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4-3

 雪乃が叫ぼうとした瞬間、黒騎士に腕を引かれて柵から落下した。


 空中でお姫様抱っこされて地上に着地する。


 落下した先は委員会本部の中庭。周囲には綺麗に剪定された生垣と、中央には噴水がある。


「驚かせてすまない。ただ話しを聞いて欲しくてーーーー」

「はなせ!」


 雪乃は黒騎士の頬に平手を打ち込んだが、その手は掴まれてしまった。


「俺の話を聞くんだ! 頼む!」


 黒騎士から鬼気迫るものを感じた雪乃は「ひとまず下ろしてくれ」といった。


 地面に下りた雪乃は黒騎士に背を向けた。


 この男は自分をメス豚だの未熟者だのと罵った男だ。


 そう簡単に気を許すつもりはない。


 それでも、一言だけ伝えたいこともあった。


「それで、話とはなんだ」

「単刀直入にいうが、委員会に裏切者がいる」

「なんだと?」


 雪野は振り返った。


 鎧に包まれた顔は表情が伺えない。嘘か本当かもわからない。


「魔王解放軍の奴が潜り込んでいる可能性が高い。気をつけろ」


 黒騎士はそういって背を向けた。


 雪野はとっさに彼の手を掴んで止めた。


「まて、なぜ私にそんなことをいうのだ?」

「……俺は聖剣の影。聖剣を守る者だからだ」


 その言葉に、雪乃は少し傷ついた。


 やるべきことをやる。やらねばならない。自分の手で。


 そう思っていたところに、こんなことをいわれては、まるで自分では力不足だといわれているような気がした。


「私は……私は、誰かに守られねばならないほど弱いのか?」

「そうじゃない。ただお前はまだーーーー」

「未熟だから、といいたいのか?」

「落ち着け! 俺は責めるためにきたわけじゃない! 戦いになれていないお前のためにきただけだ!」


 雪野の胸の中にどんどんどす黒い感情が立ち込めていく。


 だったらお前が戦えばいいのに。自分の代わりに聖剣の所有者にでもなんでもなればいいのに。


 喉からでかかったその言葉を、彼女は懸命に飲み込んだ。


 これが子供じみた感覚であることはよくわかっていたからだ。 


 だから、強がることにした。


 それがいっそう子供じみているとはわかっていても、彼女にはそうするほかなかった。


「……貴様に、ひとつ礼をいいたい」

「礼?」

「植物園で助けられた」

「あ、ああ……」

「以上だ。さっさと私の前から失せろ」


 雪乃は黒騎士に背を向けた。


「……俺は、お前が無事で良かったと思ってる」


 雪乃が振り返ると、黒騎士の姿はすでになかった。


※ ※ ※


 ルチアの屋敷にもどり、夜人は筋力トレーニングに精をだしていた。

 雪野から礼をいわれた。

 きっと雪乃のなかでなにかが変わり始めていると夜人は思っていた。


「暑苦しいのう」

「我慢しろ!」


 同室で苦言を呈するクロキシを無視して、夜人はとにかく自分を痛めつけた。

 そうしなければ湧き上がる喜びで体が爆発してしまいそうだったから。


「よーし、次は懸垂だぁ! ……お?」


 ビイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!


 魔物の出現を知らせるサイレンがなり、夜人はクロキシと目を合わせた。


 ブラック・フルカウルにまたがり向かう先は島の南東にある音楽館。


 セバスからの情報によると、怪音波によって周辺住人が暴徒と化しているらしい。


 精神攻撃系の魔物が出現しているということだ。


「敵は音で攻撃してくるみたいだけど、大丈夫なのか?」

「問題ない。同じ周波数の音をぶつけて中和するノイズキャンセラが我には搭載されている」


 音楽館に到着すると、現地は酷いありさまだった。


 人間同士が殴り合ったり取っ組み合ったりしている。


 ゴブリンが暴れていた時よりも痛々しい。


「酷いな……」

「これだけ人が多いと轢きかねん。ここからは徒歩で行くぞ」


 ブラック・フルカウルをおりて街を進んでいく。


 ステルスを使いつつ壁伝いに移動し、音楽館を目指した。


 人々が火炎瓶を投げたり鉄パイプで店の窓や車を破壊する中、夜人は音楽館に到着した。


 外の惨状とは裏腹に、館内は静かだった。


「静かだ……」

「気を抜くな小僧。ソナーには反応がある」


 赤い点は二つ。敵も二体いるということだ。


 夜人は音楽館の中を進んだ。


 ギターやグランドピアノの展示物を通り抜けてたどり着いたのはコンサートホール。


 そのステージに燕尾服を着た人影が二つ、手を取り合ってダンスを踊っていた。


 どちらも銀色の髪をしており、側頭部から巻き角が生えている。


「お前たちがこの惨状の黒幕か!」


 ステージの上にはすでに雪乃がおり、ダンスを踊っている二人組に剣を向けている。


「僕はサリファ。インキュバスさ」

「私はアルファ。サキュバスよ」


 二人はダンスをやめて、雪乃に深々とお辞儀をした。


「こんにちは勇者」

「そして、さようなら」


 二人の悪魔が歌い出すと、音楽館全体が震え始めた。


 夜人もまた耳を抑えてよろめいた。


「ノイズキャンセラが効いているんじゃないのか!?」

「これは音ではない! 振動そのものに魔素が込められておる!」


 ステージをみると、雪乃も膝を折っていた。


 これほど距離があっても脳が揺さぶられるのだ。至近距離で聞いている雪乃はこれ以上のダメージを受けていることだろう。


「さあ、心を開いて」

「真の自分を解放するの」


 サリファとアルファが雪乃の周りで踊っている。


 雪乃はシロキシを振り回すが、よろめいておりかすりもしない。


「や、やめろ! 私は……私は戦わなければならないのだ!」

「それはだれがきめたの?」

「君の意志はどこにあるの?」


 サリファとアルファの歌は激しさを増していく。


「本当はやめたいんでしょ?」

「なにもかも捨てちゃいたんでしょ?」

「それが君を苦しめているんだ」

「だからさあ、それを渡して」


 サリファとアルファが雪乃の腕に触れ、彼女から剣を奪い取ろうとした。


 それでも彼女は必死に耐えているようだ。


 このままじゃまずい。どうにかこの音を止める方法はないのか?


 夜人は周囲を見回し、天井のシャンデリアを見つけた。


 ブレード・バレットを構え、引き金に指をかける。


「私は……本当は……」

「自分に正直になって?」

「本当はどうしたいの?」

「私は……いやだ……戦うのなんて……使命も責任も、何もかもが嫌だ……。私はどうすればいいのだ……」

「大丈夫」

「私たちが預かってあげる」

「だから、さあ」

「その手を離して?」


 雪乃の手から力が抜け、シロキシが離れようとしたその時ーーーーコンサートホールに銃声が響き、シャンデリアが落下した。


 耳をつんざくような音が響いてサリファとアルファの音波が止まった。


 夜人は照準を二人に合わせ引き金を引いた。


「ちっ!」

「お邪魔虫か!」


 二人は防御魔法を展開して防いだ。


 夜人は乱射しつつ距離をつめてステージに飛び乗った。


「おいしっかりしろ!」


 いまだにうずくまっている雪乃に声をかけるが返事はない。


「もういやだ……私はもう……」

「おい!」

「いまは捨ておけ小僧! くるぞ!」


 サリファとアルファが短刀を手にとびかかってきた。


 二人がかりの流れるような連撃に、夜人はかろうじて防ぐが攻めに転じることができない。


「このままでは押し切られるぞ小僧!」


 クロキシにいわれるまでもなく自分が窮地に立たされていることくらいわかってる。


 状況を覆す隙を探るが見当たらない。


 どうする……どうすればいい……?


 夜人が必死に頭を働かせていると、コンサートホールの入口からエンジン音が聞こえてきた。


「なんだ!?」


 無人のブラック・フルカウルがステージ上に突撃してきた。


 夜人の前でエンジン音を響かせながらサリファとアルファの間に割ってはいり、側面に備え付けられた機銃を乱射した。


「黒木様! ご無事ですか!」

「セバス!? これは!?」

「ブラック・フルカウルの遠隔操作システムを使っております。あの三人組がそれぞれ捜査しているのです」


 どうやら借りができてしまったらしい。


「そのまま機銃で援護してくれ!」

「イエスです!」


 ブラック・フルカウルが弾丸の嵐を放つ間に夜人はサリファに接近した。


 サリファは逆手にもった短刀で懐に入り込もうとしてきたが、夜人は柄の底でサリファの鳩尾を突いた。


「かはっ!?」


 さらに流れるような動きで剣を切り上げようとしたが、アルファが投げたナイフが迫ってきて躱した。


「アルファ、ここは引こう」

「でも、サリファ」

「明日になればすべて片が付く。無理に戦う必要はないよ」

「それもそうね」


 サリファとアルファはコンサートホールの壁に火炎弾を放ち穴を空けると、そこから飛び出していった。


「小僧! 奴らが逃げるぞ! おい!」

「いまはそれどころじゃない……」


 夜人は逃げた二人を追跡せず、雪乃に近づいた。


 彼女はいまだにうなだれている。 


「立てそうか?」


 夜人が聞くと、雪乃は首を左右に振った。


 泣いているのか、床が濡れている。


「君は立たなければならない。その剣を持つ者として」

「……らない」

「なに?」

「いらない……こんな剣、私はいらない!」


 雪野がくしゃくしゃに泣き崩れた顔を上げた。


 怯えと、不安と、怒りをないまぜにしたような表情に、夜人は戸惑った。


 それでも、彼女は勇者だ。勇者は彼女しかいないのだ。


 なにがなんでもたちあがってもらうしかない。


「そんなことをいったって仕方がないだろう! 君は選ばれたんだ! 選ばれてしまった! ならその責任を果たすしかない!」

「いやだいやだ! 私は戦いたくない! 私はただ、普通に学校にいって、普通に恋をして、普通に生きていきたい! なのに、どうして私ばかりがこんなめにあわないといけないんだ!」

「この……その剣を抜きたがっていた人がどれだけいたと思っているんだ!? 君は彼らの思いを踏みにじるのか!」


 夜人が雪乃の胸倉を掴むと、彼女はさらにぼろぼろと大粒の涙を流した。


「やだよぉ……私、こんなのいらないよぉ……」

「…………」


 子供のように泣きじゃくる彼女をみて、夜人は手を離した。


 雪野はうずくまって泣いている。


 もう、どうしようもないと思った。


「なら、この剣は俺がもらう」

「ぐす……うえぇ……」


 返事はなかったが、夜人は聖剣シロキシを手に取った。


 普通の剣だ。なんの力も感じない。それは、夜人が真の所有者ではないからだろう。


「貴様にこの剣はふさわしくない。じゃあな」


 夜人はブラック・フルカウルにまたがり、泣きじゃくる雪乃を残してサリファとアルファが空けた穴からでていった。 


 暴動で荒れ果てた街を疾走していった。


締めに向かって書き始めたのですが、十万字に足りない気がします……!

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