3-2
和泉はクラスが落ち着くのをまって咳ばらいをすると、自分は聖剣委員会の人間で霧崎雪乃のマネージャーであることを語った。
雪乃の様子を見守りつつ、学生の本分である学業に専念してもらうために教師という形で学校に来たそうだ。
実際に専念できるかどうかは、額を抑えてため息をついている雪乃の様子をみれば一目瞭然だ。
「なので申し訳ない! 僕はみんなの先生でいたいけど、そういうわけにはいかないんだ! なぜなら僕は……」
いつのまにか和泉は雪乃の後ろにおり、彼女の前で跪くと右手をとって手の甲にキスをした。
「霧崎雪乃様のマネージャーであり、彼女を守る騎士の役目があるのだから」
クラス中が、というか主に女子が悲鳴をあげたが、雪野はすぐに手を引いた。
「目立つ行動は慎んでください」
「すまない、目立つのは生まれつきなんだ。それより首のそれ、とても似合っているね」
「必要なのでつけているだけです。そうじゃなければ学校にこんなもの……」
雪野はネックレスを隠すように握りしめた。
まさか贈り物なのか? それをつけているのか? 学校に……?
夜人の脳裏に様々な考えが浮かんでは消えたが、最終的にたどり着いた結論はきっとあの成金風が雪乃に言い寄っており彼女は心底嫌がっているというものだった。
雪野といえば剣道一筋の武道娘。色恋なんかとは無縁の武士の生まれ変わりみたいな存在だ。
夜人は変な勘違いをすることなく、すぐに理解した。
現にいま、雪乃は戸惑った様子で夜人に顔を向けている。
「夜人……誤解するな」
「どうでもいいよ」
「夜人……」
ちょっと素っ気なかったかな、と思ったが落ち着いて話すのは後でいい。
いまはさっさとホームルームを終わらせてほしかったのだが、和泉はさらに雪乃の足元にしゃがみこんでなにかを拾った。
「おや、これは……」
和泉は一枚のコインを手に持っていた。外人の横顔が掘られたコインだ。
「あ、それは私の……」
「雪乃さんはずいぶんと面白いものをもっていますね」
「面白いもの? それがなにかわかるんですか?」
「これはこう使うんですよ」
和泉が自分の手の甲にコインを乗せて叩いた。
それから手を開くと、コインは相変わらず横顔のままだ。
俺も雪乃も首を傾げた。
「さらに裏返して同じことをすると……」
今度は裏側の花が刻印された方を表にしてもう一度叩いた。するとなぜかコインはまた外人の横顔になっていたのだった。
「ナノテクを利用した偽装コインですね。衝撃を与えると必ず表がでる仕様のようです。とうぜんお金として使うことはできませんが、ジョークグッズとしては面白いですね」
和泉はそういって、雪乃の机にコインを置いた。
「さあ、授業を始めましょう。ちなみに、このクラスのすべての授業はこの僕が受け持ちますのでよろしく」
和泉は教卓に両手をついてそういい、気持ち悪いくらい白い歯を見せて笑った。
休み時間になっても、雪乃は和泉に呼び出されてどこかにいってしまい、ろくに話す時間がない。
といっても、夜人としては変に会話してボロを出す方が怖かったのでこれでよかった。
昼休みはあえて夜人は屋上に移動してパンを食べることにした。
「なぜあの娘を避けるのだ?」
クロキシが話しかけてきた。周りに人がいないからだろう。
「下手に話すとボロがでるかもしれないだろ。雪乃は鋭いんだよ」
「なるほど、それはいかんな。あの娘は聖剣委員会の中枢に潜り込んでおる。もし委員会の連中に我の存在が知られれば、ルチアたちの屋敷も取り押さえられてしまうだろう。そうしたらどうなるかわかるか?」
「どうなるんだ?」
「我がダークヒーロー物の映画を観られなくなる。それだけは避けねばならぬ」
どうでもいい、夜人は心の底からそう思ったのだった。
「お前ってその口調のわりにけっこう俗っぽいところがあるよな」
「なにをいう! 俗っぽいのではなく好奇心が旺盛だとーーーー」
「クロキシ? どうした?」
クロキシが突然黙った直後、屋上の扉が開いた。
扉の向こうからやってきたのは、雪乃だった。
なぜか肩で息をしている彼女は、ふらふらとこちらに近づいてきた。
「はぁはぁ……ここにいたのか……」
「雪乃? どうしたんだよ?」
「夜人を探して……学校中を走り回ったのだ……はぁはぁ……」
なんでそんなことを……そう聞く前に雪乃は夜人の肩を掴んで鼻がくっつきなそうなほど詰め寄ってきた。
「誤解だからな!」
「な、なにが……?」
「だから、和泉は私のマネージャーで、というかあいつが勝手にマネージャーを名乗って付きまとっているだけでなんにも関係なんかないんだからな!」
「あ、ああ……まぁそんなこったろうと思ったよ……」
「信じて……くれるのか?」
雪野はきょとんとした様子で聞いてきた。
「信じるも何も、お前がああいう男が嫌いなことくらいわかってる。何年一緒にいると思ってんだ?」
「そうか……そうだな……その通りだ! はっはっは!」
雪野は急に上機嫌になったが、夜人は彼女のネックレスが気になっていた。
「ただ、それは気になるな。アクセサリーなんてつけるタイプじゃないだろ?」
「あ? ああ、これは聖剣だ。持ち運びが容易なサイズに変形した」
「へぇ、本物もそういうことができるのか」
「本物も……?」
夜人はうっかり口を滑らせてしまい慌てて話題を切り替えることにした。
「ほ、ほら、レプリカの聖剣も変形機能がついてるんだけどさ! さすがに小型化する機能なんてなかったから驚いたんだ!」
「ああ、なるほどな。そうか、そうだよな……本当は夜人がこの剣を抜くはずだったのに……」
雪野は胸の聖剣を抑えて、どこか申し訳なさそうに目を伏せた。
たしかに夜人は聖剣を抜こうと十年も頑張ってきた。
体と頭脳を鍛え続けてきた。
いまになって考えてみると、その重荷に耐えられたかどうかはわからない。
大勢の人々の命が自分の腕にかかっているというその責任に押しつぶされていたかもしれない。
先日のゴブリンの一件で強くそう思った。
似たような力をもっていても、クロキシは世間に認知されていない。それはつまり期待もされていないということだ。
それに引き換えシロキシは、世界中が注目している。彼女の戦う姿は当然のことながら、普段の生活までもが全国に配信されている可能性さえある。
そんなプレッシャーの中で生活するなんて、どれほど辛いことか想像もできない。
雪野の心の強さでなければ、きっと耐えられない。
だからこそシロキシは彼女を選んだのかもしれない。
「いいや、その剣は雪乃にこそふさわしいよ」
「夜人……でも、私は……柄ではないと思っているのだ……。あの黒騎士とかいう変態にもいわれたのだが、私には戦いの覚悟がたりない。いかに品行方正にふるまっていても、心の中では……私は……」
雪乃の中でクロキシが変態というポジションになっていることに夜人は少しだけ傷ついた。
「あ、あー、えっと、黒騎士? とかいうのはよくわからないけど、そんなに気にしすぎることないんじゃないか? 戦うことは大事だし、それが聖剣を抜いた者の役目なのはわかるけど、逆にいえばそれさえしっかりやっとけば大丈夫っていうか……」
けっきょくなにをいいたいのかよくわからなくなってしまった夜人だったが、雪乃は微笑んでくれた。
「優しいな、夜人は」
「え?」
「夜人が抜こうとしていた剣を横取りしてしまったのに、こんな私を励まそうとしてくれるなんて……お前は私にとって、最高の幼馴染だ」
「ああ、ありがとう……」
「だからこそ、私はお前こそこの剣の所有者にふさわしいとーーーー」
ビイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!
島中の警報が一斉に鳴りだした。
これはきっと、魔物の出現を知らせるものだ。
「雪乃……これって」
「うん、行かねば……それじゃあ、夜人! またあとで!」
雪野は屋上の柵をとび越えた。
「応えろ……シロキシ!」
夜人が柵にしがみついて下を見ると、すでに雪乃の姿は白い着物姿になって宙に浮いていた。
屋上の高さにまで上がってくると、雪乃は夜人を一瞥し「いってくる」と残してとびさって言ったのだった。
「我らもいくぞ、小僧」
「わかってる」
夜人はクロキシを発動し、鎧に身を包んだ。
雪野と同じく屋上の柵を飛び越えると、彼は地上に着地した。
ブラック・フルカウルを呼び出し発進する。
「クロキシ、行き先はわかるのか?」
「問題ない、さきほどセバスから位置情報が送られてきた。飛ばすぞ、小僧!」
坂道を上りブラック・フルカウルが宙に浮き上がった。
空には異世界の門が小さな渦巻のように開いている。昨日よりも少しだけ大きくなっているような、そんな気がした。




