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絶品! いのししミートローフ

 

・ ・ ・ ・ ・



 ドラムベーグの村へ行き、村の厩舎に軍馬を休ませれば、頭上高くにや星がまたたいているのがカヘルの目にも見えた。


 捜査のために来ていた西域第七分団の巡回騎士らはルウェータへ帰ってしまったから、だだ広い農家風宿屋の食堂は日中と打って変わってがらんとしている。泊り客もカヘル一行だけ、地元客らしいのが何組か食事に来ているが、静かだった。


 ところどころにいんげんが緑に光る、猪ひき肉の型よせ焼き。分厚く切られた壮大な一片に、赤黄のゆで人参が大量についてきたのが夕食であった。昼の鶏肉団子といい、よくよくき肉の好きな女将さんらしい。



「え、猪なんですか? これー」


「にしては、やたらあっさりしているような……。私は豚だとばっかり、思いましたよ」


「近くに養猪場があるのだそうです。この宿では、一日おきにいのしし料理が出るのですよ」



 側近ローディアと、軍医について別行動だった衛生文官ノスコ。食卓を囲んで、ファイーは若い二人にずいぶん親しんで話しかけるようになっている。口調にぴしり・・・いていない。ちょうど、今日の午後ルウェータで出会ったドナル少年に話していたのと同じ調子だった。よって、カヘルは全く警戒していない。ファイーはローディアとノスコを、年少者こどもあつかいしているのだ。上品に咀嚼しながら会話を聞くだけ、その実ファイー周辺の状況分析に余念のない我らが副団長である。



「実は、養猪場って見たことないんです。牛や羊や、他のけものみたいに、牧草地にいるんですかね?」



 顔に赤にきびの映える若き衛生文官は、食べつつ素朴な疑問を発した。もじゃもじゃと栗色髪の頭を振って、ローディアがそれに答えている。毛深さだけ見れば、側近騎士はむしろけものに近いかもしれない。



「違うよ、ノスコ侯。樫の木の多い森をひと区間、囲ってあるんだ。ほら、猪はどんぐり食べるから」 



 ≪ながき樫の森≫の名の通り、デリアドには樫の森が多い。それを活用して、猪の畜産を行っているところは各地にあった。牛馬に比べれば畜産くらいのものではあるが、そうして囲われた猪は完全野生のものよりずっと気性がゆるやかで、味もだいぶまろやかになるのである。



「味が似てくるのは当然でしょうね。猪は毛深い豚なのですから」



 これまでの調査期間中しょっちゅう猪を食べさせられているはずなのに、飽きた様子を全く見せず嬉々としながらファイーが言った。そう言えば豚が好物だったはずだから、それもあってファイーはこの宿を気に入っているのかもしれない……とカヘルはあたりをつける。



「猪の剛毛を全部そったら、豚になるのです」



 ぷふっ。



「なりません、なりません」


「あはは」



 しかつめらしい表情でファイーが放ったのは、森ふかき国デリアドで言われる定番ねた・・だった。ローディアとノスコが、和んだ笑い声をあげる。


 ちなみにイリー都市国家の中でももう少しひらけた諸国、東に行ったオーランやテルポシエなどでは、冗談として通じない。真に受けて信じたり、ほんとだろうかと疑う人たちがたくさんいる。とあるひなびた料理屋で店長をやっている、本業・お直し職人などがいい例だ。頬をてからせた料理人が、調子にのって塩豚たまな鍋をこしらえた時など、いつも胸中で自問している。いのししの剛毛をぜんぶ剃ったら、豚になるのであろうか否か。毛にまつわった謎でありながら、じつに不毛な問いである。



「それでは、カヘル侯! ファイー侯! 我々、香湯こうゆへやでいただきますので~!」


「福ある夜を、お休みなさーいッ」



 食後の香湯の到達とともに、部下ふたりは湯のみ片手にそそくさと食堂を出てゆく。静けさを増した卓に、カヘルとファイーはぽつんと二人になる。それでは本官も、と言われて去られたら悲劇的状況だが、そうはならずにカヘルは内心で安堵した。



「……カヘル侯が噴き出すところを、初めて見ました」



 角卓子のカヘル左側、厚い陶器ゆのみから湯気を浴びるようにして口をつけていたファイーが言った。先ほどまでとは打って変わってぴしりとした声、しかし口角は上がっている。



つぼ・・に入りまして」



 冷えびえと答えながら、カヘルの口角も片方上がっている。



「定番中の定番ねたですが?」


「いつまでも良いものだから、定番なのでしょう」



 香水山薄荷めりっさの薫りを挟んで、カヘルは先ほど見た風景――列石群アリニュマンが騎士の軍に重なって見えた、という印象をファイーに話した。



「あまりに整然としているので、ついそう思ってしまったのですが。あの石たちにまつわる、何らかの伝承はあるのですか?」



 周到に準備しておいた話題と問いに、ファイーはばっちり食らいついてきた。深い青の瞳に叡智圧をみなぎらせ、女性文官はカヘルを直視して話し出す。



「ええ。カヘル侯のように、あの石たちを並んだ兵士のようだと思う人々は多いのです。地元では≪石兵≫あるいは≪石坊たち≫と呼ばれていて、西方からやってきた軍隊が疲れてへたり込み、石に変わってしまったのだという伝説があります」


「西方……? ティルムン軍の兵士たち、ということでしょうか」



 カヘルは小首をかしげて言った。他の人間……配下や分団員たちのいるところでははばかられるが、今は視線を存分にファイーに注げるのが快い。



「それは実際に理術士隊をご覧になったカヘル侯だからこそ、連想できることです」



 デリアド副騎士団長としての自分の背景も、女性文官はちゃんと理解しているらしい。ファイーの返答に、カヘルは内心で両手こぶしをぎりぎり握りしめまくっていた。(嬉しがっている表現である、念のため)



「そしてですね。ちょっと怖い話も聞いたのです……怪談は大丈夫ですか?」


「怖いものは怖いですが、知りたいですね」


「……近辺の子どもは、あの石坊たちの間でかくれんぼをして遊んじゃいかん、と大人に言われて育つのです」



 カヘルは、平らかな表情でうなづいた。



「≪エルメンの傭兵≫のように、巨立石メンヒルに魂を取られてしまうからですか?」


「いいえ。あの列石群アリニュマンの中で石の陰に隠れていると、その石と自分が入れ替わってしまう、と言われているのです。子どもは気がついたら、石に変わって動けなくなっている。代わりに石だった兵隊が身体を持って子どもの家に帰り、そのままその子になりすまして生きてゆくのだ、と……」



 ふわー……。


 卓子上に置かれていた、大きな蜜蝋燭みつろうそくの炎が揺れた。



――他のものに、人生を奪われる……。自分・・をそっくり、られてしまうと言うことなのか。



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