カヘル侯の列石群/アリニュマン事件まとめ
「ずいぶんと込み入った事件でした。……背後の東部組織に注目することで、我々が一層ややこしくしている、といった感もありますが」
独白のように言ってくるカヘルに向けて、それでも側近ローディアはうなづいた。そうなのだ、ヤンフィールの殺人という事件の核だけ見るのであれば、ことは実に単純である。≪嫉妬にかられた女が、男を殺して埋めた≫。
真犯人であることを告白して自死したスウィーン邸の女中、コーティアはドラムベーグ近郊の農家出身だった。実家側の縁者とは疎遠で、何度か結婚離縁を重ねて最終的には独り者、十数年来スウィーンの家に住み込みで働いていたという。
スウィーンが証言するように思いやりがあってまじめ、うしろ暗いところのない六十代初めの女性であった。当然、犯罪歴や違反歴も皆無。
「そんな堅実で慎ましい女性が、なぜヤンフィールのような詐欺師の悪行に加担し、果ては殺人の罪を犯さなければいけなかったのか……理解に苦しみます。ローディア侯の意見を聞かせて下さい」
「はい、……」
コーティア自身が言っていたように、二人は昔の知り合い……ずっと若い頃、恋人関係にあったのだろう、と一同は推測していた。しかし別れてそれぞれの人生を歩み、初老の域に入ったところでたまたま偶然に再会した。
「詐欺師のヤンフィールがコーティアを言いくるめ、犯罪の片棒をかつがせるのに成功した理由は、私にも本当にわかりません。焼けぼっくいに火がつく、と世間が言う現象なのかもしれませんけど」
ローディアは控え目な調子で、もじゃもじゃと述べた。ここについてはカヘルも同感である、若い自分たちには理解できない。フォーバル騎士団長に聞いてみたら失礼であろうか、とカヘルは自問した。
「……ですがとにかく、コーティアはヤンフィールに加担することになった。恐らくはすぐ近くで、ヤンフィールがどんな風にスウィーンさんに幻覚を見せるかを目の当たりにしたのでしょう。それでヤンフィールがスウィーンさんの亡くなった旦那さんになりきって、≪白い恋≫を演じるのを目撃した――」
「故人の尊厳を踏みにじる、許されぬ悪行です」
カヘルの態度が一挙に硬くなる。恐らくこの点が副団長の逆鱗になっているのだろう、とローディアにはわかっていたが――それでも側近は勇気をふりしぼって言った。
「カヘル侯。申し上げにくいのですけど、……ヤンフィールは本当に、悪者だったのでしょうか?」
ぎーん!!!
ものすごい超常の冷気、局地的寒冷前線が、圧倒的な凄みをもってローディアにぶつかってきた!
「何と言いましたかローディア侯」
ああ声まで氷点下! しかしもじゃ毛の中で、側近は必死に伝えようと試みている。
「我々や周囲の人々から見れば、ヤンフィールは疑いの余地なく詐欺師であり、女性たちから不正にお金をだまし取っていた犯罪者です。けれどその年輩女性たち当人にとっては、もしかしたらヤンフィールはそうではなかったのかもしれない、と」
見ているだけで体力が激減しそうなカヘルの冷えひえ双眸が、ふっと困惑に曇った。
ローディアは、昨日会ったユメールお婆ちゃんのことを思い出している。亡くなった夫が自分を迎えに再来してくれたと信じる老婆は、幸せなままに現在を生きていた。喪ったと思っていた存在を再び確かめて、彼女はしあわせだったのである。
孤独な晩年を送らざるを得ず、寂しさを耐えるしかなかった女性たちに、ヤンフィールは幻影を見せた。それは不正な目的のために醸し出された偽の虚像だったが、同時に女性たちの心の中にあった大切な記憶でもあったのだ。
「それを見たことによって、女性たちはなくしてしまった幸せと再会することができたのではないでしょうか? そういう大切な人との再会のために貯えを放出した人たちが、すべてヤンフィールを憎み非難しただろうか、と思えるのです」
「ヤンフィールは無罪と?」
かすれる声で問うてきたカヘルに、ローディアはもしゃもしゃと頭を振った。
「そうではありません。ただ、ヤンフィールのおかげで希望をいだき、幸せな最期をおくった方もいたのかもしれない、と私は思うんです。……コーティアもそれに気づいたのではないでしょうか」
「……」
「あの人は、≪賭けることにした≫と言っていましたよね? 自分に対してもヤンフィールがそういった≪白い恋≫をもたらしてくれるか、賭けたのかもしれません。だからわざと思い出のある場所を通って、馬車で送って行った」
そうしてコーティアに薬湯は要らなかった。他人のふりをして演じる必要もなかった。
コーティアが想っていたのは他の誰でもない、ヤンフィール当人だったのだから。
犯罪の片棒をかつぐと言うのも、そうして再会できる昔の恋にあてた対価だったのか。
「しかしそこで、ヤンフィールは配役をしくじってしまった、と?」
「ええ、たぶん。はっきり彼女との思い出を憶えていなくて、適当なことを言ったのかもしれません。他のお婆さんたちと違ってコーティアは薬湯で意識がぶれていませんでしたから、さべ茸精油をたくみに使って、ヤンフィールの身体の自由を奪うことができたんです」
では胸中に大切にしていた昔の恋を、現在の当人によって汚され踏みにじられて、女は怒り心頭に達したのだろうか。そう問うカヘルに、ローディアは小首をかしげる。もしゃり。
「いいえ。コーティア本人も言っていましたけど、憎悪は動機ではなかったと思います」
その辺が、どうしてもカヘルには理解できない。昔の恋人と再びよりを戻す気になったが、男は別の老女たちに虚構の恋を囁いてまわっている……。嫉妬したのならヤンフィール本人でなく、女たちを排除しようとするものではないだろうか?
しかしコーティアは最後まで、主人のスウィーンには忠実であった。コーティアから乱暴な扱いや言葉を受けたことは一度もなく、実に信頼できるすばらしい女中だったのだと、スウィーンは証言している。
では、ヤンフィールを独占するため……殺して自分も後を追うつもりだったのだろうか? カヘルは目元にしわを寄せて言った。
「コーティアが心中する気でいたとは、私には思えないのですが」
それにしては以降の三年間、コーティアはずいぶん平穏に生きていたではないか。全身疑問に満ちるカヘルに、ローディアはもふんとうなづいた。
「今となっては、誰にもはっきり知ることはできません。けれど私は直観的に、あの列石群にまつわる何かが関わっているんじゃないか、と思います。ファイー侯は、その辺ご存知なのでは……。カヘル侯に、何か話されていませんでしたか?」
ファイーの名が出てぴくりとしたカヘルに、ローディアはさらにもふもふとうなづいた。わかりやすいなぁ。
「カヘル侯。そもそもコーティアは、どうしてヤンフィールをあそこに……。列石群の巨立石ねもとに、埋めたのだと思われますか?」




