喝を入れたい副団長
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列石群そばの天幕にチャスタスとその部下十余名が到着して、捜査会議が始まった。
西域第七分団の警邏部長は、落ち着いた声で一同に呼びかける。カヘルとローディア、ノスコ、そしてファイーは天幕の隅で目立たぬように佇み、チャスタスの言葉を聞いていた。
「皆さんに、今日も黒羽の女神の加護がありますことを。それでは昨日に引き続き、地中から発見された男性遺体の身元について調べて行くわけですが……」
卓子を囲む巡回騎士らの数がだいぶ少ないと見てとったカヘルは、チャスタスが早々に部下たちを聞き込み調査に向かわせたのだと思った。が、どうも違うらしい。チャスタスの上司である西域第七分団長は、この事件捜査に割く人員を半減させたようだ。重要度の低い事件だと判断したのだろうか。
「特に注目しておきたいのは、ヤンフィール氏が高額の小切手を所有していた点です。これは一体、何の対価として支払われたのか。氏が生業としていた薬湯材料の一般的な販売額とかけ離れていることから、全く別のものに対する支払いだった可能性もあります。例えばヤンフィール氏は、違法物品の不正売買に手を染めていたのかもしれません」
その線で行くと、ヤンフィールは違法物品売買の元締めである裏社会のやくざ者との間に摩擦を起こし、焼き目を入れられ殺されてしまったとも考えられる。大いにあり得ることだ、とカヘルは思った。
「よってヤンフィール氏に関する聞き込み捜査では、十分に警戒して下さい。決して単独では行動せず、常に三人一組の班単位で調査すること。地域としては、小切手記載にあった振り出し人たちの在所、ヤンフィールが周回先としていたであろう共同体の住民を中心に、……」
巡回騎士の安全を呼びかけている、慎重派の警邏部長チャスタスである。
カヘルはデリアド城の自分のもとに入って来ていた、西域各分団の最近の定期報告を思い返していた。
人口が少ないのは北域とどっこいの地域圏ではあるが、重犯罪の発生数は国内でもここ西域が一番低い。他の地域に比べて東部流入民の数が少なく、≪古き良き≫のんきなデリアドが最も色濃く残っているからだ、と宮廷の幹部騎士らは分析していた。
――果たして、本当にそうかな。
若きデリアド副騎士団長は、常に疑問をいだいている。
確かに西域デリアド人はのんきであるが、そのまま受け取っている中央宮廷も感化されてしまってのんき一直線だ。危機感はどこへ行ったのだ、と喝を入れたくなる瞬間がカヘルには時々ある。そのための戦棍である、がつんと一発……いや違う。
思うにチャスタスは、いや西域分団幹部はみな慎重だ。これは石橋を叩いて渡ろうとするも手前で引き返すほどの慎重さをもって、事件を事件とみなさず葬ってきた、と言うことではあるまいか? 今回の事件だって、何か妙だと思ったファイーが土を掘り返してみなければ、ヤンフィールは誰からも忘れられたまま土へ無へ還っていたはずである。
そうやって人知れず埋められた秘密の悲劇が、実はいたるところに眠っているのかもしれないではないか――この西域では?
「……私の方からは以上です。カヘル侯、何かありましたらどうぞ?」
「はい。ヤンフィール氏の娘と名のる人物の調査には、私の直属部下を派遣してあります。フィングラスの奥地ゆえに帰営はまだ先となるでしょうが、皆さんが聞き込みを行う際はその女性≪ヤフィル≫についても留意しておいて下さい」
静かに言い添える形で、カヘルはチャスタスの後に発言した。
誰も何も異論質問を向けない。しかしカヘルの存在とその捜査姿勢に、西域第七分団の巡回騎士達が大いに違和感を感じているだろうことは、カヘル本人にもローディアにも伝わっていた。
この中央から来た若侯は、今日も方々飛びまわって鼻を突っ込むのだろうかと、恐々としている感すらある。
側近ローディアは、ごくごく目立たないようにしてチャスタスに目を向けた。
――この人は、本陣まとめ役として動かずここにいるのだろうけど……。うちの副団長の普通は、そうじゃないからね。さて今日は何から始めるのかな、副団長?




