4-4
ルチアの屋敷に帰ってくると、ルチアが抱き着いてきた。
「おわ!? な、なんだよ!?」
「素晴らしいぞ黒木! 愛してる!」
「ああ……? なんなんだよ……」
「聖剣だ! はやく聖剣をよこせ! 研究する!」
「ああ……ほらよ」
ルチアに聖剣シロキシを渡すと、彼女は夜人からさっと離れて地下へいった。
「なんなんだよ……ったく」
「お疲れ様です黒木様」
セバスが労ってくれたが、夜人はまっすぐ自室に戻った。
クロキシを解除して、ドックタグを部屋で座ったまま沈黙しているメイドの首にかけた。
するとメイドは目を開いて動き始めた。
「小僧、これでよかったのか?」
「なにが?」
「聖剣だ。持って帰ってきてしまったが……」
「どっちにしろあの状態じゃ戦えないだろ。だったらルチアの研究材料にでもしたほうがずっと得だ」
とはいうものの、夜人はそこまで考えていなかった。
かつて自分が引き抜こうと必死だった聖剣。
その聖剣を抜いておきながらこんなものいらないという雪乃に怒っていた。
彼女に聖剣はふさわしくないと思った。そんな思いから衝動的に持って帰ってきてしまったのだ。
クロキシが部屋に備え付けのテレビをつけた。
雪野のインタビューが行われていた。
「私は……勇者をできません……」
彼女がそういうと、インタビュアーたちがざわついた。
「あの、聖剣はいまどこにあるのでしょうか?」
「あの剣は黒騎士がもっています。私より、彼の方がふさわしいので」
夜人はぎりりと歯ぎしりをしてベッドで横になった。
なんなんだあの態度は。
敵の精神攻撃を受けたといっても、あそこまで腑抜けになることはないだろう。
きっと雪乃はうすうす思っていたのだ。勇者なんてやりたくないと。
そんな覚悟で戦っていたのだ。人々の命を背負っていたのだ。
それじゃ駄目だ。勇者という役目はそんな弱い心でやっていいものじゃない。
夜人はとにかく腹が立って仕方がない。
怒りを鎮めようと、彼は目を閉じた。
運命の日は、明日に迫っている。
※ ※ ※
聖剣委員会本部に戻ってから、雪乃は様々なことを聞かれた。
戦闘中になにがあったのか、聖剣はどこにいったのか。
雪野は何も答えなかった。
精神攻撃を受け、自分の心の弱い部分をさらけ出されてしまった時からこらえていた感情が濁流のようにおしよせてしまい自分で制御することができなかった。
勇者なんてやめたい……その気持ちに正直になると、とても楽になれるような気がして、手放すことをやめられなかった。
それを人に話すのはとても勇気が必要で、自分を信じてくれている委員会の人間に話すには、雪乃の勇気は足りなかった。
聖剣の行方については本当にわからない。
雪野は黒騎士のことをなにも知らない。
彼が何者で、どこから来て、なぜ自分を助けようとするのかわからない。
そもそも助けようとしているのか邪魔しようとしているのかもよくわからない。
いまは、自分の不甲斐ない部分を見られた気恥ずかしさと、聖剣をおしつけてしまった申し訳なさがぐるぐると渦巻いている。
委員会の自室で雪乃は荷物をまとめていた。
といっても、もともとろくな荷物なんてもってきていないので制服の予備や下着をバッグにしまったくらいだ。
荷物をまとめおわると、ベッドに座って一息ついた。
聖剣を失った自分は、もうここにいる必要がない。
それもまた、少しだけほっとした。
同時に、必死で働いている人たちに罪悪感が芽生えた。
みんな懸命に戦っているのに、自分だけがその戦いから逃げ出すことに罪の意識を覚えないはずがなかった。
雪野がぼぅっとしていると、部屋の扉が叩かれた。
扉を開くと、そこには和泉が立っていた。
「雪乃さん! 大丈夫ですか?」
「和泉さん……」
「酷い顔ですが、ちゃんと休まれていますか?」
「まぁ……」
雪野は俯いて答えた。
この男のことはいまだに嫌悪感を抱いてはいるが、それさえも申し訳ないと感じていた。
「雪乃さん……そう気に病まないでください。僕はむしろこれでよかったと思っていますから」
「え?」
「雪乃さんは戦うには優しすぎますから。これでよかったんです」
和泉は爽やかにはにかんだ。
ちくり、と雪乃の胸に棘が刺さる。
優しいのではない。弱いのだ。
雪野が返事に困っていると、和泉はさらに話を続けた。
「ところで、聖剣の場所は本当にわからないんですよね?」
「わかりません……」
「例えば、シロキシの場所を察知する……とかできないんですよね?」
和泉の意図がわかり、雪乃は息が詰まる思いだった。
彼は聖剣の所在を掴むために来たのだ。自分を励ますために来たのではないとわかったから。
「……ためしてませんが、きっと無理です。私はもう聖剣の所有者ではないので」
「そうですか……ああ、勘違いしないでください! 僕はもし雪乃さんが勇者に返り咲く時が来たならと思っただけでして!」
「いいんです……それでは」
雪野は扉を閉じた。
どっと疲れた気がしてベッドに仰向けになった。
返してもらったスマホをいじる。
夜人と話したかった。
けれど、なにを話せばいいのかわからない。
あとは通話ボタンを押すだけの状態で固まっていると、再び部屋の扉がノックされた。
退去の案内だった。
雪野は聖剣委員会本部を出て、久々に自宅へ帰ってきた。
島の南端。海と空が一望できるコンテナハウス。
この狭くてなにもない部屋に帰ってこれて心から安心した。
帰ってすぐに両親に線香を立てて両手を合わせた。
それから乾麺の蕎麦を茹でて啜った。
いまは七月六日の午後六時。あと六時間で明日になる。
そうしたらなにが起こるのだろう。委員会の人々は詳しいことを教えてはくれなかった。
そういえば委員会には裏切者がいると黒騎士がいっていた。
もしかしたら重要な情報は一部の人にしか知らされていないのかもしれない。
大人たちのそういったかけひきは雪乃にはわからない。
つくづく自分は子供なのだな、と思ってしまう。
というよりも、子供でいたいのかもしれない。これまでずっと大人たちに混ざって、大人たちが認めて
くれることをこなしてきた。
はやく大人になれるように頑張ってきた。
両親がいなくなって、そうせざるをえなかった。
はやく大人にならなければならなかった。
でも、本当はまだ子供でいたいのかもしれない。
「ごめん……お父さん……私……」
そんなことが許されるわけがない。みんなが頑張っているのに、必死に考えて行動しているのに、自分だけが子供でいたいなどという我儘を言っている場合ではない。
ーーーーやるべきことをやる。それだけだ。
写真の中の父が、そういったような気がした。
「私は……馬鹿だ……」
子供だの大人だの、そんなことは関係ない。
シロキシを扱うことが自分の使命なのだから、まっとうすればいい。
助けてくれる人は大勢いる。私の間違いは、彼らを頼らなかったことだ。
もう一度シロキシを握ることが許されるのなら、こんどは手放したりしない。
雪乃はぽつぽつと涙を流し、スカートの裾を握りしめた。
その時、なにかを感じた。
遠く離れた場所に、シロキシがある。私を待っている。雪乃は涙をふいて立ち上がり、コンテナハウスを飛び出した。
そして、息を飲んだ。
街が……燃えている。




