とりがらおばさん目撃談
故ヤンフィール氏の住まいというのは、側近騎士ローディアが内心で引くほどにみすぼらしく小汚い家であった。
そこそこきれいな家の立ち並ぶところから、少し裏に引っ込んでいる。物置と言った方が似合いそうな小屋だった。
カヘルが迷わず扉を叩いてしまうのを見て、ローディアは焦る。
――現住民、面倒くさい人が出てきたらどうするんですか~?? 副団長!
「はーい。あらら、お巡りさんでないの! 何でしょうかぁ?」
しかし出て来たのは、小さなとりがらおばさんであった。さすがにカヘルは名乗ることなく、前住人の身辺調査をしている、とだけ言う。
「あたしゃ、ここに住んでないんですよ。昼の間だけ仕事するのに使ってるの」
中に入れてもらうと、内側は外側ほどに汚くない。作業用の机だけでいっぱいになっている狭い室、机上と床の角籠に筆記布があふれている。机の隅に緑色の湯のみが、五つほど積み重ねられていた……デリアドに地震はめったに起こらない。
そのおばさんは近所に長く住んでいて、ヤンフィール氏のことも顔だけ知っていた。
「その人は、七・八年くらいここに住んでたね。旅のご商売してたとかで、帰ってくることも少なかったみたい。あたしもごくたまにしか、見かけませんでしたよ」
「亡くなったと、聞いていますか?」
「ええ。でも、よそで亡くなったんでしょう? あたしここ借りる時にそれを知らなくって、事故物件なんだから家賃まけてって交渉したのよー。でもそうじゃないって大家さんに言われたから、知ってますようん」
とりがらっぽいのに、面皮の分厚い女性である。家を借りて三年になるが、前住人あての便りを受け取ったり、妙な訪問を受けたことはない、とおばさんはカヘルに答えた。
やはりヤンフィールの痕跡はないらしい。もうこれ以上聞くこともなかろうな、とローディアが思った時である。
「生前のヤンフィールさんが誰かを家に入れたり、お知り合いの方と一緒にいるのを見かけたことはありませんか?」
ファイーに穏やかに問われて、おばさんは首をかしげる。
「ないです。その男の人は、いつ見かけても一人だったしね……。あ? でもね、この家を整理してる女の人は見ましたよ! それを見て、うおっしゃ~ここ空き家になるんじゃ~ん! って思ったんですから」
自称ヤンフィールの娘、≪ヤフィル≫のことらしい。
「大柄で、なかなかすてきにくびれた人だったわね!」
ファイーは微妙に首をかしげたようだった。が、おばさんに対しめげずに質問を続ける。
「……くびれ以外に、何か憶えていませんか。その人のことで」
「え~? 世の中くびれ以外に、いったい何が大事なのよ~? ……うーん、あ、髪かな」
「?」
「その人、派手なふろしきでほっかむりして、家の中の荷物を運び出してたんだけどね。何かの拍子に布が解けちゃって、まとめ直してるのがたまたま見えたの。その、髪がねぇぇぇぇ!」
くわッと双眸を見開いて、小さなおばさんは突如、荒ぶる! ローディアとカヘルは微妙に引いた。
「髪がねぇぇ、めっちゃんこ珍しい感じだったのよ! ちりっちりの乾麺みたいでさ、ゆでる前のほうよ? 金髪と赫毛が段々になってたの! いや、取り混ぜてもも色じゃなくてー、だんだん徐々に金と赤なわけよ~! ああ、ほんとに表現まずしくてごめんなさいね、おまわりさん。おばさんまだまだ、正イリー語の修行が足りないわぁ……。母語なのに、文筆業なのに、使いこなせず一生終わっちゃいそう」
ある意味、やくざ者よりも強烈に面倒くさいかもしれない。変わり者のとりがらおばさんの職場を辞して、カヘル達は次に近所に住む大家を訪ねた。
大家はヤンフィールのことをよく憶えていたが、そもそもの交流が必要最小限だったようだ。特筆すべき新情報は得られなかった。
「亡くなるまでは毎月の家賃もきちんと納めてくれましたし、近所問題や迷惑苦情も一切ありませんでした。問題のない、静かな店子さんでしたよ」
「合鍵を使って、家の鍵を開けるように第三者に頼まれたようなことは?」
「いいえ、ないです」
また大家にとってヤンフィールの娘ヤフィルの印象は薄かったらしく、まったく憶えていないと言う。それ以上の手がかりは何もつかめなかった。
カヘルはここで、列石群の捜査本部へ引き上げることにする。
帰りの準街道上、黒い公用馬に騎したファイーがカヘルに問いかけてきた。
「ここまでどう思われましたか、カヘル侯?」
曠野の中を行く道に人通りはない。午後もじきに終わり、暮れに向かう柔らかい陽光は金の輝きを帯びて地に注いでいる。この季節特有の光の色味だとする人も多い。金月と表現されるゆえんでもある。
「白骨死体の身元が知れたのは、大きな収穫だったと思います。その娘なる人物像が浮かび上がったことも」
変わらぬ冷えひえ平らか調子にて、カヘルは女性文官に答えた。高みから降り注ぐ温かな陽光をまとって、カヘルの騎士外套とファイーの作業衣とはいっそう明るく輝いている。後方をゆくローディアの目に、彼らの黄土色は金に近く見えていた。
「ヤンフィール氏が所持していた小切手には、名宛て人がすべて≪ヤフィル≫と記入されていましたね。父親が集金したものを、娘が金融機関で現金化するという段取りをつけて、何らかの商取引をしていたのでしょうか?」
「その可能性はあります。しかし小切手の振り出し人たちとヤンフィール氏の関係性が、いまだにわかりません。ヤンフィール氏が行商していた薬湯材料代としては、小切手記載の金額が高すぎるのでしたね? ローディア侯」
「はッ、その通りです。カヘル侯」
いきなり冷やっと話を振られても、動じぬ側近ローディアである。
「四人の振り出し人のうち、亡くなった三人というのはみな六十代以上の女性で、小切手を切った当時は全員が一人暮らしをしていた。四枚の小切手を入手した直後にヤンフィール氏は死亡し、それからあまり時間を置かずに三人は亡くなっています。女性たちの死に不審さはありませんが、三人の状況の相似は、偶然として片付けるべきものではないと思います」
「本官も、そう思います。カヘル侯」
カヘルの言葉に、ファイーがびしっとうなづいた。
「振り出し人の中で唯一存命であるスウィーンさんに面会できれば、込み入った事情が明らかになるかもしれません。列石群の捜査本部にて、西域第七分団警邏部長が状況を進展させていると期待しましょう」
チャスタス警邏部長、とその名を言わなかったカヘルに微妙な不自然さをローディアは感じた。……まあ、呼ぶのを避けたくなるのは自然かもしれない。
少し前をゆくカヘル騎。その背中はとにかく金ぴかに輝いて、毛深き側近の目にまぶしかった。




