女中コーティア
「コーティア、……コーティアや! お願いよ……乱暴はよして!」
ローディアの後ろから、老婆が涙まじりに懇願した。
「……奥様、お許しください。亡き旦那様の弩を持ちだしたりして」
「何だってそんなことをするの、コーティア? あなたはいつだって、優しかったのに……!」
女中はゆっくり、室に歩み入ってくる。戦棍を前に構え、カヘルは後じさった。
次の発射直後の隙を狙うしかなかろう、とデリアド副騎士団長は算段している……。女中の手は小刻みに震えている。弩の使い方を知っている程度で、慣れてはいない。この武器で誰かを殺めたことはいまだない、と見えた。
――動揺させるか、落ち着かせるか……? どちらに転ぶかわからない、しかしともかく話をさせるか。
考えて、カヘルは女中の目から視線を外さず、低く問う。
「私の遣わしたノスコ侯が、こちらで何か粗相をいたしましたか?」
こういう時のための冷えひえ声である!
「いえ、全く。お若い騎士様は、揉み療治の良いところをたくさんお話しになりました。それでわたし、少し気が緩んだんです……。スウィーン奥様は、毎日薬漬けで痛みを飛ばすしかなくて。そうではなしに、何とか痛みを和らげることができれば、と」
女中コーティアは、小さく頭を振った。
「けれどわたしが油断して席を外した時に、スウィーン奥様が大事な部分を話してしまったようなのです。……ですから仕方なく騎士様に、さべ茸の精油を嗅がせました」
カヘルの心の臓が早鐘を打つ。
――さべたけ……とは何だ!? 知らぬ!
しかし冷ややかな声はいつにも増して平らかに、カヘルの口から流れ出た。
「大事な部分というのは何でしょうか」
「皆さんは、あの人の骨を見つけたからこそ、ここにいらしたのではないですか?」
「……」
「あの人は。ヤンフィールはスウィーン奥様にさべ茸のお香湯で幻惑を見せ、お金をだまし取ろうとしました。いつも一人暮らしの方ばかり、こっそり狙っていると言っていましたけど……。莫大な財産を持つスウィーン奥様の元で働いているのが、昔の知り合いだったわたしと気付いて。手を貸すように、と持ちかけてきたんです」
――昔の知り合い?
カヘルはひそかに眉をひそめた。女中コーティアはひたすら、哀しい苦渋の表情を湛えている。
「スウィーン奥様に小切手署名をさせ、そのまま深く眠らせて……わたしはヤンフィールを送っていきました。奥様の軽馬車を出して、ドラムベーグの方へ」
依然として弩を水平に構えたまま、女中は低い声で語った。≪石坊たち≫の辺りで、その馬の歩みを緩めさせたのだと言う。女中はそこで一度口をつぐみ、カヘルを見つめたまま何か躊躇しているようだった。
「あなたとヤンフィールの間に、何があったのですか」
「……わたしは賭けをしたんですよ。騎士さま」
「賭け? ヤンフィールとですか」
「ええ。わたしにとって、≪石坊たち≫は大切なところでしたから。あの人にとってもそうであって欲しいと思って、……それでわざと、石がよく見える道を取ったんです」
そして案の定、≪石坊たち≫を見たヤンフィールは懐かしそうに声をあげた。意気揚々と、昔話をはじめた……。
≪なぁ。憶えてるかい? ……≫
年輩女中の目じりに、つうと涙が走る。
「……馬車を曠野に乗り入れて、≪石坊たち≫のすぐそばまで行きました。そこであの人はわたしの手をとりました、昔とおんなじやり方で。けれどヤンフィールは、……ヤンフィールが語ったのは、わたしとの物語じゃなかった」
「それでは。あなたが、ヤンフィールを?」
涙を流しても、隙なくカヘルに刺さってくる女中の眼光は痛い程に強い。
「そうです。わたしの上衣のかくしにはその時、スウィーン奥様を眠らせるのに使ったさべ茸の精油つぼが入ったままでしたから」
それはスウィーンを昏睡させるためにと、ヤンフィール自身から託されていたものであった。数度にわたってヤンフィールに大量に精油を嗅がせ、厳重に縛り上げて身体の自由を奪い、巨立石根元の地中に埋めたと言う。
ヤンフィールは窒息死だったのか、とカヘルは思った。
「……あなたはそこまで憎んだのですか。ヤンフィールを?」
「いいえ騎士さま、反対ですよ。わたしはあの人が本当に大事でした」
そこで初めて、女は笑った。……こんなに哀しい笑顔を見たことがない、とローディアは思う。
「だから殺したんです。わたしはヤンフィールが、本当に好かったから」
ひゅいッ……
するどい音をまとって迫り来た矢を、
ばぁぁぁんッ!!
カヘルの戦棍が一閃した。
完全に軌道を見切られたその凶器は、派手な音をたてて天井へ激突する。
「あっ……」
そして、反対方向から捕縛のために跳び進んだローディアの前をふいとすり抜けて、女は一直線に露台へと走る。
女中コーティアはそのまま、宙へと跳んだ。




