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4-1

「ああー、ううー、んおおおおおおお……」


 ルチア家の空き部屋で、夜人はもだえにもだえていた。


 落ちていく世間の評価と雪乃の印象。どうにかどちらの汚名も払拭したいと考えているがどうすればいいのかわからない。


 世間体だとかアンチがいやだとかそんなことはどうでもいい。


 雪乃を助けるためには彼女自身が差し出した手を受け取り周りが受け入れてくれる姿勢が大事なのだ。


 夜人はただ純粋に雪乃を助けたい。その一心でしか動いていない。


「ええい、うるさいわ。映画に集中できんではないか」


 同じ部屋で紅茶とチョコレートケーキを嗜みつつ映画鑑賞に興じていたクロキシがちくりと言った。


 今日は流石に素っ裸ではなく、メイド服を着ている。


「いやだってさぁ、俺は雪乃を助けたいんだよ。なのになんで悪者にされなきゃならないんだ?」

「そんなことで悩んでおったのか。いいか小僧。いくら正しくないと他人に言われても、己が信じた道をゆく。それがダークヒーローというものなのだぞ」

「別に俺はダークヒーローになりたいわけじゃないんだけど……」

「ええいもうるさいわ。映画鑑賞の邪魔をするなら出ていけ!」


 クロキシに襟を掴まれて部屋を追い出された。


 なんだよあいつ、少しくらい相談に乗ってくれたっていいのに……。


 夜人は所在なく屋敷の中を歩いていると、カートを押しているセバスと遭遇した。


「あ、セバス。それは昼飯?」


 夜人がカートに被せられた布をめくると、ペンチやら大きめの鋏やらが顔を覗かせたのですぐに被せなおした。


 これ、いわゆる拷問器具というやつじゃ……。


「申し訳ありません黒木様。わたくしはまだ尋問の途中でして……」

「あ、ああそっか、邪魔して悪かった」


 セバスはカートを押して目の前の部屋に入っていた。


 直後に野太い悲鳴が聞こえて、夜人は部屋の前で両手を合わせたのだった。


「しょうがない、あいつのところにでも行くか」


 夜人は地下に下りた。エレベーターに乗り押したのはB3階。ルチアの研究室だ。


 エレベーターが到着すると、様々な書類や機材が乱雑に置かれた部屋に到着した。


 部屋の中はうす暗い。一歩中に入るとエレベーターの扉が閉まり、暗さが深さを増した。


「おーいルチア……む」


 夜人は背後に気配を感じた。首筋にナイフをあてがわれたが手首を掴んで背負い投げで対抗。直後、玩具の矢が飛んできたが顔を傾けて躱した。


「うおおおおおお!」


 さらに前方からガスマスクをつけた白衣の大男がタックルを仕掛けてきた。


 夜人はジャブで男の顎を打ち、さらに懐に潜り込んで鳩尾に掌底を食らわせた。


 吹っ飛ばされた大男は書類の山に埋もれ、呻いている。


「……なんでお前らがここにいるんだよ」


 男たちがガスマスクを外した。全員見覚えのある顔だ。


 クロキシ採用試験の時にあらそった、各国の兵士たちだ。


「俺たちは任務に失敗した。もう祖国には帰れない。ってことで、この屋敷でしばらく世話になることにしたのさボーイ」


 ガスマスクを放り投げたレオナルドが書類の山に埋もれながら答えた。


 どうにも信用できないと夜人は怪訝な表情で彼を睨みつける。


「どうせまた裏切るつもりだろ」

「オー、ノーノー。いまはまだそんなつもりはない。なにせここは待遇がいいからね。そよりボーイ。君は世間じゃずいぶん酷いいわれようみたいじゃないか」

「だからルチアに相談しに来たんだよ。クロキシの評価が悪いんじゃ、あいつも嫌だろ?」

「ノンノン。ルチア嬢はクロキシの性能にしか興味がない。それが悪評だろうが好評だろうが、力を示せればいいのさ。俺たちとしてもわかりやすいオーナーで助かってる」


 レオナルドは葉巻に火をつけて紫煙を吐き出した。


「そのオーナーはいまどこにいるんだ?」

「ずっと奥の研究室にこもりっぱなしさ」


 レオナルドが指さした先には、鋼鉄製の扉が鎮座している。


 夜人は扉に歩み寄り、躊躇することなく開いた。


「ああー、ちょっとちょっと……まいったね」


 レオナルドはどこか余裕を漂わせながら夜人を見送った。


 奥の研究室は手前の部屋と雰囲気が違った。


 壁には様々な計器類が設置され、部屋の中央にはドーム型の機械が置かれている。ドーム型の機械からは大量の配線が伸びて床を覆い隠していた。


 ルチアはドーム型の一部を開いた床に頭をつっこんでいた。


「ルチア」


 夜人が呼びかけるとルチアの尻が動いた。


「だれだ」

「俺だよ。なぁちょっと出てきてくれないか、大事な話が……」

「ちょうどいい、私をひっぱれ。抜けなくなってしまった」

「は?」

「だから、抜けなくなったからひっぱれといったのだ」


 夜人はルチアの腰を掴んでひっぱった。


 なにかがひっかかっているのか、なかなか抜けない。


 夜人が力を込めると、二人そろって尻もちをついてしまった。


「ててて……って、うわ!」


 ルチアの顔がすぐそばにあり、夜人は慌てて立ち上がった。


「すまんな。で、ここになにをしにきた。なにか問題が発生したのか?」


 ルチアは白衣をはたきながら立ち上がり、ループタイをしめなおす。彼女は相変わらず冷たい目でこちらを見つめていた。


「実は、どうすれば雪乃の評価が良くなるのかなやんでて……」

「ふむ。興味ないな」

「おい」

「私は貴様の個人的な悩みについていっさいの興味をもっていない。貴様は我らが求めるとおりにクロキシを運用しろ」

「いっておくけどなぁ、世間の評価が悪いとお前も困るんだぞ? いつかクロキシの存在が明るみになったとき、世間に受け入れられるかって重要なことだろ?」

「関係ないな。クロキシがシロキシよりも優れていることが証明されれば、人々は勝手にクロキシを求める。認められたければ力を示せ。私からできるアドバイスは以上だ。さあ、帰れ」


 ルチアが指を鳴らすと、三人組がやってきて夜人の腕と腰を掴んだ。


 そのままずるずると部屋から引きずりだされ、エレベーターに押し込まれた。


「すまないなボーイ。オーナーの命令には逆らえないんだ」

「ああ、もうわかったよ! だれもあてになんかできないってことがな!」

「そうふてくされるな。そもそもボーイはなぜそんなに周囲の目を気にする?」

「俺は雪乃を守りたい、そのためにはーーーー」

「だったら守ればいい。否定されようが邪険にされようが、自分の気持ちを貫けばいい。俺はそう思うがね」


 レオナルドはそういってはにかんだ。


「自分の気持ちを貫く……」


 夜人が呟くと、エレベーターの扉がしまった。


 一階に到着し、彼は屋敷の外に出た。


 森の空気をたくさん吸い込み、一気に吐き出した。


 そして、腕立てふせをはじめたのだった。


 自分は雪乃を助けたい。その一心で黒騎士になった。


 雪野を助けるのに、他人の評価は関係ない。それは確かにその通りだ。


 そもそも雪乃は助けを求めているのだろうか。


 これまで彼女は何度も窮地に陥った。夜人が助けてきたのも事実だ。


 だけど、もしかしたら彼が手をださなくても自力で切り抜けたのではないか。


 夜人は腕立てふせをやめて仰向けに寝転がった。


 空に手を伸ばす。太陽は途方もなく遠い。


「もしかして、俺のエゴなのかな……」


 夜人がぽつり呟くと、頭上から人影があらわれた。


「黒木様。尋問が終わりました。ご報告したいことがありますので、地下一階までお越しいただけますか」


 夜人は立ち上がってセバスについていった。


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