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バンクラーナは取り締まりたい

 

 白骨死体の身元がほぼ確定した以上、≪ヤンフィール氏≫なるその人物につながる情報を収集しなくてはいけない。


 トロモーン町役場のおしゃれ職員から聞いておいた酒商へも、カヘル一行は寄ってみることにする。他に顔見知りはいないようだと職員は言っていたが、それは彼の見方でしかない。よく来ていたのなら、店の者は憶えているかもしれなかった。


 しかし酒商の主人と女将は、カヘルを前に困った顔をする。



「ヤンフィールさん……。存じませんね」



 小柄で中肉、濃いめ灰色髪の六十代男性、という町職員の話にもとづく容姿を説明しても全く手応えがない。


 表情こそ崩さないものの、カヘルが肩透かしを食らっているということを側近ローディアは察知していた。



――……というかヤンフィールさん。財布以外に手がかりも、特徴もない人だったんだなぁ……。



「そういう見かけの男性は、たくさんいそうですしね」



 ローディアの毛深い胸中を見透かしたかのように、隣のファイーがぼそりと低く言った。



・ ・ ・



 カヘル直属部下のプローメルとバンクラーナは、酒商に入らず周辺聞き込みに挑んでいた。



「おい。この宿は商用旅行者むけでないのか? ヤンフィール氏が泊ってたかもしれんぞ」


「そうだね。隣の酒商で一杯ひっかけて、すぐに寝ちまうのに最適距離だ。聞いてみよう」



 バンクラーナが入ってゆく。受付にいた女将に三年前の宿帳を確認してもらっている間、プローメルはそのまま路地に立って周囲を見回していた。長い鼻をくすんとひくつかせる、渋い(と自分で思っている)。



「よう、兄ちゃん」



 おどけたような甲高い声でそっと言われて、プローメルは振り返った。



「あんた、いけるくちでねぇのかい?」



 やせ細ったのっぽの若い男が、にこにこと笑いかけてくる。プローメルはさらに渋く目を細めて、言い返してやった。



「おまわりに、ぽん引きかましてどうすんだ。しょっぴかれて足抜けしてぇのかい」



 イリー社会において、娼宿営業は違法ではない。ただ、やかましい規制条件いろいろを満たす必要があった。客引きは決められた時間帯と区域内で行わなければならない。早すぎるぞと注意する意味でプローメルは言ったのだが、男は一瞬きゅっと引くような表情になった。



「やだな、いやらしいこと考えちゃって? 俺が聞いてんのはきのこだよ、きのこ! すてきなやつがあんの。法に引っかからないから、おまわりさんでも食べられるよ」


「はぁー?」



 プローメルは素で聞き返してしまった。



「まだ季節にゃ早ぇだろ?」



 若い男は笑顔のまま、がくっと頭を前向きに振った。



「あはぁー、だめだぁ。おっさん話になんねぇ……。さいなら、福ある晩を~」



 若者はくるりときびすを返し、人々の合間をさかさか歩いて行ってしまった。そこへバンクラーナが宿から出てくる。



「だめだったよ、プローメル。さかのぼって十年分ばかし見せてもらったんだけど、≪ヤンフィール≫も≪ヤフィル≫も、どっちの名も宿帳の中に見当たらなかった」


「……おい、バンクラーナ。高級食材ってのは、闇で出回るもんなのか?」



 切れ長の瞳をくわッと見開いて、そっち方面専門のカヘル直属部下は相棒を見た。



「ああ、出回るぞ! 何があった!?」



 プローメルの話を聞くうちに、バンクラーナはうなづき方と鼻息を荒くしてゆく。



「きのこか~、くそッ! ≪土中の宝石≫こと黒松露の闇市場があったのかもしれんッ。しかし今は白骨死体の捜査で来てるんだからな、……摘発している場合じゃないぞ。あんちくしょうッ。残念だが、捨て置こう」



 歯をぎりぎり食いしばり、口をひん曲げたすさまじき形相で悔しがるバンクラーナを引きずるようにして、プローメルはカヘルとローディア・ファイーに合流する。



・ ・ ・



 商売柄、情報交換や仕入れのために寄っていそうな薬種商、乾物商などもまわってみたが、ヤンフィールらしき人物を記憶している人間は皆無であった。



「妙ですね。町職員の知人ヤンフィールは、あの白骨死体と同一人物でほぼ確定ですが……。行商人というわりには、人付き合いを避けていたような印象があります」


「行商人という手合いは、とにかく人と交流することで次の市場を開拓するものだと思っていたのですが。実際は違うのでしょうか?」



 準街道へ戻るトロモーンの主道を歩きつつ言うカヘルに、ファイーが低く応じている。



「それにカヘル侯。あの小切手にあった金額は、とても薬湯材料の値じゃありませんよ。いくら何でも、高すぎます」



 高いところから言ってきたローディアを見上げて、副騎士団長は問う。



「ローディア侯。私はそちら方面にうといのですが、薬湯とは一般的にはいくらぐらいのものなのでしょうか?」


「はっ。例えば睡眠改善対策の各種混合を徳用大袋で買っても、十か十五がせいぜいです。数種類を一年分買いだめしたとしても、百には届きません!」



 庶民感覚ならお任せ、もじゃもじゃ顔をきりっと引き締めて即答した側近を見つめて、カヘルはゆっくりまばたきをする。



「飲んでいるのですか」


「はい、母が!」



 しかつめらしくうなづきながら、睡眠改善・・・・薬湯なんてものが存在したのかと内心驚いているカヘルである。朗報、母上に入手してもらわねばと胸のうちで冷えびえと決意をかためた後、立ち止まって一行の顔を見渡す。



「このまま、ヤンフィール氏が住んでいたと言うルウェータの町へ行ってみましょう」



 そこにはヤンフィールの市民籍情報があるはずだった。小切手上の≪ヤフィル≫でなく、≪ヤンフィール≫の名で行方不明者、あるいはその関係者を探せば、何らかの手がかりが得られるかもしれない、とカヘルは思う。





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