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ファイーの長男

 

 ルウェータ町役場を出たところで、カヘルはローディアとファイーの顔を見渡して言った。



「ではこれから、ヤンフィール氏の住んでいたところへ向かいます。三年も前ですから、明らかな痕跡があるとはあまり思えませんが」



 しかしせっかくここまで来たのだ。寄らずに済ませる方がもったいない。



「でも、大家さんがご近所にお住まいなのですよね? 少なくとも、借家人だった当時のヤンフィール氏についての話が聞けますでしょう」



 ローディアはつとめて快活に言った。


 先ほどのきれもの町職員が在所と一緒に、三年前に調べた大家情報まで死亡届に記載しておいたから楽々である。


 巡回騎士の駐在家族が多く住む地区の先、町東側の外れらしい。


 幅の広いルウェータ本通りを、カヘル一行は速足で進んで行った。ひときわ大きな建物から、大きな少年少女がわらわらと出てくるのが道の反対側に見える。



――ああ、学校の終わる時間かぁ。



 側近騎士は何気なく思った。首邑デリアドや各地域の主邑にある騎士修練校の規模ではないが、それに準ずる貴族子女対象の教育機関はいたるところにある。



「あれぇー? お母さーん」



 高い声が道をわたってきて、ローディアの横を歩いていたファイーの足が止まる。



「おや、ドナル君」



――は???



 デリアド副騎士団長、およびそのむくつけき側近は、ここで仲良く二人同時に胸中にてぎょっとした。


 ファイーの方を見ると、こちらへ走り寄って来る一人の少年に向かって、手を振っている。十一、二歳くらいだろうか。質素な毛織の短衣を着たその子は、ぱっとファイーに抱きついてから身を離す。



「デリアドへ帰ったんでなかったの?」


「うん、そのはずだったが別の仕事が入ったんだ。ドナル君は学校終わったの」


「学校は終わったんだけど、これから弓のお稽古いくとこ」


「それは大変だ、がんばれドナル君」


「……うしろの騎士さまは、だれ?」



 そこでファイーはカヘルを振り返り、少年の肩に手を当てて言う。



「こちらに住んでいる息子なのです。ご挨拶をして、ドナル君」


「福ある日を、侯。ドナル・ナ・チャスタスです」



 ざ――っっっ!!!


 カヘルのななめ後ろにいたローディアは、一瞬ではあるが上司の身体から超常冷気が水平方向にぶつかってきたのを感じた。


 書物に読む吹雪というものはデリアドには起こらないが、仮にあったらこんな感じに違いないとローディアは戦慄する。


 局地性寒冷帯なり、キリアン・ナ・カヘル!!



「はい、福ある日をこんにちは。デリアド副騎士団長、キリアン・ナ・カヘルです」



 しかしカヘルの少年に対する返答はごく平らか、かつ穏やかなものであった。


 少年に名乗られた本名によって、ぶん殴られる級の衝撃を受けたであろうに、この落ち着きっぷりはさすがである。


 案の定、ドナル少年は目と口を丸く開け、カヘルと母の顔とを交互に見た。



「お母さん! カヘル侯って、あの・・カヘル侯!?」


その・・カヘル侯が、この・・カヘル侯です。母が今、仕事をお手伝いしているのです」


「うえーっっっ、いいなぁぁぁお母さん!! あくしゅして下さい、カヘル侯ー!」



 よくよく見れば父親そっくりの端正な顔、将来は男前まちがいなし。少年は嬉しそうにカヘルの右手を両手でもみもみした後、ファイーにうながされてイリー弓道のお稽古へ走って行った。



「息子さん、大きいんですね……! こちらにお住まいだなんて、驚きました~」



 不自然なまでのさりげなさを装いつつ、ローディアはファイーに言葉をかけた。


 少年を見送ったファイーのかたわらで、カヘルが凍結してしまったのを察知したのである。もじゃもじゃ温か癒し系の自分が、今この場をどうにかなごませなければ、いったい誰が副団長を解凍できると言うのだ! ああ側近騎士の使命感!



「ええ。今回の事件捜査主任、チャスタス侯と結婚していました時の、上の子です」



 いつものびしびし調にて、何ら臆することなくファイーはローディアを見上げて言う。


 再びルウェータ本通りを歩く中で、ファイーはおもにローディアにむけて、実にさばさばとすさまじい話をした。


 いわくチャスタスは以前デリアドの騎士団本部勤務で、ファイー家に婿入る形で結婚していた。



「しかしお兄様が落馬事故で亡くなられたので、急遽こちら西域のご実家を継がねばならなくなりました。本官はデリアド市庁舎勤務ですし、ファイーの家を出ることはできませんから、そこでお別れしたのです。新しく迎えられた奥様にはドナルも大変よくしてもらっているので、ありがたい限りです」



 無言で聞き入っているカヘルは、徐々に自然解凍していった。



――なるほど、両家の存続にかかわる事情……。やむにやまれぬ状況による破局であったか。



「ファイー侯はドナル君と、よく会っているんですか~??」


「ええ、ローディア侯。デリアドの家にはあの子の弟がいますし、新年のお休みに何日か泊まりに来てくれます。わたしも≪はじめの町≫の定期調査に来る時は、お宅へよばれて食事をしますよ」



 今回の滞在でも、すでに会っていたようだ。円満離婚の上、チャスタス一家とファイーは非常に良好な関係を保っているらしい。昼前、チャスタス警邏けいら部長が≪ザイーヴさん≫と親しみをこめて呼んでいたのにも合点が行った。


 第一の離婚理由がこれなら、再婚相手として紹介しても何ら母上の低評価にはつながるまい、とカヘルは内心すばやく思案している。


 自身の離婚理由を思考の場外にかっ飛ばして、忘れ去っているあたりはさすがであった。カヘルは何食わぬ顔で、しれっとファイーに話しかけもする。



「例えばドナル君が将来、首邑デリアドの騎士修練校に進学するなら。実のお母様のそばに行くわけですから、安心ですね」


「ええ、そうなのですカヘル侯。向こうのお母さまも、まさに同じことを仰っていまして」



 冷えひえ平らかなカヘルとびしびし口調のファイー、二人の会話がいつもと変わらぬ様相になってきたのを察知して、ローディアは心から安堵した。



――ふう~! ファイーねえさんもこんな話を公道でしちゃうなんて、本当にぶっ飛んでいる! でも、そもそもが後ろめたいことなんて何もない人なんだなあ。変に秘密を小出しにされて、嫉妬に荒ぶる副団長なんて俺は絶対に見たくないんだ。ああ、よかった……。



「お子様たちが元気で、何よりです」



 冷えひえきっぱりとカヘルが決めたところで、小さな川にかかる橋を渡る。



「ええ。 ……おや、ここを左ですね。右手方向に、目的地が見えます」



 ファイーの経路案内も、安定している。




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