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ファイーが巨石を研究する理由

 

「……巨石、ですね?」



 それは明らかに、人の手による建造物であった。三つの巨大な石が、組み合わされて丘のふもと表面に突き出ている。左右の石の上に、もう一つ石を平たくのせた丘の入り口・・・・・……。あるいは出口が、カヘルに向かって開いていた。


 左右の石の根元は、地面に埋もれている。腰の高さほどのその入り口の前にかがみ込んで、カヘルは中をのぞいてみた。丸い黒石が、でんと居座っているのが目に入る。



「調査の際、泥を取り除いて本官がここまで堀ったのです」



 ファイーが隣から言ってきた。



「この黒石は、ずいぶん巧妙に押し込まれています。石工か工事の専門業者を呼ばないと動かせないので、今年はこのまま残すことにしました」



 しゃがんだままファイーを仰ぎ見てから、カヘルは小さな丘に向かってさらに低く屈みこんだ。巨石でつくられた出入り口の中に手を伸ばす。黒っぽいその丸石に触れた。


 入り口を形どっている石は、なだらかな角形をしている。それに対し、つかえた石はやたらと丸みを帯びて、ごろんと自然な風体だった。



「黒石が、通せんぼをしているように見えますが」


「ね、おかしいでしょう?」



 返る言葉が妙に近い。どきりと脇を見れば、ファイーがすぐ右側にしゃがみ込んでいる。



「この入り口部分をつくっている石たちと、通せんぼ黒石は明らかにちぐはぐなのです。入り口の石が選定され、多少形を整えられて置かれたようなのに対し、黒石はそこら辺にあったのを転がして来てどしんと詰め込んだだけ、という印象を受けます。それこそ、ここの扉……あるいはその先にある通路はもう立ち入り禁止ですよ、と示すように」



 カヘルはファイーを間近に見ているのだが、女性文官は副騎士団長との近すぎる距離を全く意に介さない様子で、巨石入り口をふさぐ黒石を見つめていた。ファイーもまた右手をのばして、その黒石の表面に触れる。ますます近い。



「恐らく、置かれた年代もまったく違います」


「……八千年前ですか」



 かすれた声が、カヘルの喉からもれ出た。



「ええ。≪積石塚ケルン≫そのものと、この入り口巨石たちは八千歳でしょう。しかし黒石だけはもっとずっと後の時代のものです。それこそ≪はじめの町≫に到達した始祖たちが、突っ込んだのかもしれない」



 黒石をなで、入り口巨石をなでてから、ファイーはおもむろに立ち上がる。カヘルも立ちながら問うてみた。



「≪積石塚ケルン≫と呼ぶのですか? この人工の丘のことは」


「はい。現在イリー世界に五つしか発見例のない、珍しい形態です。ここのように、巨石で構成した通路のような記念物に大量の土をかぶせて丘のようにし、最後に石で表面を覆ったものをそう呼びます」



 ファイーが木枝で巨石の入り口を隠すのを手伝いながら、カヘルはうなづいていた。



「どういう目的を持って、作られたのでしょうね?」



 そして≪はじめの町≫の方へ、帰路をとりつつファイーに問う。



「わたしも、それを知りたくてたまらないのです」



 低くぴしりと言う声に、苦笑が混じっていた。巨石について話すたびに、この人はやわらかくなってゆくな、とカヘルは感じる。



「我々の埋葬でも土や石を盛るところから、古代の人々のお墓だったのでは、と推測する学者がいます。けれど八千年前の人間が、イリー人と同じ慣習を持っていたとは限りません。遺骨や埋葬品といったものが見つからないので、証拠もないですし」



 数千年の時を経ていれば自然に還ってしまった遺体も多かろうし、また副葬品が盗掘などの人災にあった可能性もある。とにかく、これまでに発見された積石塚ケルンは空っぽだった。だからこそ今回の小さな塚の奥に、ファイーは並々ならぬ興味を持っているのである。あの黒石に閉ざされた通路の先に、何があるのか。



「わたし達の想像を絶する機能があったのかもしれないし、逆に身近に使用する施設だったのかもしれません。考え得る可能性は無限大です」



 カヘルはひたすらうなづいて聞いていた。と、ファイーの顔から、ふと叡智圧が抜ける。



「うちの息子たちに巨石記念物の話をすると、突拍子もない使い道を提案してくれるのです。何が研究の糧になるかわかりませんから、わたしはそれも一応ぜんぶ書き留めています」


「例えば?」


「前回ファイタ・モーン沼で見た環状列石クロムレクは、息子たちによると≪じごくの千本打撃のっく場≫なのだそうです。彼らは棒で羽まりをぶんぶん叩いて遊んでいるのですが、全周囲を巨石に囲まれたその中心で打撃すれば、四方八方にまりが跳ね返る。迎撃するのがさぞや楽しかろう、と」


「……じつに柔軟で、自由な発想ですね」



 実際、その中で強敵相手に必死の打撃を行ったカヘルである。副団長は彼なりに、生ぬるい苦笑を浮かべた。



「この先、面白い仮説を思いついたら、私もファイー侯に提案します」


「……ありがとうございます、カヘル侯」



 ドラムベーグ村への草道を歩む中で、ファイーは穏やかに言った。カヘルに向ける眼差しもまた、ほの明るい朝の光に輝いて青く穏やかである。圧はなかった。



「巨石記念物に興味を持ってくださるカヘル侯は、本官にとり貴重な方です。石の話に耳をかたむけていただいて、地勢課職員として感謝にたえません」



 ファイーの前後文脈はがん無視し、カヘルは左右こぶしをぎりぎり握りしめて歩いていた。私にとっても貴女あなたは非常に貴重な女性です、と言うべき間合いを探っている。



「事件にかこつける形になりましたが、カヘル侯にこの積石塚ケルン列石群アリニュマンを見てもらいたいと思っていました。だめもとで出動準要請を出した後、実際に来ていただけた時は嬉しかったですよ」



 他の人間に要請されていたのなら、バンクラーナかプローメルをよこして以上終わり、だったはずである。貴女あなたに呼ばれたから来たのです、と言いたくてカヘルは口を開けかけた。が、ファイーは話し続ける。



「わたしは、各国にいる歴史学者たちと多少文通をしております。ですがこうして実際一緒に巨石を見て、ああだこうだと言ってくれる人は本当に稀有けうですから。良き理解者だった父は、はかなくなって久しいですし」


「ファイー侯が巨石記念物を研究するきっかけになったのは、お父様の影響ですか?」


「いいえ、父は動物学が専門でした。巨石にはまらせて・・・・・くれたのは、いとこです」



 ファイーの亡父には妹が一人いて、隣国マグ・イーレの貴族家に嫁いだ。子どもの頃からよく遊びに行っては、年の近いその従兄いとこと探検ばかりしていたのだという。と言うのも、そこの家の所有地内に小さな≪塚≫があったのだ。



鬱蒼うっそうとした森の中に、ごろごろと石が積み重なっていまして。自然にそうなったのか判別に迷うのですが、崩れかけた人工物に見えるところがあるのです」



 書物の中から≪巨石記念物≫という言葉を見つけ出して、うちにあるのもその一つに違いないと従兄は言い出した。以来二人で≪塚≫の測量を行い、周囲を調べ回った。似た例はないのかと資料書籍を読み漁り、現場・・の石に乗っかっては想像をひろげた。



「わたしが今やっていることは、その頃の遊びの延長に過ぎないのかもしれません」



 研究熱心ではあったものの、ファイーの従兄はおとなしくて怖がり、慎重な少年だった。苔やきのこ、虫、その他いろいろ……ぬめり・・・だらけの塚の入り口を、決してくぐろうとはしなかったと言う。



≪だってザイーヴ。出てこられなくなっちゃったら、どうすんの?≫


≪出られなくなるって……。そんなこと、あるわけないよ。入ってみようよ≫


≪いやいやいや。後ろを見ろよ、これは小さいけどだろ~? くぐって行ったら別の世界に行っちゃって、帰ってこられなくなるかもしれないじゃないかぁ≫



 幼い二人のいとこは、そんな風に延々話し続けながら、塚の石をためつすがめつしていたのだそうだ。結局その塚が何なのかは、わからずじまいのままらしいが。



「けれど、面白いでしょう? 別の場所へ通じる場所だという、従兄いとこの仮説も」


「ええ、……。その従兄の方とも、やはり巨石研究の話を?」



 思い出を語るファイーの口調がかつてない程にやわらかいのに気づいて、従兄なる人物に軽ーくやっかんだカヘルである。


 しかしそう問うた瞬間、ファイーの双眸があからさまに哀しくかげった。



「……話していたかったのですけどね、ずっと。……九年前のオーラン奪回作戦の際、カヘル侯はオーラン当地にいらしたのですよね?」


「? はい」



 唐突なファイーの問いかけに、小首をかしげながらもカヘルはうなづいた。


 九年前と言えば、カヘルが副騎士団長となってまだ間もない頃の話である。当時エノ軍の支配下にあったイリー都市国家群のひとつ、オーランの主権奪回を援護するために、カヘルはデリアド騎士団を率いた。ガーティンロー、ファダン、マグ・イーレの各同盟国軍とともに、オーラン包囲戦に参加したのである。



「わたしの従兄は、マグ・イーレの正規騎士としてグラーニャ妃殿下の隊に従軍しました。陽動作戦のためにテルポシエ近郊でエノ軍と衝突し、そこで落命したので遺骨も回収できていないのです」



 冷えびえと、カヘルの胸がつまった。



「丘に入っちゃいかん、とさんざんわたしを引き留めておきながら。先に自分だけ丘の向こうに行ってしまうとは、薄情なやつです」



 イリー世界においては、人が死ぬことを≪丘の向こうに行く≫と表現する。ファイーの従兄は少年時、丘になぞらえて塚に入るのを拒んだ。しかし実際には、既に丘の向こうへ行ってしまった……。すなわち彼が亡くなったことに、女性文官は言及しているのである。


 ほろ苦いような、ねたような。やはり今まで聞いたことのない妙な調子で言いつつ、うつむき気味に歩くファイーをカヘルは横目で見ている。


 チャスタス侯よりその次の元夫より、ファイーの心にこびりついて引っかかっているのはむしろこの故人なのでは……と、カヘルは冷えた勘を働かせていた。





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