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4-6

※ ※ ※


 雪野は閉鎖区域にたどり着いた。


 フェンスを乗り越え、有刺鉄線で肌を傷つけられながらもよじ登った。


 真っ暗な森の中、何度も転びながら彼女は走り続けた。


 方向があっているのかはすでにわからなくなっていた。


 サラマンダーとの戦いのあとから、シロキシの反応が感じられなくなったからだ。


 おそらく、異世界の門が開きつつあるために、島の魔素が乱れているのが原因だろう。


 それでも彼女は、さっきまで感じていた感覚を頼りに走っていた。


 ようやく光が見えた。森の中には似つかわしくない豪華な洋館が木々の隙間から姿をあらわした。


 雪乃は躊躇することなく屋敷の玄関を叩いた。


「開けてください! 開けてください!」


 ほどなくして、扉が開かれた。


 出てきたのは背の高いおじいさん。インカムがついたイヤホンを片耳につけている。


「あなたは……」

「教えて下さい! ここにシロキシはありますか!?」


 雪野が問いかけると、おじいさんは優し気な瞳で見下ろした。


「残念ですが、ここにはございません」

「そんな……」

「ですが、あなたを聖剣の場所まで連れていくことはできます。……お嬢様」


 おじいさんはインカムに手をそえてなにやら話し始めた。


 それから彼はつけていたイヤホンを差し出してきた。


「お嬢様がお話されたいと申されております」


 雪野はイヤホンを受け取り、耳に嵌めた。


「貴様が勇者か」


 聞こえてきたのは若い女の声だった。


「あなたは……?」

「私はこの屋敷のオーナーだ。まず最初にいっておくが、ここには聖剣はない。だが貴様を聖剣の場所まで連れていくことはできる。その上で貴様にひとつ聞きたいことがある」

「聞きたいこと……とは?」

「貴様には、世界を救う意志はあるか?」 


 その問いに、雪乃は息を飲んだ。


 一度聖剣を捨てた身でありながら、世界を救うなどという大きなことを口にする勇気がなかった。


 その重すぎる責任に耐えられる自信はなかったし、開き直って豪語するほど不誠実にもなれなかった。


 雪野は考えた。自分の戦う理由を。なぜ再び剣を取ろうと思ったのか、その理由を自身の内から探った。


 雪野の脳裏に浮かんだのは、幼馴染の顔だった。


「私は……幼馴染に付き添ってばかりいた十年だった。彼の戦いを見守るだけの日々だったのだ」

「ほう……では次の十年はなんだというのだ?」


 雪野は深く息を吸い込んだ。


 次の十年。自分は何をすべきなのか。答えは自然に浮かび上がってきた。


「次の十年は、私が戦う番だ。彼に見守ってもらうために、恥ずかしくない自分になるための十年なのだ」


 雪野にとっては最大限の自分の意志だった。


 けれど、イヤホンの向こうから聞こえたのは「駄目だな」という冷たい一言だった。


「駄目……?」

「ああ、駄目だ。つまらん答えだ。興覚めだ。貴様はこの期に及んで綺麗な自分でいようとしている。蛇の道を進む勇気もなく、戦いに身を投じようとしている。そんなことが許されると思うのか? 清いままでその手を血で汚せるというのか? 勇者とは汚れ役だ。それを担う覚悟がしめせない貴様には聖剣を手にする資格はない」


 雪野は愕然とした。


 自分はこれほど追い詰められても変わろうとしていない事実をつけつけられたような気がしていた。


 この通信の相手がなにものなのかはわからない。


 それでも、彼女が言っていることは正しい。


 清いままでは駄目なのだ。


 これは戦いであり戦争。


 どんな卑劣な手を使ってでも、勝利を掴まなければならない。


 雪野はポケットからコインを取り出した。


「では、賭けをしよう」


 雪野がそういうと、背の高いおじいさんが目を見開いた。


「賭けだと?」

「これからコインを投げる。表が出たら私の勝ち。裏が出たらあなたの勝ち。それでどうだ?」


 これが雪乃が考えうるもっとも卑劣な方法だった。


「……貴様まさか、それは? くっくっく、はっはっはっはっ! いいだろう! 清濁あわせもついまの貴様になら聖剣にふさわしい! おい、あの無駄に背の高い執事と電話を変われ!」


 雪野は指示通りイヤホンをおじいさんにわたした。


 おじいさんは受け取った時に「見事でございます」と呟いた。


 おじいさんはいくらか会話すると、雪乃を屋敷の裏手につれていった。


 そこに鎮座するヘリに乗り、雪乃は街を見下ろした。


(まっていろシロキシ。もう見捨てたりはしない)


 燃える街並みを見ながら、雪乃は決意を新たにしたのだった。



※ ※ ※


 夜人が住宅街にたどり着くと、信じられない光景が転がっていた。


 ここにいるのはスライムだと聞いていた。スライムと言えばRPGなら一番の雑魚。夜人はその先入観があったから、ここを一番最後にしようと考えた。


 ゴーレムはルチアの屋敷からもっとも近い場所だったから。


 デュラハンとクラーケンは強そうな順に戦うことにしたのだ。


 ところがどうだろう。


 一番の強敵はこのスライムだったかもしれないと夜人は思い始めていた。


「はああああああああ!」


 どれだけ切ってもスライムはすぐに修復してしまう。銃弾も効果はない。


 可能性があるとすればディーテリウム・カノンなのだが、戦闘モードはあと一回しか使えない。まだサリファとアルファが残っているので、ここで使い切るのは不味い。


 スライムの攻撃はゆっくりと移動して飲み込むくらいでしかないので躱すのも退けるのも容易いが、とにかく耐久力がはんぱじゃない。


 幸い周辺住民はほとんどが屋根の上に非難しており被害は少なそうだったが、家一軒にも匹敵する巨大な魔物を前に、夜人は負けないまでも勝利の道筋が見えないでいた。


「小僧! おそらく中心部にあるあの核を破壊すれば倒せるはずだ!」

「わかってる! でもそこまでどうやってたどりつきゃいいんだよ!?」


 切ってすぐに再生する不定形の化物を相手に、核までたどり着く方法がわからない。


 やはりディーテリウム・カノンしかないのか……夜人がそう思いかけたその時、レオナルドから通信が入った。


「ボーイ! この車にもディーテリウム・カノンが搭載されている! ちょっと道をあけるんだ!」

「なんだって!? なんでそれをはやくいわないんだよ!」

「説明書が難しいんだ! とにかくやってみるからどいてくれ!」


 夜人は家の屋根に飛び乗り道をあけた。


 現在、塀に囲まれた一本道でブラック・ビークルとスライムが一直線上に配置されている。


「目標補足!ディーテリウム・カノン! 起動!」


 ブラック・ビークルのボンネットが開き、円筒形の砲台が突き出した。


 青白い光が砲台の中央で発光し、やがて一筋の光芒となってスライムを貫いた。


 スライムはぼこぼこと気泡を発して爆散。核が露出した。


「いまだ小僧!」

「わかってる!」


 屋根から飛び降りた夜人は、地面に転がったスライムの核にブレード・バレットを突き立てた。


 スライムの体がぱしゃんと弾けた。


 同時に島の中央に展開されていた魔法壁がガラスのように音を立てて砕けた。


「よーし! これで島の中心にいけるぞ!」

「そうだな……まて小僧! あれを見ろ!」


 クロキシがカーソルを合わせた先に注目すると、子供が屋根から滑り落ちそうになっていた。


 夜人は考えるよりも早く戦闘モードを起動し、高速移動で子供の落下地点に滑り込んだ。


「大丈夫か!?」

「う、うん……大丈夫……」


 夜人は子供を地面に降ろした。


「小僧……お前……」

「しかたないさ。サリファとアルファには通常状態で戦う」


 どこまで戦えるかはわからない。それでも、やるしかない。いま戦えるのは自分だけなのだから。


「すまん、ボーイ。さっきの一撃でブラック・ビークルのエンジンが焼き付いちまった。どうやら操作をミスったらしい」


 レオナルドが通信でそういってきた。


 見ると、ブラック・モービルから黒い煙が立ち昇っていた。


「気にするな。あとはまかせろ」


 夜人はブラック・フルカウルにまたがり、島の中心へと移動したのだった。


 頭上で渦巻く異世界の門はかなりの大きさになっていた。


 すでに島全体とほぼ同じ大きさだ。


 これほどまでに門を巨大にしなければならないアスモデウスとは何者なのだと夜人は考えた。


「小僧、集中しろ」

「わかってる」


 クロキシに諭され、夜人は目の前の敵に集中することにした。


 サリファとアルファさえ止めればアスモデウスの召喚を止めることができる。


 だったらいまはそれだけに集中すべきだ。


 島の中心。聖剣が刺さっていた丘にたどりついた。


 サリファとアルファが丘の上で待ち構えていた。


「きたよアルファ」  

「そうねサリファ」


 二人は短刀を構え、左右から夜人に迫ってきた。


 夜人はブラック・フルカウルにまたがったままブレード・バレットから弾丸を乱射するが、二人は俊敏な動きで回避して迫ってきた。


 左右から首を狙って短刀が振り下ろされ、夜人は背中の聖剣シロキシも抜いて受け止めた。


「く……おおおおおおお!」


 ブラック・フルカウルを前進させて、力づくで押し返す。


 けれど二人は執拗に襲い掛かってきた。


 ブラック・フルカウルの機動力では対応できないと判断した夜人は飛び降りてサリファに切りかかった。


「お前たちはなんでこの島を襲うんだ!」

「魔王様の復活のため!」

「そのために私たちは使命を与えられた!」


 アルファに横腹を蹴られ、夜人は怯んだ。


 その隙にサリファの短刀が首に迫ってきたが、かろうじて剣で防ぐことができた。


 二対一。止まない連撃に、夜人は必死に食らいついた。


ーーーーこのままじゃ押し切られる!


 少しずつ鎧に傷がつき始めていた。


 戦闘モードの時は見た瞬間に体が動いていたが、いまは自分でどう動くか判断しなければならない。そのわずかなラグがダメージとして確実にあらわれていた。


ーーーー俺にも聖剣の力が使えれば!


 夜人がそう思っても聖剣シロキシは応えない。


 ただの剣としてひたすら沈黙している。


 後づ去りながら耐えていると、小石に躓いてバランスを崩した。


 瞬間、夜人のもつ聖剣シロキシが弾かれ、上空へと跳ねあがった。


「いけ、アルファ!」

「まかせてサリファ!」


 アルファがサリファの背中を踏み台にしてとび上がった。


 夜人が腕を伸ばしたが、サリファの刃が肩に突き立てられ指先がかすめることはなかった。


「やめろおおおおおおおおお!」


 夜人が叫んだその時、聖剣シロキシは、さらに上空から降ってきた何者かの手に握られた。


「応えろ……シロキシ!」


 凄まじい光が放たれた。


 目を開くこともできないほどの光だ。


 夜人は目の前が真っ白になりながらも、その中央にいる人影がだれかすぐにわかった。


「雪乃!」


 夜人が叫ぶと、光がおさまった。


 上空からふわりと地面に着地したのは、聖剣の衣装に身を包んだ霧崎雪乃だった。


「黒騎士……助太刀いたす!」


 雪野はアルファに切りかかった。


 夜人も続いてサリファに刃を向ける。


 これで二体二だ。


 条件としては五分。


 けれどこちらには、勇者がいる。


 雪野の強さは圧倒的だった。


 アルファの短刀をへし折り、手のひらを彼女に向けると極太のエネルギー波をはなってアルファを撃沈した。


「アルファああああああああ!」

「よそ見してんじゃねええええええええええ!」


 夜人はサリファの腕を切り落とした。


「くっ……クソ! クソ! クソ!」


 片腕を失ったサリファが腕を抑えながら睨みつけてくる。


 勝敗は完全に決した。


 夜人は雪乃とともに、サリファに剣を突きつけた。


「このくだらない戦いに終止符をうたせてもらうぞ」

「いますぐ異世界の門を閉じるんだ」 


 サリファは憎々し気な顔で後さりしたが、なにを思ったのか笑みを浮かべた。


「残念だけど、門は閉じられない。あれを開いているのは僕らじゃないからね」

「なに!?」

「まだ気づいていないなんて、なんて愚かなんだ。僕らはずっと前から準備をしていた。君たちのすぐそばにも僕らの仲間がいた。この作戦はあいつのシナリオなんだ」


 裏切者……その言葉が夜人の脳裏によぎった。


「そうだろうスプリング! 僕らがここで死ぬこともお前の……うぐ! ぐ!」


 サリファの頭が膨らんでいく。


 限界まで膨張した頭部が、血しぶきをあげて弾けた。


「なっ……これは……」

「口封じの魔法!?」


 夜人は状況が飲み込めなかった。


 いままさに黒幕だと思っていたサリファが死んだ。


 それでも異世界の門は開き続けている。


 門の周りの空には暗雲が立ち込め、雷鳴が轟き始めている。


「く……こうなったら!」


 雪野が飛翔し、剣を掲げた。


 彼女の体から大量の魔素が放出され門に吸い込まれていく。


「なにをしているんだ!?」

「私が門を閉じる! その間に、お前は黒幕を探すのだ! 黒騎士!」

「けど!」

「少しは私を信用したらどうだ!」


 雪野にいわれ、夜人ははっとした。


 彼女は自分の意志でここにきた。


 戦う覚悟をもって来たのだ。


 いままでは彼女を助けようとばかり思っていたが、今回ばかりは助けられた。


 雪乃を信じよう……夜人は雪乃の背中に「まかせた」と伝え、ブラック・フルカウルにまたがった。

 アクセルを開き、走り出す。


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