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クロキシに運転を任せた先にたどり着いたのは、島の南東にある植物園だった。
園の外にはすでに大勢の人々が避難してきている。
ステルスモードを起動し、人々の間をすり抜けて園の扉をぶっ飛ばして侵入した。
植物園の中は普段と変わらない様子だった。
「昨日みたいに雑魚がいっぱいいるってわけじゃなさそうだ」
「小僧、ソナーを使え! 魔素を検知して魔物の居場所を突き止めることができる!」
言われた通り、視界の左上に注目した。
円形のソナーには無数の青い点が散らばっていた。これはきっと民間人だ。
円の上の方に赤い点が一つだけある。これが魔物なのだろう。
夜人が目標を発見したその時、園内で爆発が起こり建物の天窓が次々と割れた。
「まずい! クロキシ!」
「ええい、仕方がない! 戦闘モード!」
夜人はブラック・フルカウルに装着していたブレード・バレットを手に持ち、落ちてきたガラスに向かって連射した。
ガラスは細かく砕けたが、すでに活動時間の減少が始まっている。
夜人はブラック・フルカウルのアクセルを一気にひねった。
※ ※ ※
雪乃は植物園の中に入り、物体を浮遊させる魔法を使ってすぐに人々を外に連れ出した。
まだ全員ではないと思い、園内を駆け回っていると、「助けてくれー!」という男性の声が聞こえた。
雪野が声のする方に向かうと、茂みの中で大人の男がうずくまっていた。
「もう大丈夫です! こちらにきてください!」
「う、うごけないんだ! 助けてくれぇ!」
みると男の足には植物の蔦が絡まっていた。
雪野は蔦を切り裂いて男に近づくと、男は「ありがとう、勇者様よぉ!」といって振り向きざまになにかを噴射した。
ウツボカズラに似た何かから噴射された紫色のガスを吸った雪乃は、すぐにシロキシを振りかぶった。
けれど目の前にいるのは普通の人間だ。雪乃が躊躇していると、次第に体が動かなくなってきた。
ーーーーまさかいまのは、毒ガス!?
雪野がその場に膝をつくと、男はナイフを取り出した。
「は、ははは……あーっはっはっは! 魔王様、バンザーイ!」
男がナイフを振りあげると、突如気配が消えた。
雪野が片目を開くと、男は植物に全身を絡まれていた。
「いけないじゃなーい、勝手に勇者を殺そうとするだなんて」
木々の向こう側から、頭に巨大なハイビスカスをつけた女が現れた。
褐色の肌に、葉っぱを模したドレスのような服を着ている。ドレスの裾はラフレシアのような毒々しい色になっていたが、見た目はほとんど人間だ。
「お前も、魔物なのか?」
「ぶっぶー、私は魔物じゃなくて魔族。魔物があんたたち人間でいうところの獣だとするなら、私たちは人間みたいなものよ。違いは魔素を自分で生成できるかどうかってところね」
褐色の女は右手を蔦のように変異させて、縛り上げられた男の胸に刺した。
すると男の体がどんどん干からびていき、最後にはミイラのようになってしまった。
「私はアルラウネ。勇者の剣と心臓を狙う魔族。あなたが勇者なんでしょ? 悪いけど死んでくれるかしら?」
アルラウネが右手の蔦を触手のようにうねうねさせて近づいてきた。
「くっ……なぜだ……なぜ人間を襲うのだ!」
「なぜって、魔王様が滅ぼせっていったからよ」
「それだけ!? 本当にそれだけなのか!?」
アルラウネは顎に手を当てて考え、それから「そうよ」と応えた。
「なぜそんなことができる! 心が痛まないのか!? 言葉が通じる相手を殺すことに、少しの罪悪感もないというのか!」
「噂通り、こんかいの勇者様はずいぶん平和ボケしてらっしゃるのねぇ」
アルラウネは右腕の触手を伸ばして雪乃の左肩に突き刺した。
「ぐあ!」
「ほらほら、なーんにも罪悪感なんてないわ。わかる? これは戦争なの。いいえ、戦争でもない。これは報復と言った方が正しいわ。あんたたち勇者のせいで、繁栄の一途を辿っていた魔族は没落した。いまやアースガルドでさえ我々の立場は危ういわ。どうしてくれるのよ」
アルラウネはぐりぐりと傷口を抉ってくる。
痛い。雪乃はいままで生きてきてこれほどまでに痛い思いをしたことはない。
それでも、雪乃は説得するつもりでいた。
言葉の通じるもの同士なのだ。
語り合えば絶対に理解し合えると思っていた。
「私は……」
「なぁに?」
「私はどれだけ痛めつけられてもかまわない……だからこんなことはすぐにやめるのだ!」
雪野の言葉に、アルラウネは唾を吐いた。
「なーんかさ、あんたムカつく」
アルラウネは左手の触手を伸ばし、雪乃の顔面に突き刺そうとした、その時。
銀色の軌跡が雪乃の視界にひらめき、触手が分断された。
みると目の前には、あの黒騎士が立っていた。
※ ※ ※
敵の場所までまっすぐ向かうと、雪乃が大ピンチだった。
夜人は慌ててブラック・フルカウルから飛び降りて彼女に向けられた触手を断ち切った。
「大丈夫か!?」
良く響くバリトンボイスで雪乃に問いかけると、彼女は小さく頷いた。
拘束されているようには見えないが動けないようだ。
「毒をかがされた。だが問題ない。シロキシの浄化力ですぐに動けるようになる」
「そのすぐを待つ余裕はなさそうだ」
アルラウネは自身の手のひらを開いたり閉じたりしている。
どうやらダメージはなさそうだ。
「あらら、助っ人ってやーつ? やーねー」
夜人はすぐさまブレード・バレットを構えた。
単発で三発撃ち込んだが、アルラウネは蔦で絡めた干からびた死体を盾にした。
夜人は接近戦に持ち込むために足のブースターを起動。踵に装着された車輪によって地面の上を滑るように移動した。
「はやい!?」
アルラウネに高速で接近しブレード・バレットを振り下ろそうとした。けれどブレード・バレットに蔦が絡みついて動かせない。
「くっ!」
夜人はブレード・バレットを手放して、手のひらをアルラウネに向けた。
「なに!?」
アルラウネの目が驚愕に見開かれる。
「ディーテリウム・カノン!」
夜人が叫ぶと、右手のひらから青い熱線が噴射された。
視界の左下にあるバーがどんどん減っていく。
重水素砲とは、小型核融合炉とは別に備えている核融合タンクから放出された時速数千万キロメートルにして数億度の重水素だ。
こいつを浴びせられたら大概の物質は跡形もなく消滅する。
一秒にも満たない放射を終えると、アルラウネの上半身は完全に塵と化しており、彼女は両膝をついて倒れた。
同時に夜人の活動時間も終わり、戦闘モードが解除された。
「危ないところだったな」
夜人が雪乃に手を差し伸べると、彼女はそっぽを向いて立ち上がった。
「助けを頼んだ覚えはない。それに……」
雪野がシロキシの切っ先を向けてきた。
まさかこの間インタビューでいっていたことを実行するつもりか?
夜人が一歩後ずさると、雪乃に手を引かれた。
「まだ終わっていない!」
雪野が叫ぶと、植物園中の植物がうねりだした。
さらに上半身を吹き飛ばされたアルラウネが下半身だけで立ち上がった。
上半身に蔦が絡み合い、徐々に人の形になっていく。
「……つく……ムカ……く……ムカつく……ムカつくムカつくムカつくムカつく!」
地の底に響くような怨嗟の声が聞こえてくる。
「人間風情が、我ら魔族をコケにするなああああああ!」
植物たちから観たこともない巨大な花の蕾が生え始めた。それらは急速に成長していく。
明らかに異様な事態に夜人は悪寒がした。
「な、なんだ!?」
「シロキシによると、あれは毒の花粉をまき散らす花だそうだ」
「毒!? しかもあんなに……これって不味いんじゃないか!?」
「ああ、この規模だと島中が毒の花粉に覆われる。防ぐには……一帯を焼却するしかない! ……貴様もろとも!」
雪野は夜人を一瞥して空にとび上がった。
ーーーーあいつ、俺もろとも植物園を火の海にするつもりか!?
夜人はすぐにブラック・フルカウルを呼び出し、飛び乗った。
「まずいまずいまずい……ん!?」
夜人の進行方向に怯えてうずくまっている男がいた。
手に持っているのは、魔王軍のマークを象ったイミテーションだ。
「お前もこい!」
「ひええええ! 助けてくれぇ!」
「おい小僧! そいつは敵だぞ!」
「かまわねぇよ! つれかえって事情を聞かせてもらおうぜ! そんなことより急げええええ!」
アクセルを全開に開いて植物園の窓から飛び出した。
上空から極大の火球が落ちてきて、夜人の背後で大爆発が起きた。
爆風に背中を叩かれながら脱出した夜人は、ステルスを起動してルチアの屋敷に向かったのだったーーーー。
「ただいまーっとぉ」
全身を煤だらけにしながら、夜人はルチアの屋敷にたどり着いた。
「いつからこの屋敷が貴様の家になったんだ? ええ? おい黒木よ」
屋敷のエントランスにはルチアとセバスが待っていた。
ルチアはどこか苛立った様子だ。もしかしたら昨日から寝ていないのかもしれない。
「かたいこというな。土産もってきたんだからよー」
夜人は確保した男をエントランスの中央に投げ捨てた。
「気絶しているようだが?」
「運転が荒かったからな」
「こいつがなにかを知っている保証はあるのか?」
「魔物といっしょにいたんだ。普通の魔王崇拝者なら自分も襲われるから逃げるだろ? でもこいつは逃げずにその場にいた。ってことは襲われない可能性を知ってたんだ。たとえばそのイミテーションとかな」
夜人は男が握りしめていたイミテーションを指さした。
干からびた男の首にもかかっていたものだ。
これはきっと、魔王解放軍の一員に配られる紀章のようなものなのだと夜人は睨んだ。
「セバス。こいつを尋問しろ。手段は任せる」
「かしこまりました、お嬢様」
セバスは男を引きずって地下へと下りていった。
尋問というか、拷問が始まりそうな気がする……。
夜人はクロキシを解除して、ルチアとともにダイニングに向かった。
ダイニングにはすでに料理が並んでいる。今日はスッポン鍋だ。
「スッポン鍋って……」
「食べたかったのだからいいだろう。それより席につけ。食材に感謝しろ」
「せめていただきますっていえよ……」
夜人は両手を合わせて箸を握った。
スッポンの出汁が効いた鍋はとても美味しい。
鍋の汁を飲んでいると、ルチアがテレビをつけた。
今日も雪乃のアップが表示された。
「今回は大規模な戦闘になりましたね!」
「ああしなければ島が危険だったので……あの、被害については……」
「今のところ行方不明者などは報告されていません」
「そうですか……よかった……」
画面の中で雪乃はほっと胸をなでおろしていた。
「ところで今回もドローンによる撮影がされていたのですが、かなりピンチになっていましたね!」
「ええ、私の至らなさゆえの結果です……お恥ずかしい」
「あの黒騎士もまたあらわれましたが、どのような心境でしょうか?」
こんかいは助けただけだしきっと雪乃の評価も変わっただろう、と夜人は考えていた。
ところが雪乃が「殺し損ねました」といって思わず鍋を噴き出した。
「あの男は説得を試みる私を無視して戦闘を始めた挙句、敵を倒し損ねて大惨事の一歩手前まで事態を悪化させました。奴は悪です! 奴こそまっさきに[ピー]すべき存在です! 私は黒騎士を絶対に許しません!」
夜人は画面を見つめながら固まっていた。
「おい、黒木。箸が進んでいないようだが全部食べてしまうぞ」
ルチアは鍋の両端を掴んで飲み下し始めたが、そんなことにツッコむ余裕すらない。
「おおすごいぞ小僧。黒騎士が検索トレンドランキングで上位に入っておる。見てみるか?」
「遠慮しとく……」
夜人はがっくりとうなだれたのだった。
世間の評価も雪乃の評価もどんどん下がっていく。
このままでいいのだろうか……、夜人の気持ちはどんどん沈んでいくのだった。
第三章はここまでです。読んでいただきありがとうございます。
今後もゆるっと書き進めていく予定ですが、もしもこの作品が面白いと思った方がいらっしゃればぜひともポイントをいただけると幸いです。
作者のモチベが右肩上がりでウッホッホでございます。




