バルコニー異変、すなわちフラグ
「カヘル侯。侯が裏組織関与の可能性を示したところで、思ったことがあります」
真横からびしーッと水平に声をかけられて、カヘルはファイーを見た。メムイー村への道なかば、どちらも馬上のことである。
「どうぞ、ファイー侯?」
「はい。これまであまり注目してきませんでしたが、ヤンフィールは東部系です。流入が活発になる前から渡来していた人々の子孫であり、見かけはほとんどイリー人だったと言いますが。その名が示す通りに、やはり東部系住民としての自己認識はあったでしょう」
「ええ、その通りだと思います。完全にイリー人として同化を希望するなら、それこそイリー風に≪ヤフィル≫と改名することもできたはずですからね」
きらり。見据えてくるファイーの目が青く光った。
「そういうヤンフィールに、例の東部組織が接触し、利用していたとは考えられませんか?」
カヘルはファイーをじっと見返す。
「例えば、資金提供者としてです」
交わす視線と口調の冷ややかさが異様に厳しい。そういう二人の間をはらはらと見守りつつも、カヘル騎とファイー騎のすぐ後方にて、ローディアはなるほどなと思った。
デリアドを発つ前に扱った詐欺事件、≪白い結婚≫は近年東部系の若い流れ者が良く使う手段だ。先ほどカヘルが言っていたように、ヤンフィールがしていた詐欺はその応用とも言える≪白い恋≫。各地に犯罪網を広げつつあるあの東部組織が、ヤンフィールに手口を指南していたとも考えられよう。
「……」
カヘルはファイーの顔を見つめたまま、彼女とともに前回の事件で制圧した男たちのことを思い出す。
イリー人と東部系の入り混じった人狩り業者の七名は、不気味に暗躍するその巨大な東部組織の一員だと疑われた。北域第十分団にて厳重警戒下に捕縛してあったのだが、主犯格と思われる東部系三人に死なれてしまったのである。またしても原因不明の急死……服毒死なのか何なのか、最後まではっきりとした死因はわからずじまいであった。そしてそのうち一人の足首に、のたくる蛇のような入れ墨があったことについて、カヘルは留意している。
残りの者は、貧困層出身の若いイリー系男性だった。自分たちの捕まえた女たちがどこへ運ばれてゆくのか、引き換えた金がどれくらいあって誰にもたらされているのかを、直接知らずに悪行に加担していたらしい。彼らは現在、開発中の塩田に送り込まれて強制労働の刑に処されている。
この前例が示すように、謎の東部組織はイリー各地に敷いた悪徳業者の網に乗り、積極的な資金集めを行っているようだった。ヤンフィールがここデリアド西域の過疎地で巻き上げた金を、吸い上げていたとしても不思議はない。
「それではファイー侯、ヤンフィールを殺害したのも……?」
「やはり、その東部組織なのかもしれませんね。わざわざ列石群の巨立石根元に死体を埋めたことも、それだとつじつまが合います」
ファイーは淡々と、低く続ける。
東部系、ブリージ系と呼ばれる東部大半島の住民は、旧い巨石記念物を精霊の化身とみなし、その前に供え物を捧げる風習を持っていた。その供物は時として家畜となり、あるいは人間を生贄とすることもあったのかもしれぬ。
何度聞いても恐ろしい話であるが、ヤンフィールが供物として列石群に埋められていた可能性を考えると、やはり手を下したのは東部系なのではないか、とうなづけた。
「あのう~、ではヤフィルという女性は……? 彼女もまた、東部組織の一員だったということなのでしょうか?」
問うてきた背後のローディアを肩越しに振り返りつつ、ファイーは小首をかしげた。
「うーむ。ルウェータの町でヤフィルらしき人物を目撃したおばさんの話によれば、見かけは何だか違うようでしたが……。そちらはイリー人だったのかもしれませんね」
ファイーの言葉を聞きながら、カヘルも思い出してうなづく。珍妙とりがらおばさんは何と表現していたか、……金髪と赫毛が段々になったちりちり髪……。そんな頭髪を持ったのはイリー人にもいそうにない。染めていたのだろうか。
「ヤフィルについては、バンクラーナ侯とプローメル侯が何らかの事実を確認してくれるでしょう。明日の帰営で、収穫があると良いのですが」
乾いた調子で言って、カヘルは前方遠くを見る。
トロモーンの町の手前、メムイー村への細い分かれ道に差しかかっていた。
・ ・ ・ ・ ・
メムイー村の駐在所には、地元在住の巡回騎士が一人いるきりだった。
チャスタス配下は今日もスウィーンとの面会を断られたらしく、少し前に列石群の捜査本部へ戻ったところだと言う。行き違いになったようだ。そのメムイー駐在の巡回騎士は午前中ノスコに会ったが、スウィーン邸を訪ねると言い置いて行ったまま、あとは見ていないと言った。衛生文官ともどこかですれ違いになったのか。ノスコはあるいは、独自に調査対象を見つけたのかもしれない。
カヘルはそこに軍馬を預け、ローディアとファイーを伴ってスウィーン邸へと向かった。
じきに午後も終わる。病人見舞いに昼過ぎから夕方は向かないが、ともかく行ってみなければ始まらない。
豪邸の重々しい扉をわずかに開けて、前日同様に年輩の女中が出て来た。
「本当に、何度もご足労いただいて申し訳ないのですが……。スウィーン奥様は今日も朝から関節痛がひどくて、薬を飲んで臥せっていらっしゃるんです」
慎ましく言う女性に、カヘルは問うてみた。
「私の部下のノスコという者が、揉み療治にうかがったはずなのですが」
「ええ、あの若い文官様ですね。確かにみえたのですが、何しろ奥様が前後不覚なものですから、手の施しようがありませんで……。すぐにお帰りになられましたよ」
「あのう……。本当に、ほんの少しでいいのです。スウィーンさんと、お話することはできないものでしょうか? 身体をわるくするような話は、決していたしませんので」
カヘル配下、随一の和み系たる側近が腰を低くして申し出た。どうしたって図体はでかいが。
しかし女中は折れず、ひたすらに奥様は眠っていると謝り倒す。カヘルとローディアはさらには粘れず、そこで辞することにした。
がたん……。
重い扉が閉まる音を背に、カヘル、ローディア、ファイーの三人は外門へと続く小径をたどり始めた。
と、その時ふいに右腕ひじの辺りをつかまれ強く引かれて、カヘルは小径を右側に外れる。
「?」
カヘルの右腕を掴んだまま、ファイーはローディアにくいっと頭をかたむけて見せる。三人は素早く、屋敷のすぐ脇にあった大きなばらの植え込み陰に身を寄せた。
「聞こえましたか!?」
緊張したかすれ声で、ファイーが二人に囁く。女性文官は屋敷上階の方を見上げていた。
「上の方から、女性の声が!」
そこでカヘルとローディアも、息を止めて耳を澄ます。周囲に植えられた樹々の枝葉が、微風にさざめくかすかな音しか聞こえない――。と言うかカヘルは自分の心拍音が邪魔だった。ファイーが近い、右脇にものすごく近い。
「たすけて……。たすけて、だれか……!」
耳にまぎれ込んできたかぼそい声をつかんで、カヘルとローディアは即座に同方向を見た。そこを回り込んだ先、最上階とおぼしき部分の露台窓から、小さな手が弱々しく振られている!
カヘルは低く言った。
「非常事態のようです。救助が必要らしいが、どうも正面扉からは現場に到達できそうにない」
「カヘル侯! あの雨どい部分をつかんで行けば、何とかのぼれるのではッ」
「ええ。頑丈そうな蔦枝もからみ生えているので、どうにか行けるでしょう……」
素早く算段をめぐらせる副団長と側近の顔をささっと見渡してから、ファイーがびしっと言った。
「侯。そこの奥に、非常用の壁はしごがくっついておりますが」




