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きれきれ! 市職員おじさん

 

 ルウェータの町までは、トロモーンからさらに準街道を西進する。


 ここも宿場町ではあるが、今回の事件捜査主任・チャスタス警邏けいら部長の属する西域第七分団基地がすぐ北にあるから、軍属の御用達という色が濃い。


 首邑デリアド同様に路地はきれいに整備されているが、町の中心地に集まる商家はどこも看板・外装が地味だ。軒先を飾る花鉢も少ない。



――トロモーンの町とは、えらく雰囲気が変わるな! さして離れていないのにね。



 町の公共厩舎に軍馬を預け、カヘルに従って歩みながらローディアは思った。


 活気がない、というのではない。人通りは多いし、ぱん屋の前では順番待ちの列ができている。しかしどうにも、がなかった。


 他の町の果物屋が、できうる限りの品物をおもて向き道なりに並べ、極彩色の視覚的魅力でもって客の注意を引こうとしているのに対し、ルウェータでは箱で平積みにしている。まるで卸し市場のようだ。


 それでも客が入って売れているらしいのは、ルウェータの住民の大半が軍属関係者だからなのだろうか。機能第一、質実剛健を旨とする駐在巡回騎士の家族の気風に、町のほうが寄っているとも言えよう。



 だいぶ小さなルウェータ町役場にて、行方不明者の一覧を見せてもらった。しかしカヘルの探す名前はそこにない。



「あの。今朝も何名か、巡回騎士の方々が照会にいらしたのですが……?」



 他にひと気もない受付窓口で、カヘルの前に名簿を広げた中年の町職員がそっと声をかけてくる。



「ええ、前回は≪ヤフィル≫という名の行方不明者を調べてもらったのです。今回は別名の≪ヤンフィール≫で探しているのですが、やはり見当たりませんね」



 平らかに言ったカヘルに向けて、職員はぴくりと太い眉毛を動かした。



「侯。……少々、お待ちください」



 中年職員はくるっと背を向け、そこに大きく立ち並ぶ書類棚から、大きな一巻きをずるりと抜き出した。受付長台の上にさっと広げる。



「あっ、ありましたね。東町に住んでいたヤンフィールさん。三年前の嵐月じゅうがつに、死亡届が出ています」


「!!」



 中年職員が示したのは、町民の死亡届・受付一覧であった。つらつら名前の連なる中、確かに≪ヤンフィール受理≫と記してある。



「死亡届じたいも、ご覧になりますか?」



 さっきまで年齢相応に疲れたような表情だった職員の顔が、いまや精彩を放ってぎらぎらと目を光らせている!



「個人的にはヤンフィールさんを存じ上げませんでしたが、届を受け付けて処理したのは私です。少々珍しい事例でしたので、よく憶えております」



 しゅたたたたたッ!


≪イリー暦197年度 死亡届≫と記された木箱から分厚い布束を引っ張り出し、ものすごい速さでめくりながら中年職員は低く言う。ローディアは内心でちょっとわくわくしていた。



――なんか豹変した! 実はこのおじさん、切れ者だ!



「ありました。どうぞ」



 くるッと回して差し出されたその一葉の書類を、カヘルは凝視する。ファイーとバンクラーナ、プローメルが次々と横からのぞき込んできた。しかし副団長の冷徹なる一言が、ローディア下方から発される。



「ローディア侯、そこに立たれると暗くなって読めません」



 仕方なしに、でかい側近はファイーとカヘルの後方からのぞき込む形になった。


 一般的な老衰、病死などの場合なら空白であるはずの下半分、≪官記入欄≫が細かい字で黒々と埋められている。



「……フィングラス領の村で病死ののち、埋葬……?」



 わずかに眉根を寄せて顔を上げたカヘルに、きれもの町職員は渋くうなづいた。



「届を提出したのは、ヤンフィールさんの娘を名乗る≪ヤフィル≫という女性でした」


「!!」



 探し求めていた名前が、二ついっぺんに出現した。プローメル、バンクラーナ、ローディアの三人はくわっと目を見開く。ファイーは小首をかしげ、副団長だけが冷々淡々と内心だけで驚いている。



「ヤンフィールさんは、隣国フィングラスに住む娘さんのうちを訪れた。そこで病気をわずらってしまい、そのまま娘さん宅で亡くなったのだそうです。遺体は向こうで火葬にしたので、届だけ出しに来たとヤフィルさんは言っていました」



――ヤンフィールの娘が、ヤフィルだった……?



 確かに≪ヤフィル≫は女性の名前にも使われる。しかし父娘の名前であったとは、さすがのカヘルも想定していなかった。



「ヤンフィールさんには、身寄りがあったのですか」


「それが……」



 死亡届を受け取った際、職員はただちにヤンフィールの戸籍を確認した。しかし、そこに肉親や親戚の記載は一切なかったのである。娘ヤフィルにただしてみたところ、女は声を落とし、自分は庶子であったからと言った。



「たしかに庶子であった場合、戸籍の記載から漏れ出てしまうことはよくあります。ただし彼女はヤンフィールさんのと自分のものと、身分証を持っていましたから。いったん保留して、翌日正式に死亡届を受理しました」



 保留している間、この町職員はヤンフィールの住所を訪れた。東町の外れにある小さな借家である。近所に住む大家は長いことヤンフィールの姿を見ておらず、二月分も家賃が滞って困っている、と言った。


 娘を名乗る人物が言ったことは本当だったらしいと踏んで、町職員は翌日やってきた女に死亡届の受理控を渡した。どっちみち、戸籍上ヤンフィールに他に身寄りは一切ないのだ。



「こういった場合に死亡届が公式に受理されないと、遺族や関係者は故人の持ち物や住まいの整理を始めることができません。それもあって、娘さんは少々焦った様子でした」



 どこまでも自然で、ありえそうな話だった。……しかし。



「……ヤフィルという女性が提示したのは、フィングラス発行の身分証だったのですね?」


「ええ、そうです。ヤフィルさんは生まれも育ちも向こうだと言いましたし、話しているイリー語もまさしくフィングラス抑揚で間延びしてましたね」



 デリアドのイリー語だって、東端国テルポシエ人からしたら長なが伸びているのだが、その辺はまるっきり無視するカヘル一行である。ここはデリアド、のびるのが標準。



「どんな女性だったかまでは、さすがに憶えていませんよね?」



 ふいっとファイーが口を挟んできた。否定形でただしている。受付長台に少し身を乗り出した女性文官を、横目で見つつカヘルはおや? と思う。





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