ヤフィルさんとヤンフィールさん
三組目の巡回騎士たちの報告を聞き終わったカヘルだが、四枚目の小切手の振り出し人・≪メムイー村のスウィーン≫を調べに行った巡回騎士らは、いまだ戻っていなかった。
その時、天幕外側からざわつきが聞こえてくる。チャスタス警邏部長が第七分団基地から戻ったのかとカヘルは思ったが、天幕の中に入ってきたのは数名の巡回騎士たちであった。
「カヘル侯。我々は近隣の共同体にて、行方不明者の一覧名簿を調べてきたのですが」
やや息せき切った様子で、その壮年の巡回騎士は言う。カヘルは先回りしてたずねた。
「≪ヤフィル≫に該当する行方不明者がいましたか?」
「いいえ。ですがカヘル侯とバンクラーナ侯が話していた、≪おしゃれ老年男性≫というぼんやり像に該当する人はいないかと話を振ったら、トロモーンの町職員が食いついてきたんです!」
まさにぴったり当てはまる人物を知っているが、ここ数年ほど全く姿を見かけないからどうしたのだろう、とその町職員は思っていたらしい。地元トロモーンでなくルウェータの町に住んでいると聞いていたので、行方不明になっているとはつゆとも考えなかったそうだ。
「町職員の知人であるその人は、ヤンフィールという名前だそうです。つづりが……」
巡回騎士がゆっくり言うのを筆記布上に書きつけながら、ローディアはおやっと思う。
「……東部系の方ですね?」
カヘルに問われて、巡回騎士はうなづいた。
「そのトロモーン町職員が聞いたところによれば、何世代も前に東から移住してきた人々の子孫なのだと。ヤンフィール氏自身はデリアド生まれのデリアド育ちで、ほぼイリー人の見かけをしていたそうです」
カヘルはうなづき、次いでローディアの手元をのぞき込みながら考える。
――仮に、トロモーン町職員の知人ヤンフィールが我々の探す白骨死体の正体であり、ヤフィル当人であったとして。ヤフィル、と言うのは珍しくないイリー個人名だ。世代を越えて、男女どちらにも広く使われている。そしてヤンフィールという、いかにも東部風の名前によく似ている……。
例えば≪ヤンフィール≫という珍しい東部系の本名を、周囲の人々に憶えてもらいやすいよう、イリー風に≪ヤフィル≫と縮めて呼称にしていたのなら、ごく自然なことだろうと思えた。しかし見たところは逆である。
――ヤフィルというイリー的な本名を持つ男性が、ヤンフィールという呼び名を使っていたのだろうか?
と言うのも、小切手にヤフィルと表記されているからには、名宛て人の本名はヤフィルでしかない。金融機関で小切手を現金化する時、名宛て人と身分証明書の戸籍上本名とは、完全に一致していなければならないのだから。
イリー系にしか見えない老年男性が、わざわざヤンフィールという異国的な呼び名を使っていたと言うのは、ありえなくはないが妙な話だと感じられた。小さな引っ掛かりが、カヘルの興味をかき立てる。
「……全くの別人という可能性もありますが、人物像と名前の相似が気になります。そのヤンフィールなる男性について、もう少し詳細を調べてみましょう」
すいっと立ち上がったデリアド副騎士団長に冷やっこい青い視線を向けられて、報告した巡回騎士は思わず一歩退いた。
「はっ。では我々は折り返し、トロモーンへ……」
「いいえ、私が行きます。町職員はどこの課の人ですか?」
腰にいぼいぼ戦棍を引っかけながら聞いているカヘルを、周囲の西域第七分団員たちは驚きの目で見た。
首邑から来たこのおえらい若侯は、捜査本部にふんぞり返って報告を受けるだけだと彼らは思っていたのである。それなのに、自分でひょいひょい聞き込みにも行くらしい……。本部の幹部って、こんなに足軽く動くもんなんだ?? と目を見張っていた。
――他はどうだか知らないけれど、うちの副団長はこれが普通なのさー。
手早く携帯筆記具をまとめながら、ローディアはちょっとだけ胸を張る思いである。いやすでに分厚い胸である、これ以上張らなくっても十分に圧巻だ。
じきに戻るであろう警邏部長チャスタスへの伝達を頼み、行方不明者との照合続行を第七分団員に言いつけてから、カヘルと直属部下およびファイーは天幕を後にした。
「ファイー侯。監視のために、ここ列石群に残らなくてもよろしいですか?」
道沿いの楡の木に長くつないであった、黒い公用馬に向かいかけたファイーにカヘルは問う。同行して欲しい本心と、真逆の質問をしなくてはならないのが苦痛だった。
「これだけ第七分団員がいるのですから、心配はいらないでしょう」
女性文官は乾いた調子で言い、肩をすくめる。
「カヘル侯のお邪魔になりそうなら、本官は残りますが――」
「同行してください」
きりっと切りかぶせるようにして、カヘルは言った。ファイーが例の叡智の目でうなづく。




