4-5
※ ※ ※
ビイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!
警報が鳴り、夜人は準備を始めた。
「今回は前回の二人組に加えて、様々な魔物が街中に出現しているようです。黒木様、各所を回って撃破してください」
簡単に言ってくれる、と夜人は思った。
ざっと聞いたところによると、住宅街にスライム。繁華街にサラマンダー。海辺にクラーケン。ビジネス街にゴーレム。学区にデュラハンが出現したそうだ。
島の中央、聖剣の丘がある観光エリアはいまのところ被害はないそうだが、そこには強力な魔法壁が出現し外界からの接触が完全に途絶されている。
おそらく新たに出現した五体の魔物が魔法壁を維持する魔法陣の役割を担っているとセバスは見立てた。
夜人は全身に新たな装備を装着した。
太ももにナイフをつけ、腰にはサブマシンガンを二丁ぶらさげ、背中にはブレード・バレットとシロキシを十字に背負っている。
「今回は俺たちも助太刀するぜ」
レオナルドたちがブラック・ビークルにのり、屋敷から出てきた。
ビークルにはクロキシの充電器を備え付けてある。これで三回までなら再充電することができるだろう。
ルチアの屋敷の周囲を囲む森からでも、街が燃えているのがわかった。
すでにかなりの被害が出ているようだ。
夜人はブラック・フルカウルにまたがりアクセルをひねる。
爆音を響かせて発進し、森の中を突き進んだ。
「こちらレオナルド! まずはどこからいくんだボーイ!」
並走するブラック・モービルに視線を送ると、レオナルドが天井の射撃窓から顔をだしてこちらをみていた。
「まずはビジネス街から行く! それから学区を通って海に出る! 繁華街と住宅街は後回しだ!」
近いところから攻めていく寸法だ。
ルチアの敷地をでてすぐの大通りからビジネス街に入った。
街の中央で岩石を人型につなぎ合わせたような怪物、ゴーレムが暴れていた。
ゴーレムはビルに使われているコンクリートを食べているようだ。
夜人はブラック・フルカウルを停車してブレード・バレットを構えた。
「小僧! 戦闘モードはなるべく温存するのだぞ!」
「わかってる!」
夜人が放った弾丸はゴーレムの側頭部に直撃した。着弾箇所から煙を立ち昇らせるが、ゴーレムにはまるでダメージがないようだ。
「効いてないのか!?」
「狙いが甘い」
続いてブラック・ビークルからウラジーミルが狙撃を開始した。
彼の放った弾は四発。二発ずつ左右の膝に着弾し、関節を破壊した。
ゴーレムはバランスを失い転倒。背中があらわになった。
「見ろ小僧、魔法陣がかかれているぞ!」
「あれを破壊すればいいってわけだな!」
夜人はブラック・フルカウルを降りてゴーレムに接近した。
ゴーレムは両腕でたちあがると、体を構成している岩石を組み替えて膝を回復させた。
「あやつは自由に体を組み替えられる! いくら破壊しても効果は薄いぞ!」
「わかってる! だったら最初から弱点を狙うだけだ!」
ゴーレムが拳を突き出してきた。夜人は突き出された腕に飛び乗り、肩に向かって走り出す。
肩から背中に回り込んで魔法陣を切り裂いた。
「グオオオオオオオオオ!」
魔法陣を切られたゴーレムは、体が崩壊していった。
島の中央に展開された魔法壁にも亀裂が入るのが見えた。
「やっぱりこの魔法陣が鍵みたいだな」
夜人はただの岩の塊になったゴーレムを見下ろしながら呟いた。
なにはともあれ、戦闘モードは温存できた。
次もこの調子で突破していきたいところだが、そう簡単にはいかないだろう。
夜人たちが次に向かったのは学区。
場所は夜人の高校のグラウンド。
頭のない騎士、デュラハンが黒馬にのって走り回っている。
デュラハンの首から先に頭はなく、そこには青い炎が灯っている。ネックレスをつけており、それが魔法陣の形になっていた。
夜人がブラック・フルカウルで停車していると、デュラハンがこちらに気づいた。
デュラハンはこちらに向き直り、ランスを構えた。
「一騎打ちってわけか……のぞむところだ!」
夜人もブレード・バレットを片手にアクセルに手をかけた。
どちらからともなく走り出し、二人がすれ違った瞬間に火花が散った。
崩れ落ちたのはデュラハン。肉の無い体がバラバラになり落馬した。
「なんだ、大したことなかったな……って」
夜人が振り返ると、地面に散らばった骨が震えだして宙に浮いた。
骨は馬の上で一つになると、デュラハンはあっという間に復活したのだった。
「そんなのありかよ……」
「来るぞ小僧!」
デュラハンは再び突撃してきた。
夜人はブレード・バレットを握りしめ、身構えたのだった。
※ ※ ※
雪乃は島の北側を目指して、燃え盛る街の中を走っていた。
繁華街にさしかかると、酷いありさまだった。商店は燃え、あたりは火の海だ。
「くっ! どうしてこんなことに!」
これは全部自分のせいなのだろうか。
雪野は走りながら自責の念に襲われそうになったが、頭をふった。
いまは悩んでいる場合ではない。足を止めずに走るしかない。
いっこくもはやく島を救うには、聖剣を返してもらう必要がある。
雪野が繁華街の大通りにでると、火を噴く巨大なトカゲ、サラマンダーが火を噴いて暴れまわっていた。
よくみると、親子連れが襲われそうになっている。
雪乃はとっさに落ちていた鉄パイプを拾ってサラマンダーに投げつけた。
「こっちだ化物!」
雪乃が叫ぶと、サラマンダーは雪乃に狙いを定めた。額の魔法陣が紫色に輝き、さらに巨大化した。
雪乃は狭い路地裏に入り込んだが、サラマンダーは壁をはって追いかけてくる。
サラマンダーが炎を吐くと狭い路地裏はあっという間に炎で埋め尽くされそうになったが、雪乃は窓を突き破って建物の中に入った。
建物の中に逃げ込んでもなお、サラマンダーは壁を燃やして追いかけてくる。
「げほっ……このままでは……」
雪野は再び走り出し、通りに面した窓から飛び出した。
再び大通りに戻ってくると、いまだに路上で固まっている親子が目に入った。
「なにをやっている! はやく逃げるんだ!」
雪野が呼びかけても親子は怯えているばかりで動かない。
もうすぐサラマンダーが追いかけてくる。ここで戦うしかない。
けれど奴はただのトカゲではない。体のほとんどが炎でできている。物理攻撃は効果が薄いだろう。
雪乃が周囲を見回すと、赤い箱が目に入った。
ーーーー消火栓だ!
雪野はすかさず消火栓に近づきホースを引っ張り出した。
サラマンダーが壁を破壊して再び大通りに姿をあらわした。
そのタイミングで雪乃は消火栓を開き水を噴射。サラマンダーの額に容赦なくぶっかけた。
「ギャオオオオオオオオオオオオ!」
サラマンダーが叫び、どんどん体が小さくなっていく。
最後にはふつうのトカゲくらいの大きさになり、雪乃は踏みつぶしたのだった。
「あの! ありがとうございます!」
母親が深々と頭を下げて礼をいった。
「おかまいなく」
雪野が走り出そうとすると、子供に手を引かれた。
「勇者のおねえちゃん! みんなをたすけてね!」
そういわれた雪乃は目頭が熱くなるのを感じた。
弱くて情けない、こんな自分に期待してくれる人がいる。
その思いを踏みにじるわけにはいかなかった。
「まかせて!」
雪野は込み上げてくる涙を必死に抑え込んで、再び走り出した。
※ ※ ※
「ディーテリウム・カノン!」
夜人の右手から高エネルギーが放射され、デュラハンの体を焼き尽くした。
けっきょくこうするしかなかった。どれだけ攻撃しようともデュラハンは復活してしまう。ディーテリウム・カノンで一気に焼き尽くすしかなかった。
それはつまり戦闘モードを一回分消費したということでもある。
すぐに胸の小型核融合炉を取り外し、ブラック・モービルに搭載されていた予備と交換した。残りは二つだ。足りるのだろうか。
夜人が残りの敵のことを考えていると通信が入った。
「黒木様。朗報でございます」
「どうしたセバス?」
「街の監視装置をハッキングしたところ、繁華街に現れたサラマンダーが何者かによって撃破されました」
「一般人が倒したってことか?」
「おそらくそうでしょう。これで残った魔物は海沿いのクラーケンと住宅街のスライムのみになりました! お急ぎください黒木様!」
通信が終わった。
夜人はサラマンダーを倒した人物が気になっていた。
なぜかその人物が、雪乃に思えて仕方がなかったからだ。
「次は海に行くぞ!」
レオナルドたちに伝えて、夜人はブラック・フルカウルにまたがった。
学区を抜けて南へ向かう。
全速力でむかったため、海に到着するまでに十分とかからなかった。
海では巨大なイカの化物、クラーケンが触手を振り回していた。
ーーーーデカい!
最初に感じたのはサイズだった。これまで相対したどの魔物よりも大きい。
クラーケンは先端が膨らんだ触手で海の家を破壊して回っている。
夜人はブラック・フルカウルをおりて夜の砂浜を駆けた。
「うおおおおおおおおお!」
腰に備えたサブマシンガンを両手で乱射して接近。けれどクラーケンの柔軟な体を貫くことはできなかった。
弾切れを起こしたサブマシンガンを投げ捨て、夜人はブレード・バレットと聖剣シロキシを両手に握った。
二つの刃を鋏のように構え、クラーケンの触手を断ち切った。
「シャアアアアアアアアア!」
傷口から青い血を噴き出しながらクラーケンが暴れまわる。
この魔物にも魔法陣が刻まれていた。頭部の中央だ。あそこまでたどり着けば勝てる。
そのためには邪魔な触手を切り落とせばいい。
夜人は一本ずつ触手を切り落とし始めた。
「これで最後だ!」
最後の一本を切り落としたその時、クラーケンの額の魔法陣が輝いて傷口が盛り上がり、触手が復活した。
「小僧! こいつらは!」
「ああ、さっきのデュラハンといい、時間稼ぎだ!」
最初のゴーレムも、学区のデュラハンも、そして今目の前にいるクラーケンも妙に耐久力が高い。
街を破壊することよりも、長くい続けるタフネスに振っている感じだ。
その意味するところは、時間稼ぎ。そう考えるのが妥当だろう。
戦い始めてすでに三時間が経過している。
あと三時間で日付がかわり、アスモデウス作戦が発動してしまう。
なにが起きるのかはわからないが、急がなければならない。
夜人は出し惜しみをしている場合ではないと判断した。
「クロキシ! 戦闘モードだ!」
「わかった!」
夜人は戦闘モードを起動した。
鎧の各部が解放され蒸気を噴き出し、全身に青いラインが明滅する。
夜人は高速移動を駆使て一瞬で触手を切り落とし、クラーケンの額にブレード・バレットと聖剣シロキシを突き立てた。
クラーケンはしなびていき、やがて完全に沈黙したのだった。
「おいボーイ! そんなペースで戦闘モードを使っちまったらあとがもたないぞ!」
「時間がない! さあ、残り一匹だ!」
戦闘モードが解除され、夜人はレオナルドから投げ渡された小型核融合炉を胸に嵌めた。
これが最後のひとつだ。街で暴れている最後の魔物をたおしても、その先にはサリファとアルファがいる。
空では異世界の門の渦がどんどん大きくなっている。
このままではアスモデウスがやってくる以前に、大量の魔物が来る可能性だってある。
最優先すべきは、迅速に最後の魔物を倒して島中央部の魔法壁を解除し、サリファとアルファを止めること。
そうすれば異世界の門がこれ以上開くことはなく、アスモデウスがこちらに召喚されることもない。
一人でどこまでやれるかわからないが……いや、やり切らなければならない。勇者がいないいま、失敗は許されないのだ。
聖剣はここにあるのだ。雪乃の助けは期待できない。自分がやらなければならないんだ。
夜人は、自分の手が震えていることに気づいた。
「おい小僧、大丈夫か?」
「……大丈夫だ」
夜人は拳を握りしめた。この程度のプレッシャーに負けるつもりはない。
「行くぞ、最後の一匹だ!」
ブラック・フルカウルにまたがり、住宅街を目指した。




