綿帽あふれる列石群で
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ずいぶんと温かい日だった。
頭の上に抜けるような青空があって、どこもかしこも明るい。萌えたつみどりの若草の中に、わんさか咲きあふれる綿帽までが金ぴかして、たくさん泣いた目に痛かった。
朝早くから家族みんなに叱られ怒鳴られ、我慢したままとうとう流してしまった涙が止まらなくなった。どうしようもなくなって、家を飛び出した。
十二になっても、十三になっても、ついこのあいだ十四を迎えたけれど彼女は泣き続けていて、それがいっそう周りの者を怒らせた。
そんなくたびれた眼を半ば開いたようなぐあいにして、むやみにほっつき歩いた。……だから自分がどこにいるのかも、わからなくなっていた。
――別に、……どうでもいいや。
自分の話を聞いて優しくしてくれるような人なんか、彼女は知らない。何を言ってもそうじゃないと返され、うすのろ馬鹿めと小突かれるだけ。周りに他の家のないところ、傷つけあうしかない家族のいる家だけが、彼女の知る全世界だった。
いつの間にか、たくさんの石が群れたつところに彼女は来ていた。
いいかげんに疲れていたから、その一つの根元に座り込んで寄りかかる。石の表面はざらついて、けれど冷んやり気持ちが良かった。
何気なく周りの綿帽、白いもこもこをぶちぶち摘んで、ふうと息をかける……。綿帽は無数の小さな綿帽になって、風に流れてゆく。
涙に疲れた心と身体に、力は全く入らない。自分は何をやっているんだろう、と彼女は思う。けれど他に何をしたらいいのか、てんでわからなかった。
その時、ふうーと別の息が横を吹き抜けた。
無数の小さな綿帽が、彼女の周りを踊るように飛ぶ。ぼんやりと顔を上げると、数歩先に人が立っていた。知らない男の子が、一人。
「そこなぁ。あんまり長く座ってちゃ、危ねぇんだよ」
やさしい言い方だった。
「石坊に、乗っ取られちまうよ。おいで」
差しのべられた手を、反射的に握った。ぐいっと引き上げられた先にある瞳が深い青に澄んでいて、彼女は思わずそこに見入る。
小柄な彼女を、彼はずっと年下だと思ったのかもしれない。片手に驢馬の手綱、もう片方に彼女の手を握って、彼は曠野を横切った。道みち、不思議な≪石坊たち≫の話をずっと彼女に語り聞かせた。
そうして森の向こうに彼女のうちが見えた頃、彼はかがみ込んで彼女のひたいにちゅうと口づけた。
「またなぁ、かわいいの」
手を振って別れたその時から、彼女はわらうことを知った。
自分を≪かわいいの≫と呼んでくれた、そのヤンフィールというきれいな少年を想って、日々笑いながら生きるようになった。
月日は流れて彼女はたくさん恋をしたけど、心の底ではいつだって、あの綿帽の野で少年が笑っていた。
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どさり。
後を追い、カヘルは露台の縁から身を乗り出した。
真下の地面に、赤く散ってしまった女を見る。
実際にあざやかな赤色だったのは、植え込みに咲きあふれた晩生のばらであったのだけれど。
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ファイーの呼んで来たメムイー駐在の巡回騎士、さらに列石群の捜査本部にいたチャスタスとその部下らが、続々とスウィーン邸に到着する。
軍医の介抱を受け、ノスコは一度意識を回復した。……が。
「もも色みかん」
おだやかに笑いつつ、謎の言葉をカヘルとローディアにむけて言い放った後、若き衛生文官は再び眠り込んでしまったのである。
西域第七分団の軍医は、ふうと溜息をつきながら微笑した。
「スウィーンさんの証言によれば、さべ茸精油を嗅がされたのは二度。これ以上、断続的にやられていれば記憶に障りが出たかもしれません。ノスコ君は危ないところでしたな!」
長椅子にのびた衛生文官の手をもじゃもじゃと握りしめ、ローディアは不安にかられている。その横からカヘルは、怪訝そうに軍医を見た。
「先生、すでに十分危ない気がいたしますが?」
ヤンフィール殺しの真犯人は、ノスコまで殺害する意図はなかったらしい。スウィーンに聞いた話を忘れるまで拘束してから、放り出すつもりだったのだろうか。
軍医は引き続き、スウィーンも診た。チャスタスと部下は大がかりな家宅捜索を行い、女中の遺体を手早く片付けてゆく。西域第七分団警邏部長は、こういった部分でこそ実力を発揮するらしかった。
その手際のよい作業進行を遠巻きに見つめてから、カヘルは傍らのローディアとファイーに向き直る。
「……この調子では、チャスタス侯は他に手が回らないでしょう。残された瑣事の方は我々で片付けてから、デリアドに帰還することにしましょうか」
「そうですね、カヘル侯!」
「本官も手伝います」
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※綿帽はあて字です。イリー社会の外では使えないのでご留意ください! (注・ササタベーナ)




