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向かう先は聖剣委員会本部だ。
もしもなんらかの方法で異世界の門を開いているとするならば、この島でもっとも可能性があるのは、異世界に関する研究をしているあそこしかない。
夜人が委員会本部に到着すると、中は酷い状況になっていた。
警備はもちろん、研究員までもが殺されている。
廊下に倒れた無残な死体を横目に、夜人は建物内を走った。
「クソ! どこだ!」
「小僧! 屋上から強大な魔素を感じる!」
「屋上か!」
夜人は階段を駆け上がり屋上を目指した。
屋上に出ると、そこには巨大な魔法陣が描かれていた。
魔法陣の中央にだれか立っている。
金色の短髪に、成金じみたスーツ。
それは和泉達郎だった。
「ここまでくるとは……あなたはいったい何者なんですか?」
和泉は前髪をかき上げながら振り返った。
「それはこっちの台詞だ。お前、魔王解放軍だったのか!?」
「解放軍……ああ、人間どもが勝手に名乗っている組織のことですね」
「人間ども……? お前、まさか」
「そのまさかですよ」
和泉の体の色が浅黒く変わっていく。髪は金から銀になり、光彩が赤く、白目の部分は黒く染まった。
「僕はダークエルフ。魔王軍の一員です」
「人間に化けていたのか!」
「そういうことです。本名はスプリング・ダーティロウ。和泉達郎は偽名ですよ」
和泉が嘲るような笑みを浮かべた。
夜人はブレード・バレットを構えて脳天に撃ち込んだ。
けれど彼の放った弾はスプリングの額の数センチ手前で止まった。
「魔法壁だ!」
「わかってる、なら接近戦だ!」
夜人は駆け出し、スプリングに接近した。
刃を振り下ろすが、腕で防がれた。さらに鳩尾に掌底をもらい、数メートル後方に滑った。
倒れこそしなかったが、全身の骨に響くようなダメージが襲い掛かってくる。
「かはっ!」
夜人は片膝をついた。
「魔素をもたない機械の鎧ですか……この世界の人間は本当に面白いものをつくる。そんなまがい物の力で、真の魔族に勝てると本当に思っているのですか?」
スプリングの周囲に黒い槍が出現した。
「勝てるつもりでなきゃ、こねぇよ! うぐっ!」
夜人が立ち上がると、右ひざと左肩に槍が突き刺さった。
再び倒れそうになるが、鎧の補助機構によりなんとか立ち続けた。
「脆い……勇者でなければこんなものか」
スプリングはさらに大量の槍を出現させた。
「クソ、どうすれば……」
夜人がいくら考えても勝利の筋道が見えない。
「小僧、我に考えがある……」
「クロキシ……?」
夜人はクロキシの作戦を聞いて、目を見開いた。
「でもクロキシ! それじゃお前が!」
「やれ小僧! 奴に勝つにはこれしかないのだ!」
「なにをこそこそ話しているのですか!」
スプリングが槍を放った。
夜人はかろうじて躱し、前進する。
躱しきれずわき腹に刺さっても前に進んだ。
頬をかすめ、兜が半分割れても止まらない。
やがて夜人はスプリングに接近し、ブレード・バレットを振り下ろした。
「無駄なことを……」
スプリングが腕で受け止めた直後、夜人はブレード・バレットから手を離し、スプリングに抱き着いた。
「なっ!?」
スプリングが初めて狼狽えた。
夜人はきつく抱きしめ、離さない。
「いけえええええええええ! クロキシいいいいいいいいいいいい!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
胸の小型核融合炉が赤く発光した。
「まさか、自爆!? や、やめろおおおおおおお!」
スプリングが叫んだ直後、聖剣委員会本部の屋上で大爆発が起きたーーーー。
※ ※ ※
「くっ……黒騎士はまだなのか!?」
雪野は異世界の門を閉じるために魔素を注ぎ続けていた。
北東から爆発音を感じた直後、異世界の門が急速に収束し始めた。
「なんだいまの爆発は……?」
疑問を抱きつつも、この調子なら門を閉じられそうだと思った直後、異世界の門の向こうから巨大な赤い手が伸びてきた。
その手は異世界の門の端を掴むと、強引にこじ開けようとしてくる。
「貴様がアスモデウスか!」
雪野が頭上に向かって叫んだ。
こんな巨大な魔物が島に落ちてきたら復興も難しい。
雪野は聖剣シロキシを掲げた。
「この世界に貴様の居場所はない!」
シロキシの先端に光が集まっていく。
凝縮に凝縮を重ねた光は、やがて超極太の光芒となって異世界の門を貫いた。
アスモデウスの腕は皮膚が剥がれ骨となり粉々になっていった。
異世界の門は再び閉じ始め、最終的に元の大きさにまでもどったのだった。
「これにて一件落着……か?」
雪野が北東に視線を送ると、聖剣委員会本部の屋上から黒煙が立ち昇っているのが見えた。
「黒……騎士……?」
雪乃は胸のざわつきを感じ、すぐに聖剣委員会本部へむかった。
けれど屋上にはだれもいない。
争った形跡しか残されていなかった。
雪野は屋上に残された兜の半分を手に取り、空を見上げた。
※ ※ ※
「なんなんだこれは……」
黒木夜人は全身を包帯に巻かれた状態でベッドに座っていた。
隣ではルチアがリンゴの皮を剝いている。
「怪我人なのだから、とうぜん安静にすべきだろう?」
ルチアはそういって剥いたばかりのリンゴを自分で食べた。
「あ、それ自分で食べるのか……。いやそうじゃなくてさ、俺の上にあるこれだよこれ」
夜人の頭上にはお遊戯会なんかでよくあるような紙の円盤に文字が書かれたものがぶら下がっている。そこには「さようならクロキシ」と書かれている。
部屋もお遊戯会よろしくリボンやモールで飾られている上に、部屋にいるルチアの頭の上にも三角の紙の帽子がのっている。
「なんでこんなに和やかなの? もっと悲壮感があってもいいんじゃないの?」
「なぜ悲壮感などださねばならん」
「そりゃだって、クロキシが」
「我がどうしたというのだ?」
部屋の扉が開いて、銀髪のメイドさんが入ってきた。
「我って……クロキシ!?」
「そんなに驚くことでもなかろう。バックアップというやつだ」
「おおきたか。じゃあこっちも変えねばな」
ルチアが紐をひっぱると、「さよなら」の部分が反転し「おかえり」になった。
「なんだよそれ……じゃあ一番頑張ったのは俺じゃねーか! 俺を祝う会にしろよ!」
「黒木様は大変ご立派でございました」
クロキシの後に入ってきたセバスがにこやかにいった。
「ああ、うん。ありがとうセバス」
「ボーイは本当によく頑張ったと思うぜ!」
「ヒャアアアアアアアアアア!」
「いい仕事だったな」
レオナルドとジョルノとウラジーミルの三人組も労ってくれた。
「ま、あとは貴様の怪我さえ治れば何もかも元通り。もういちど活動を再開できるというものだ」
ルチアがリンゴを頬張りながらいった。
「ああ、なんかもうどうでもいいや……ゆっくり休ませてくれ」
「さて、全員集まったところでテレビでも見るとしようか」
そういってルチアはテレビの電源を入れた。
「ねえ俺の話聞いてる? って、雪乃?」
テレビではちょうど雪乃のインタビュー中継だった。
「私は、今回の戦いで多くを学びました……いつだってだれかが助けてくれるなんて考えていたけれど、自分の力で戦わなければならない時があるということを知ったのです」
画面の中の雪乃は、クロキシの兜の欠片を両手に握りながら神妙な面持ちで話している。
夜人はすでに嫌な予感がしていた。
「私はこれからも戦います。勇者に選ばれてしまった者としてではなく、勇者として。たとえ……たとえこれまで支えてくれた人がこの世からいなくなってしまったとしても……私は戦い続けます」
「この世からって……」
「黒騎士。これまであなたには酷いことばかりいってきましたが、どうか天国から見守っていてください」
「おおおおおおおい! 生きてるよ!」
「はっはっは! まさか死んだことにされるとは!」
ルチアが両手を叩いて大笑いしていた。
「まっこと思い込みが激しい娘よ」
クロキシはふっと鼻で笑った。
「ファイトでございます、黒木様」
セバスが両手を握りしめていった。
「おー、ボーイ。がんばれ。それより今回のギャラはどれくらいでるんだ?」
「ヒャアアアアアアアア!」
「次の仕事が決まったら教えてくれ」
三人組はそれぞれいいたいことを言っていた。
「ちょっとまてよ! これで俺が生きてるってわかったらどうなるんだ!? 絶対、怒りをかってまた嫌われるだろ!」
「そうだな……それもまた一興ではないか」
クロキシはそういって夜人の肩に手を置いた。
「そんなの嫌だああああああああああああああ!」
夜人の思いはルチアの屋敷を震わせた。
どこまでも澄み切った空の上には異世界の門が今日も渦を巻いている。
世界は、今日も平和だ。
ここまで読んでくださった方々! 本当にありがとうございます!
あと一エピソード入れれば十万字になりましたが、うまく挟み込むこともできず撃沈でした。
さっそく次の作品のプロットを組み始めたので、書いていきたいと思います。
またどこかでお会いしましょう!
それでは!




