壮麗! スウィーン邸
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トロモーンの宿場町は、デリアド準街道上にあった。
今朝カヘルたちもすぐそばを通過してきたが、首邑デリアド方面から列石群や≪はじめの町≫のあるこの西域西沿岸の一帯へやって来るものは、否応なしに通るところである。
人の手がいくらか入った密度の低い樫の林が、道の左右――ごくなだらかな起伏のある地に現れては、後ろに過ぎてゆく。石造りの建物が、少しだけ高くなった丘陵の上に見えてきた時、路傍の木札標識がカヘルの目に入った。
「おや。メムイー村と言うのは、ここでしたか」
白骨死体の持っていた、四枚目の小切手振り出し人の在所地である。
「そうですね、トロモーンの住宅村なのかもしれません」
すぐ後ろ、ローディアと馬頭を並べていたファイーが平らかに言った。
人口の多くなってきた町の周囲に新しい共同体が作られるのは、イリー諸国のどこでも見られる傾向である。デリアドの場合、そういった小さな郊外の村ではたいてい住民が高所得者だった。
町の仕事で利益を上げつつも、庭つきの大きな家を建てて静かな私生活を送りたい……。そんな願望を実現できるだけの余裕がある者が住み集う、いわば住宅村なのだ。昔からその場にあった農村とは、全く性質が異なる。
「ついでに寄って行く時間はありますね?」
ローディアやバンクラーナを振り返ってから、カヘルは標識がメムイー村を示す方向、右脇の分かれ小径へと軍馬を向ける。
位置的にはトロモーンの町のすぐ手前、いくばくも離れていない。村壁をくぐると、小さな石積み家を利用した駐在巡回騎士の詰所があった。中に警邏部長チャスタスに派遣されていた第七分団員の三人がいて、実に所在ない様子である。
「スウィーンさんのお宅を訪問したのですが、病気でふせっているとのことです。面会はできていません」
四枚目の小切手振り出し人スウィーンは、ここメムイー村でも屈指の豪邸に住む七十代の女性で、資産家の寡婦なのだという。長く病床にあって現在も寝たきり、お話はできそうにありませんと使用人に言われて巡回騎士達は食い下がれなかったようだ。
仕方なく彼らは周辺住民に話を聞き、スウィーンの周辺情報を得ようとした。実際に引きこもり状態である裏は取れたものの、名宛て人ヤフィルに心当たりのある者は皆無である。
「それでは仕方ありません。私が寄ってみますから、捜査本部に帰営してここまでの調査結果をチャスタス侯に伝えて下さい」
三人の第七分団員を列石群に向かわせ、カヘル一行はスウィーン邸へと歩く。
「むだ足になる可能性も大きいですが、もの珍しさに会ってくれるということもあります」
自らの知名度を認識しているカヘルとしては、ここぞとばかりデリアド副騎士団長の肩書に大いに役立ってもらう気でいた。脇を歩くローディアは、もしゃっと小さくうなづく。
――そう! 首邑デリアドでは、お姉さん層からの歓声が最近めっきり減っているけれど……。ちびっ子からしわしわお婆さん世代にまで、うちの副団長は幅広く慕われているはずなのだ! ふつうの巡回騎士に話すのは気が進まなくても、カヘル副団長なら会ってもいいかもと思ってもらえるかもしれない!
「うーん、どうでしょう。病人は午後から夜にかけて、つらくなる方が多いですから……」
「いや、夜型の婆さんなら調子が出てくる時間帯ですよ」
まじめくさって、バンクラーナとプローメルが無責任なことを言い合っている。
果たして眼前に出現したのは、明るい灰色の飾り煉瓦をふんだんに使った、三階建ての壮麗な屋敷であった。大きな玄関扉の上部壁にくぼみがあり、その中で小さな黒羽の女神像がかわいらしく羽をすぼめている。そして入り口間際の石段脇では、金盞花に小ばらに美女桜……さまざまの花鉢が彩を放っていた。
――すっごい金持ちだ~!! ここんち買ったら、おいくらだろう!?
身分は貴族でも倹しい家庭出身のローディアは、庶民感覚全開で思った。
すう、と重い扉がうすく開いて、年輩女性が顔を出す。
「福ある日を、騎士さま方……。何かご用でしょうか?」
「たびたびお邪魔して申し訳ありません。先ほど別の者がうかがいましたが、スウィーンさんにお聞きしたいことがあるのです」
キリアン・ナ・カヘルを名乗っても、灰色まじりの金髪を結い上げた実直そうなその使用人は、動じたそぶりを見せなかった。
「本当に、おわびのしようもございません。スウィーン奥さまは今日、ずっとまどろんでいるような状態でして」
関節の痛みを和らげるために、医師の処方薬を飲んで前後不覚状態になっているらしい。ひたすら頭を下げる女性使用人に、カヘルは問うてみた。
「ヤフィルさん? ……いいえ、存じませんね。スウィーン奥さまのお友達やお知り合いにはいなかったと思いますが。どちらの奥さまでしょう? え、男の方なのですか?」
困惑の表情を浮かべて、中年の女中は全く要領を得ない様子である。病人に話を強いても収穫があろうとは思えず、お大事にとだけ言い置いて、カヘル一行はスウィーン邸を辞した。




