4-2
地下一階にはルチアとクロキシ、傭兵三人組も集まっている。
白い壁にはプロジェクターで映像が映し出されていた。
今回の男にも麻袋が被せられている。
すでにずいぶん痛めつけられているのか、麻袋には血が滲んでいた。
端的に情報を整理すると、男は魔王解放軍だった。そのなかでもそれなりの地位にいる者で、アスモデウス作戦についてもある程度知っていた。
口封じの魔法もかけられておらず、男は様々なことを話したのだった。
まずアスモデウス作戦とはその名の通り、魔王の右腕である魔将軍アスモデウスを地球に呼び寄せるための作戦なのだそうだ。
いまの時点ではまだ異世界の門が開ききっていないため、魔力が強大なアスモデウスは門をくぐることができない。
けれど地球にいる協力者が門に魔力を流し込むことによって、門は少しずつ開かれているとのことだった。
その協力者が何者なのかはわからなかった。ただ間違いないのは、その協力者が聖剣委員会内部に潜り込んでいるということ。
つまり委員会内部に裏切者がいるということを示唆していた。
さらにアスモデウスがこちらに来ようとしている目的は二つある。
ひとつは武力によって地球を征服すること。
もう一つは聖剣シロキシを奪うことだ。魔王の復活にはシロキシが必要らしい。
映像が終わってから、夜人は拳を叩きつけた。
狙われているのは雪乃だ。それに、彼女のすぐ傍に裏切者がいる。
「すぐにこの情報を聖剣委員会に伝えよう!」
夜人がそういうも、ルチアたちの反応は冷たかった。
「駄目だ。委員会に何人の裏切者がいるかもわからんこの状況で情報を流せば、それこそ勇者が危険にさらされる」
「なら雪乃にだけ伝えよう! 確実に信用できるのはあいつだけだ!」
「ノン。黒木様、それも推奨できません」
「なんでだよ!」
「雪乃様がどこの馬の骨とも知れぬ我々の話しを信じるとは思えないからです。仮に信じたとしても、彼女には聖剣委員会しか居場所がありません。不用意に疑心暗鬼にさせるのは得策ではないかと」
「だけど!」
夜人がさらに議論を続けようとすると、レオナルドが胸倉を掴んできた。
「落ち着きなボーイ。クールになれ。ここでいくら喚いたって俺たちのやることは変わらない」
「だから、俺は雪乃を助けるためにーーーー」
「それはお前のやりたいことだ! 俺たちは魔物を倒すためにここにいる! その違いがわからないほどキッズじゃないはずだ!」
レオナルドのいいたいことはわかる。
夜人の目的は雪乃を助けることだ。魔物からはもちろん、彼女を取り巻くあらゆる脅威から彼女を守りたいと思っている。
けれど、それはルチアたちの目的とは違う。彼女たちはクロキシの有用性を示すためにいる。魔物を倒し、シロキシよりも優れていることを証明したいのだ。
夜人は胸倉を掴むレオナルドの手首を掴み、彼の背後に回り込んで肘の関節をきめた。
「うぐっ!」
「だったら、雪乃はどうなってもいいっていうのか……。自分の意志とは関係なく勇者の重荷を背負わされたあいつをほうっておくっていうのかよ!」
「おやめください黒木様……」
「うるせぇ!」
夜人が熱くなっていると、ルチアが指を鳴らした。
「ではこうしよう。黒木。貴様はこれから委員会本部に潜入して霧崎雪乃に情報を流せ。それ以上のことは許可しない」
「ルチア……」
「情報を得た彼女がどうするかは当人の判断に任せることとする。クロキシもそれでいいな?」
ルチアが同意を求めると、クロキシは腕を組んだまま頷いた。
「我はどちらでもよい。我は我の目的のために戦っておるだけだ。そもそも、ここに集まっておるのは同じ目的で集まった同士ではない。各々が納得するには、各々の思いを無下にはできんだろうな」
「クロキシ……」
「だが、それでもいまのお前は子供じみているぞ小僧。正味、見損なったわ」
クロキシは「映画の続きを観てくる」といって、部屋を出ていった。
夜人はレオナルドを解放し、俯いた。
自分は間違っていない。たとえどんなに非難されようと雪乃を守るという意志を貫いてみせる。
夜人は拳を握りしめた。
※ ※ ※
雪野は困っていた。
委員会では本部役員との顔合わせを兼ねたパーティーが開かれており、彼女は着たこともないドレスを纏って参加させられていた。
お酒は当然飲まないが、匂いだけで酔ってしまいそうだ。
なにより、自分に媚びるような視線と笑顔を向けてくる中年たちが気持ち悪くてしかたがなかった。
雪野はパーティー会場から離れ、一人テラスに出た。
外の空気が吸いたかった。贅沢とはこんなにも息苦しいものなのか、と彼女は思っていた。これほど息が詰まるのなら貧乏の方がずっとましだとさえ感じる。
テラスの柵に手をおいて、着なれないドレスに胸を締め付けられながらため息をついた。
「雪乃さん、お疲れのようですね」
後ろから声をかけられて振り返ると、シャンパングラスを両手に持った和泉が立っていた。
彼はシャンパングラスの片方を差し出してきたが、雪乃は首を左右に振った。
「お酒は……」
「これはノンアルコールですよ」
和泉にそういわれて、雪乃は受け取り一口飲んだ。
すぐさま口の中に熱いものを感じて噴き出した。
「ぶっ……! これ!」
「ははは、バレましたか」
「なんでこんなことをするんですか。教師失格ですよ!」
「緊張をほぐすには多少のアルコールも必要でしょう。あなたは勇者になった日からずっと緊張している。そのままではいつか倒れてしまいますよ」
「私は、勇者ですから。これも勇者に必要なことなんです」
雪野はパーティー会場に視線を送った。
中では大勢の富裕層が談笑している。見た目は和やかだが、実際は金と利権にまつわる腹の探り合いだ。
誰と会話しても見透かされるような気がして落ち着かない。
「そうですね。大きな力には大きな責任が伴うものですから」
「なぜ私なんかが勇者になったのか、いまだにわかりません……」
「あなたは美しい。それでは駄目ですか?」
「くだらないですね」
雪野がじとっとした目で和泉を睨みつけると、彼は愉快そうに笑みを浮かべながらシャンパンを口につけた。
「これはこれは手厳しい。もう少し楽になってはいかがです? 役目や責任なんてあなたには関係ない。あなたはあなたが思うことをすればいいではないですか」
「……あなたは、自分がなにをいっているのかわかっているのですか?」
雪乃は勇者をやめたい。もしも周囲が許すのなら、この首にかかっている重いネックレスを引きちぎっていますぐにでも自由になりたかった。
でもそれは許されない。
「やめたければやめたっていいのです。だれもあなたの意志を踏みにじることはできない。投げ出したければ投げ出していいし、逃げたければ逃げればいい。使命? 宿命? そんなものに縛られる人生のなにが楽しいというのか」
「私は、やるべきことをやるのです。たとえこの手を血に染めても」
雪野はシャンパンを一気に飲み下した。
熱が喉を下って全身に広がっていく。
和泉はひゅぅと口笛を吹いた。
「少し僕好みになってきましたね。まぁ無理をなさらないように」
和泉はそういって会場にもどっていった。
「なんなのだいったい……」
雪野は柵に体を乗り出してうなだれた。
体がぽかぽかする。きっとアルコールのせいだろう。
「おい」
どこからか声が聞こえた。周囲にはだれもいない。きっと聞き間違いだろうと彼女は思った。
「おいってば」
再び声が聞こえて柵の下を覗き込んだ。
するとそこには、あのにっくき黒騎士が盗人よろしく壁にはりついているではないか。
「貴様ーーーー!」




