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ざくざく穴埋め副団長

 

・ ・ ・



「どうも、つかみどころのない事件ですね」



 円匙しゃべるをひょいひょいと使いこなして、巨立石メンヒル脇の穴に土を入れてゆきながらローディアはぼやく。まさかカヘルが、文字通りの穴埋め作業から一日を始めるとは……。さすがの側近も予測できなかった。


 死体が発見されたその穴の反対側のふちで、ぎこちなく円匙を上下させつつカヘルもうなづく。



「ええ。何が起こったのかを示す材料が、少なすぎる」



 二人とも黄土色外套を脱いで、軽量鎖付き革鎧姿になっていた。ファイーが白骨死体を掘り起こした現場を埋め戻すと言うので、麻衣の袖を腕まくりして手伝っているのである。前日までにデリアド市庁舎の調査班が周囲を掘り広げていた穴は、こうして埋めるとなるとずいぶん大きい。



「初心に帰って考えてみましょう。なぜヤンフィール氏は殺され、ここに埋められたのか。一体誰が氏を手にかけたのか。そして氏の変死が虚偽の届け出によって隠蔽いんぺいされていたのは、どうしてなのか。……」



 そこまで言って、カヘルは口をつぐむ。昨夜からファイーとの約束に思考を占拠されていたため、事件の再考もぞんざいであった……。改めて口にすると、全く何もわかっていないことが明らかになる。



「白骨死体が所持していた唯一の手掛かりは、あの≪るいびとん≫財布の中に入っていた四枚の小切手です。しかしその振り出し人三名はすでに亡くなり、四人目とはいまだ話ができていない。ヤンフィール氏と何のやりとりをしていたのかも、全く不明です」


「あの、カヘル侯。それについて、考えたことがあるのですが」


「何ですか、ローディア侯?」


「我々はあの小切手に着目していますが……。死亡するまでのヤンフィール氏が、同様の小切手を他にも多数扱っていた、という可能性はないでしょうか?」



 カヘルは円匙しゃべるをざくりと地に刺し、側近を見やる。



「四枚の小切手は全て高額でしたが、ずいぶんと金額に開きがありました。何となくですが、その額が振り出し人たちの暮らしぶりに合わせた額だった、という風に思えるのです」



 ローディアは手を休めず、じゃかじゃか円匙で土を穴の中に投げ入れながら言った。小さい頃から家でよくごみ穴を掘らされているため、慣れたものである。



「森住まいでつましかった方からは、七百弱。昨日うかがった豪邸のスウィーン奥さんからは、一万以上です。ヤンフィール氏が徴収していた金額は、めいめいの小切手振り出し人たちが出せるだけの金額を決めて出した、という印象を持ったのですが……。おかしいでしょうか」


「芝居役者や芸人にあげる、おひねりのようにですか?」



 やはり円匙しゃべるを扱って埋め戻しを行っていたファイーが、横から言った。作業衣姿に軍用手袋。すなわち軍手が、実にさまになっている女性文官である。



「ええ……。そしてバンクラーナ侯の人物予想では、ヤンフィール氏は詐欺師ということでした。色々と耳にやさしいことを並べて、女性たちからたくみにお金を巻き上げていたように思えるのです」


「ふむ」



 ローディアの言葉に、カヘルは首をかしげた。確かにそう思えないこともない。


 しかし何かの悪徳商法で高価な物品を売り込み、女性たちをだまして買わせていたのなら、ここまで額がかたよっているのが妙に感じられた。いくら何でも、もう少し統一性のある金額になるのではないか。そしていかにも貧しげだったメンテナ郷のアレルなどは、そもそも引っかけないのではないだろうか?



「カヘル侯。ローディア侯の着眼点を、本官は興味深いと思います。四人の他にもヤンフィール氏に小切手をあげた人間がいないかどうか、探ってみてはどうでしょうか?」



 ひゃっ、とローディアは毛深き胸のうちで叫ぶ。



――いや! ファイーねえさん、評価はありがたいけど……。それって、すんごいしらみ・・・つぶしの調査にならないか~??



 恐るおそる上司のほうをローディアが盗み見ると、氷のごとき青い視線を宙に漂わせて、カヘルは何やら思案しているらしい。



「なるほど。小切手振り出し人四名の共通点を見いだし……。同じ特徴を持った人物を洗い出してあたってみる、と」


「近年の故人名簿を中心に、ですよ」



 ざく、ざくっ!! 土を入れ込む音まで冴えている、ファイーがびしっと言い添えた。



「この事件ではヤンフィール氏も含めて、関係者のほとんどが亡くなっているのですからね」



 それもそうだ、とカヘルとローディアは思う。小切手の振り出し人は、ヤンフィールの死んだ三年前当時で六十代後半から七十代の女性。スウィーン以外はみなヤンフィールの死後、あまり間を置かずに病気や老衰で亡くなっている。夫に先立たれたりして周囲に身寄りがなく、一人暮らしをしていた点も同じだった。



「さて、こんなもので良いでしょう。お二方とも、ありがとうございました」



 埋めた穴の上を踏みならし、円匙しゃべるを片付けた。巨立石メンヒルに引っかけて置いた黄土色外套を手に、天幕へ戻る。


 巡回騎士らの姿はなく、軍医とノスコが骨を広げて調べている卓子の端で、チャスタスが部下一人と書類をにらんでいるだけだった。そのチャスタスが、顔を上げてカヘルを見る。



「メムイー村にやった部下らは、やはり戻りません。スウィーンさんへの聞き取りは、今日も空振りになるのかもしれない」



 どこか他人事のようなチャスタスの言葉に、青い医療衣を着たノスコが顔を上げた。



「あのう。カヘル侯、チャスタス侯……。そのメムイー村のスウィーンさんなんですが。関節痛がひどくて、大量の鎮静薬をのまれているのでしたよね?」


「ええ。そういう風に、使用人が話していました」


「それなら私がちょっと行って、揉み療治をしてきましょうか? 最近研修で学んだ新手法がうまく行けば、鎮静薬で意識もうろうとならずに話が聞けるかもしれません」



 若き衛生文官ノスコは医師ではない。しかしそれに準ずる知識と才覚とを持っている。この場合、その才覚を捜査のために遺憾なく発揮してもらおうとカヘルはうなづいた。


 メムイー村に派遣してある他の巡回騎士らと合流して、スウィーン邸に赴くように命じる。一人軍馬を駆って、ノスコはっていった。


 その一方でカヘル自身は、ローディア・ファイーとともに周辺の集落で故人名簿をあたることにする。



「ザイーヴさん、調査現場の監視は……?」


「穴は埋め戻しておいたのでもう大丈夫です。行って参りますよ」



 不思議そうに問うているチャスタスと、それに答える女性文官のやりとりを背中に聞いて、カヘルは内心でくくくと冷たく笑っている。


 ちょっと怖い、……というかさむい。内心でだけで本当に良かった。






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