一人暮らしのお婆ちゃん
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ヤンフィールに高額切手を渡した可能性のあった、一人暮らしの年輩女性。
……と言っても、どこから調べ始めるべきなのか?
ヤンフィールの行商範囲はレイフェリー郡を越え、西域一帯に及んでいる。それを全て調べるとなれば、広大な手間ひまがかかるだろう。
「直観ですが、ヤンフィールはルウェータに住まいがあった分、日帰りできる近郊の村々に通じていたのではないかと本官は思うのです。灯台もと暗しを避けるためにも、ここから一番近いドラムベーグで調査を始めてみては?」
公用馬の手綱を引きながら、ファイーがびしッと言った。
「そうですね。後に調査範囲を広げるのであれば、西域第七分団員に手分けして回ってもらいましょう」
ともかく前例を見つけるために、とカヘル達はドラムベーグ村役場を訪れた。
「三年前の金月以前に亡くなった、一人暮らしの六十代から七十代女性と。……あー、ありましたねぇ」
すみれ色の首布を巻いた、太っちょじいさんの村長があっさり言ってのけた。やはり田舎のほうが、おしゃれ上級者が多いのであろうか。
大きな事務机の上に置いた、死亡届受付一覧表と半ばめくった状態の死亡届の束をくるりとカヘルの前にまわして、村長は太い指で一カ所を示して見せる。
「195年に亡くなったこの方と、それから196年のこの方。どちらも七十代でたとこでしたね。ご近所さんが亡くなっているのを見つけて、お葬式なんかは村でやるしかなかったんですよ。ずーっと後にようやくやって来た遠縁の方って言うのが、ま~ごねてごねて!」
「何か問題があったのですか?」
聞き返すカヘルに、ドラムベーグ村長は大きくうなづいた。そのあごの動きに合わせて、すみれの薫りが漂ってくる……。香水と首布を合わせるとは、おしゃれ何段なのであろう? 恐るべし!
「相続できるような財産が何もない、っておっしゃるんですよ。金融機関の口座はほとんど底を尽きかけているし、二束三文にもならないような小さな田舎家じゃあ、売るにも骨が折れると。そんなことをこちらに言われましても、困るのに」
珍しい話ではない、とローディアは思う。ただでさえ人が死ぬのは大ごとなのに、相続でさらに事態はややこしくなる。
「昨日聞いた、ブルイーン村のリュクラさんの話とそっくりですね」
ファイーがカヘルに低く言った。
――もしや。このドラムベーグのご婦人がたも、ヤンフィールに高額の金子を提供していたのではあるまいか? それとも単なる生活難、年金受給では足らずに食いつぶしていただけか……。
女性文官にうなづき返しながら、カヘルは思案をめぐらせる。
「村長さん。今のドラムベーグ村に、似たような状況の女性はいませんか?」
ファイーに問われて、太っちょのすみれ村長はきょろっと小首をかしげた。
「一人暮らしの年輩女性ってことですか? え~と」
「できれば三年以上、一人暮らしされている方がいいのですけど」
「妙な注文なさるのね、……うーんと、村はずれのマレイド婆ちゃんと。いのしし牧場の近くに住んでるユメールさんは、孫娘が去年から同居を始めるまでは、ずっと長いこと一人暮らししてたはずですよ」
すみれ村長に住所を書き出してもらった布片を手に、カヘル・ローディア・ファイーは二人の婦人を訪ねていく。
ドラムベーグは小さな村だ。滞在している宿はこぎれいで、周りを囲む農地と樫の森の景観も悪くない。しかし実際住むには不便だろう。商家は片手に数えるほどしかないし、医師治療師もいなければ薬種商もない。ヤンフィールが薬湯の材料を行商するには、うってつけの土地だとカヘルは思った。やって来ていたとしても全く不思議ではない。
村外れに住むマレイドさんは、庭につくった畑の真ん中にいた。
三人の来訪者を見ると、手を振って「は~い」と自分から声をかけてくる。腰がひん曲がって御年八十歳というのに、びっくりするほど矍鑠としていた。その老婆が、ローディアに向かって「おそろいね~」と目を細める。マレイドさんの着ているひょう柄のつなぎもんぺ服は、確かに黄土っぽい色味なのだが……。
気に入られたよしみで、毛深い側近がどしどし質問をしてゆく。しかしマレイドさんはヤンフィールのことを全く知らなかった。
「良い男だったら絶対おぼえてるわよー? けど、全然心当たりないわねぇ。えー、六十代だったの? いやだ、あたし若い子の方がいいわぁ。それにね、薬湯なんて使ったことないの! そもそも病気なんてしないしね、ちょっと調子悪くっても、その辺に生えてるはっかとじゃこう草煎じれば治っちゃうから~」
きんきん高い声で、マレイドさんはぺらぺらしゃべる。
「なんだマレイド婆ちゃん、お巡りさんをなんぱしてんのかぁ」
農家のおじさんが、山羊を引きながら通って行った。
「なんぱされてんだよ、嫌なじいさんだねぇー」
お婆ちゃんは元気いっぱいに切り返している。両者ともにわははと笑って、軽やかだ。
カヘルもちょっとだけ口角を上げた。この元気なお婆さんは一人暮らしではあるけれど、ドラムベーグという村ぜんたいが身寄り、家族みたいなものなのかもしれない。ヤンフィールが何らかの詐欺を試みたとしても、つけ込む隙はなかったのだろう……とカヘルは察する。
どうぞお元気でと辞した時、お婆ちゃんは近くにあった樹から、三人に大きな梨の実をもいでくれた。
熟れた皮が黄土色の種類、そのすてきな芳香を毛深い胸に吸い込んでからローディアがふと見ると、横でカヘルがさっそくぱくついている。
「絶妙頃合です。実にいい」
ファイーもうなづきつつ、無言で咀嚼している。
そうして半透明にするりと熟れた果実を食べ、残った軸部分を軍馬にやってから、三人はもうひとりの参考人を訪ねるためにドラムベーグ村をあとにした。




