


 なんだかよくわからないがひどく罵倒されていることはわかった。


 夜人は少しむっとして語気を強めた。


「あんたがだれだか知らないけど、俺はただ抜きたかったわけじゃない。英雄になるために聖剣を抜こうとしてた」

「ほう、英雄ねぇ……」


 電話口の向こうで嘲るような笑みを浮かべる口元が想像できた。想像できてしまうような言い方だった。


「なんだよ」

「では、我々の申し出は断られてしまうかもしれんな」

「なんなんだよ! もったいぶらずに教えろ! 要件はなんだ!」


 夜人が怒鳴ると、電話口の向こうから指を鳴らす音が聞こえてきた。


「我々は個人で聖剣の研究をしている者だ。貴様に問う。我々が作り上げた人工聖剣クロキシの所有者になる意志はあるか?」

「人工聖剣……クロキシ……?」


 なにをいっているのかまるで理解できなかった。


 クロキシなんて名前は聞いたことがない。


 聖剣の名はシロキシ。この世に存在する聖剣はたったひとつだけだ。


 人工聖剣だなんて、聞いたこともない。


 なのに夜人は、どこか胸の高鳴りを感じていた。


 膝の上で眠る雪野に視線を落とす。


 彼女はシロキシを抱いて眠っている。


 聖剣は抜かれた。


 幼馴染の手によって。


 夜人の十年は、水の泡となって消えた。


「そのクロキシってのは、なんなんだ?」

「聖剣に匹敵すると思われる(・・・・・)能力を持つ兵器……とだけいっておこう」

「それで俺になにをさせたい?」

「こんご予測される魔物の襲来に備えたい。聖剣シロキシよりも多く倒し、我々の技術力を世界に知らしめて欲しい」


 電話の相手は「ただし」と話を続けた。


「最初は正体を伏せたい。こちらにも根回しというものが必要なのでな。そうしなければあっという間に技術だけを奪われて食いつくされてしまう。我々はその程度のちっぽけで脆弱でか弱い存在なのだ」


 聖剣に匹敵する兵器を作っておいてなにがか弱いだ、と夜人は笑ってしまいそうになった。


「俺は……」

「悔しいか?」

「え?」

「十年間、聖剣を抜くためにひたむきに努力を積み重ねてきたのに、まさかいたいけな少女である幼馴染が抜くとは夢にも思わなかったか?」


 図星だった。


 聖剣を抜くのは自分だと夜人は疑っていなかった。


 それが虚勢だったとしても、不安があったとしても、いつだってそう信じてきた十年だ。


 それが思いもよらない形で終わった。


 夜人は悔しかった。悔しいし、悲しいし、やるせないし、でも不安だった。


 もしもこの電話の相手がいっていることが本当なら、これから異世界から魔物が現れるはずだ。


 戦うのはきっと聖剣の所有者である雪乃になる。


 心優しい彼女が、文字通り真剣勝負の世界で生きていけるのか不安だった。


「これまでの」

「……なに?」

「これまでの十年は、聖剣を抜くための十年だった」

「…………ほう、では次の十年はなんだというのだ?」

「次の十年は……」


 夜人は膝の上で寝息を立てる少女を見た。


 これまで夜人の傍で励ましてくれていた少女。


 これからは、自分が彼女を励ます番だと夜人は決意した。


「聖剣シロキシの所有者を助けるための十年だ」


 少し間が空いて、電話の向こうから噴き出す声が聞こえた。


「はっはっはっは! クロキシでシロキシを助けるというのか! いい! それもまた一興だ! 我がクロキシの優位性を示すには、これ以上ないシチュエーションではないか!」


 なぜ電話の相手が上機嫌なのかわからないが、どうやら納得してくれたらしい。


「俺は黒木夜人」

「私は吉沢ルチア。貴様のオーナーだ。ではまっているぞ黒木。せいぜい、所有者になれるよう頑張るがいい」


 それきり電話が切れた。


「頑張るって……?」


 夜人が疑問を投げかけるも、スマートフォンは虚しい電子音を繰り返すばかり。


 セバスにスマートフォンを取り上げられ、彼の背後にヘリが降りてきた。


 ヘリの運転手はメイドさんだ。


「は? ヘリ? メイドさん?」

「さあ、まいりましょう黒木様。我らの本拠地へ」

「え、いまから?」

「イエスです黒木様。雪乃様についてはご心配なさらず。まもなく委員会の連中がやってきますゆえ、任せておけばいいでしょう」


 セバスに促されヘリに乗り込んだ。


 窓の外を見る。


 聖剣の丘がどんどん小さくなっていく。


 丘に寄りかかって眠る雪乃の姿もあっという間に見えなくなった。


 不安と高揚感に苛まれながら、黒木は心にかたく誓った。


 きっと雪乃とともに戦えるようになると。


 彼女に並んでみせると、強く思ったのだった。


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