列石群、絵になる副団長
――はッ! 気まわしできる俺の出番が来たってこと、副団長ッ??
何となく妙な言い方答え方、それはつまりカヘルから自分への救援要請なのだ! 栗色髪の奥ふかくにある頭脳をもしゃもしゃと回転させて、側近ローディアはすばやく考えをまとめた。いや、脳みそまではさすがに毛深くないであろう。
「あの、ファイー侯! ファイー侯は、調査中に滞在されたドラムベーグ村に、引き続き泊まられるのでしょうか~?」
少し離れた位置で、女性文官は卓子上に置かれた捜査関連の報告調書を読んでいた。そのファイーがぴしッとかるく顔を上げて、ローディアを見る。
「ええ、そうですローディア侯。本官はなるべく、発見現場であり調査現場である列石群のそばにいようと思いますので」
「なるほど、そうですね! 現場に近いほうがいいですね!」
もじゃついた顔をきりっと引き締めて、ローディアはすぐ脇にいるカヘルを見下ろした。
「カヘル侯。我々の軍馬は、けさ早くより首邑デリアドから距離を走らせて、だいぶ疲れております。もうこちら近郊に宿泊したほうが、何かと都合がよろしいのではないでしょうかッ?」
それがさも当然、という態度にて毛深き側近はカヘルに言った。と言うより、はっきりチャスタスに聞かせている。
馬が疲れているなんて嘘っぱちだ。カヘル達が御してきた筋骨隆々の軍用馬は、ここに来る途中の地方分団で二度も換えたのだから。
若きデリアド副騎士団長は、ローディアを見上げてごく自然にうなづく。
「貴侯の言う通りですね、ドラムベーグ村の宿に行きましょう。それではチャスタス侯、そういうことでよろしくお願いします」
「は……さようですか」
第七分団長に全て報告しておく、と言ってチャスタス警邏部長は書類をまとめ始める。
カヘルがこれまで見たところ、どうもチャスタスという騎士は自分で人々の間を調べ回る性質ではないようだった。それはあくまで部下の巡回騎士らの役目、自分はそれらをまとめ繋ぎ合わせるために、常に中央に構えているという風である。
横柄や出不精のなせるわざではなく、恐らくそこに効率性を出す方向でやってきたのだろうな、とカヘルは推測した。それを悪いとは、全く思わない副団長である。しかしチャスタスから見れば、ずいずい現場へ踏み込んでゆくカヘルのやり方には違和感を感じるだろうし、抵抗もあるかもしれない。
――合わないなりに、干渉してこないのであれば結構。
チャスタスもまた自分にとっては使える部類に入るだろう、とカヘルはひそかに評価しておくことにした。
「ザイーヴさん、ここの現場には監視要員を数名残しますから。ザイーヴさんはもう早くドラムベーグへ行って、休んでくださいよ?」
「はい了解。ああ、そうだ。さっきルウェータの町で、学校帰りのドナル君に会いましたよ」
「えっ。そうでしたか」
……だが、しかし。もと夫婦のさばさばした会話が耳に入りこんできて、カヘルはわずかに目元をゆがめた。
ザイーヴさん、と気軽にファイーの個人名を呼べるチャスタスに対し、カヘルの胸の奥で殺意が……。ちがった、嫉妬が燃えたのである。
円満離婚をした上に良好な関係にあるのだから、四角くファイー侯と呼びかける方がむしろ変なのだ。それを頭の中で理解してはいるものの、どうにもしゃくに触って仕方がない。自分は泥沼の中を必死に探し求めて思わず叫び、後悔し、それっきり呼べていないその名をこうも軽々しく……!
ふしゅ~。静かに鼻から息を抜きつつ、カヘルは天幕の外に出た。
これ以上チャスタスに向けて話すファイーの声を聞いていたら、調子が狂いそうである。
「カヘル侯……?」
そっと声をかけてきた側近に振り返り、小さく片手を上げて制止してから、カヘルは速足で列石群の方へ歩いて行った。
白骨死体の発見現場にすでに人の姿はない。
大きく掘り返された穴には粗編みのむしろがかぶせられ、細い立て杭に通った黄色い縄がその周りを囲んでいた。
そのすぐ近くにそびえている巨立石を、カヘルは改めてまじまじと見つめる。沈みゆく前の最高潮、温かみを増した金色の夕陽を浴びて、昼間よりも石はどしりと重そうに見えた。
ひとつ一つの巨立石は、これまでファイーと一緒に見てきた石たち……巨石記念物と比べると、そう大きいものではない。……大きくはないのだが、変に≪重い≫印象があるのは、ごつごつと粗っぽい表面のせいだろうか?
苔やひび割れにすべらかな表面を彩られながらも、天地のあいだにその巨躯を威風堂々と伸ばしていた、≪エルメンの傭兵≫。
幅に対して厚みのない、平べったい巨立石が円く並んだ≪環状列石≫。沼のほとりで環を成していた十五の石は、陽光の下で明るく見れば、軽やかに笑いさざめく十五人の姫君の伝説にうなづけた。
過去に見た巨石の記憶を思い起こしながら見渡すと、ここ列石群の石たちはごつごつ、丸々、ひょろひょろ……。統一性なく、個性的なのが集まっている。
根元に死体が埋められていた灰白色の巨立石は、ちょうどローディアくらいの背丈だった。カヘルは列になった石たちの間を歩いてみるが、それより大きいのはいくつもない。大半はカヘルの胸あたりまでしかなかった。
――大きさ、形は様々ある。しかし……。この並び方の均等さは、どうだろう!
十基以上の巨立石が、直線状にきれいに並んでいる。それが三列、やはり美しい等間隔をあけて平行線をなしているのだ。カヘルが見るその線の先――曠野の向こうでは、沈みゆく太陽が周囲の空をだいだい色に染めている。
乾いた風が、デリアド副騎士団長のなめらかな額をなでて行った。ふとカヘルは、春に参加したテルポシエ戦役の風景を思い出す。
≪白き牝獅子≫ことグラーニャ第二妃と、騎士団長キルス老侯が率いるマグ・イーレ精鋭軍の後方について、カヘルは三列構成にした黄土色外套のデリアド騎士団を率いたのである。
整然と佇む巨立石たちの姿が、あの時の騎士達にそっくり重なった。
――まるで、石の軍隊のようだな……。
カヘルは胸のうちで、冷やりと独り言ちた。再び風が吹き過ぎる。その中にわずかに、湿った潮のにおいが混じっていた。ここから海は遠くない。




