おしゃれ行商人
スウィーン邸にはまた誰かを派遣することとして、カヘル一行は改めてトロモーンの町に向かう。
メムイー村が森閑として静かであった分、宿場町はその活気がよけいに引き立てられてにぎやかだった。早くも夕食の材料調達か、買い物客が大小の籠を手に頻繁に通り過ぎる。どこの店の扉も、明るく開かれていた。
小さな石造りの町役場、ヤンフィール氏を知る教育課の職員は、カヘルに名乗られて口を四角く開けた。他の人々の耳を避けて、役場上階の小会議室に通される。
「はい。ヤンフィールさんとは仕事帰りの酒商で知り合いまして。友達というほどではないのですけれど、その店で時々会って話していました」
やや緊張ぎみに話す初老の職員は、自身も≪おしゃれ老年男性≫であった。白髪と灰色ひげはきれいに刈り込んであるし、ひと目で良いものとわかる上質な麻衣を着ている。襟元に巻かれた青灰色の首布がじつに渋い、なかなかの手練れだ。
ちなみに、この人は騎士ではない。首邑デリアドの市庁舎職員はほぼ全員が貴族出自の文官騎士で占められているが、人手の足りない地方の役場では平民が多く採用されていた。区分としてはファイーと同じく準文官、有事の際に徴兵動員の義務がない。黄土色の外套や作業衣を着ることもなかった。
「ヤンフィールさんと私とは、身につけるものの好みが似ていまして。この辺ならどこの製品がどの店で買えるか、なんて情報交換をしていたんです」
カヘルはうなづいて、問うた。
「なるほど。ではヤンフィールさんが持っていた財布の銘を、ご存知ですか?」
唐突な質問である。何故にそんなことを……と言いたげに、初老男性は小首をかしげる。しかし次の瞬間、おしゃれ職員の落ちくぼんだ双眸はぴかっと煌めいた。
「ええッ、忘れるわけがありません! ≪るいび豚≫製の秋冬特注生産もの、196年版でしたね! いちど泡酒をおごってもらった時に、ヤンフィールさんの手元であの艶なしもも色革が放っていた存在感は……実にすさまじかった!! あのお財布を見て、こりゃ私なんか彼の足元にも及ばないと恐れ入ったのです!」
鼻息あらく語る職員に再びうなづいてから、カヘルは斜め脇に座っていたバンクラーナを見る。
「一致します、カヘル侯」
目利き直属部下は短く答えた。白骨死体がヤンフィール氏であったことを、カヘルは内心で確信する。
「ヤンフィールさんは、ここではなくルウェータの町に住んでいたそうですね。詳しい住所や勤め先などはわかりますか?」
「お住まいはわかりませんが、本人はあまり帰らないと言っていました。ヤンフィールさんは薬湯の行商人だったから、仕入れと売り込みで西デリアドじゅうを歩いてばっかりだったんです」
――えっ! 薬湯の行商人……?
おしゃれ職員の話を書きとめながら、ローディアは意外だなと思う。
イリー世界では、薄荷やういきょう、美女桜といった香草の類を湯に抽出した≪香湯≫、しゃれた言い方での≪花湯≫が、日常的な飲料として広く普及し親しまれている。
中には薬効の高いものも多く、医師や治療師が煎じ薬として処方することもしばしばあった。そういった希少な薬湯材料をもたずさえて、過疎地をまわる専門の行商人がいるのだ。
「ヤンフィールさんは治療師ではなかったのです。けど頭がまわって記憶力が良かったし、何より人の話を聞くのがうまかったので、天職だと私は思いましたよ!」
はるばる遠方の医者を訪ねて診療してもらうほどではないが、気になる体調不良を治したいという人に、ヤンフィールは症状別の薬湯を組み合わせて販売していたと言う。
資格免許がないから薬効の強いものは扱えず、ゆるやかに効くものばかり。しかし買い手の話を聞きこんで、実は重い病気が隠れていそうだと踏んだ時には薬湯を売らず、医者に診てもらえとすすめてもいたらしい。
「そうですか。聞く限りでは、かなりまっとうで正直な商いをされていたのですね」
「ええ、固定客もだいぶ多かったみたいですよ。お財布がるいび豚だなんて、あんなに羽振りが良かったのですから……」
乾物屋や薬種商がある町では、行商の需要はない。ヤンフィールは周辺の過疎地域をまわる際の足がかりとして、時折トロモーンに来ていた。他に知り合いや親しい友達がいるような様子はなく、その酒商の他では見たことがない、とおしゃれ職員は言う。
ヤンフィールらしき遺体が、白骨となって列石群の土中から発見されたことを話すと、初老の町職員は蒼ざめてわなわなと震えた。
「そんな……。ヤンフィールさんは私とたいして年齢も変わらなかったはず。六十そこそこだったんですよ、若すぎます……!」
ごく自然な流れだが、おしゃれ職員はヤンフィールが行商旅の途上で野垂れ死んでしまった、と認識したようだった。
「お仕事柄たくさん歩かれていたから健脚だったし、どこか身体を悪くしているという風でもありませんでした。すごく元気な方でしたのに」
「そうですか。……しかし急病ということもありますからね。ヤンフィールさんは、ここから先ドラムベーグ村のほうにはよく行かれていたのでしょうか? 知り合いの方がいたような話は?」
「いえ、そういう話は聞きません。この辺ならどこの村にも、だいたい半年に一度以上の頻度でまわっているようでしたが」
白骨死体の状況や所持品からみて不審なところの多い今回の事件だが、おしゃれ職員が即座に想像したような自然死だった可能性は依然としてある。バンクラーナが提示した怨恨殺人の線は伏せ、事件については他言無用、とだけカヘルは職員に言った。
知人を亡くして寂しげにうなづく職員に礼を述べ、カヘル一行はトロモーン町役場を後にする。
往来に出た瞬間、デリアド副騎士団長はバンクラーナを見る。
「……たまたま同型の財布を持った別人だった、ということはないでしょうね」
「この場合はありえません。何と言っても特注ですから」
こぶしを利かせて答える直属部下に、カヘルはうなづいて胸中ひとりごちた。
――やはり本人。白骨死体の身元が≪ヤンフィール≫と知れたのは、大きな収穫であった。




