03 旅立ち
窓から射した光が覚醒を促す。ぼんやりとした頭で目を開くと、
「あれ、なんでこんなとこで寝てんだ?」
何故か床で寝ていて、とそこで思い出す。昨日は魔王が空から降ってきたのでベッドを貸したのだった。
――――うん。今更ながら、凄い状況だと思う。
まぁ、考えても仕方ない。朝食でも、…………あぁ、今日から2人分なのか。
「置いておいた食材じゃ少し足りないか」
仕方ない、少し荷を崩すか。
――――何がいけなかったかといえば、自分1人だけではないと、ちゃんと理解できていなかったという事だろう。
つまり、着替え中だったのだ。
朝の森に悲鳴と爆発音が響き渡った。
ガツン、ゴスッ、ドッ。
そんな音が家に響き渡る。悪かったのは自分とはいえ、家が壊れなくてよかった。
――――現実逃避をし続けるわけにもいかないだろう。これが何の音かと言えば、俺が殴られ続けている音、などではなく。
料理をしているらしい。
「昨日のお礼に、今日は私が作るね」
そう言って台所に入り、食材に包丁を振り落とした。
魔王を倒すべく繰り出した勇者の一撃を彷彿とさせる(見たことはないが)包丁捌きは、未だに収まらない怒りをぶつけているのかとも思ったが、どうやら違うらしい。どう見ても、真剣な顔をしている。――――少しひきつっているが。
少しアドバイスを、と思ったら睨まれた。…………大人しく待っていろという事なのだろう。
ジュアー、ゴポゴポ、コプン。
炒めているのか、煮込んでいるのか、焼いているのか、痛め付けているのか。フライパンを使っているのは確かだが。
火が強いのだろう。食材が焦げた、というよりは寧ろ燃えている匂いがする。
――――音が止まった。
料理は終わったのだろうか?そう思った時、
「…………火力が足りない」
そんな声が聞こえた。
「は?」
そんなはずはない。なにせ自分はそこで10年以上も料理をしているのだから。
嫌な予感がする。だんだんと魔力が集まっているのだ。
「ちょっと待て!」
そんな静止の言葉も虚しく、
「ファイアー!!」
魔法は放たれたのだった。
食材が蒸発しただけですんだのは奇跡と言えるだろう。
「料理の経験はありますか?」
「…………今回が初めてです」
「何故、料理をしようと思ったのですか?」
「…………お礼がしたかったからです」
「何故、料理にしようと思ったのですか?」
「…………昨日のご飯が美味しかったので、女のプライド的なものが」
「それで、プライドはありましたか?」
「…………ありませんでした」
「そうですか」
「…………申し訳ありませんでした」
と、まぁこんなやり取りがあって。
「最初は誰でも失敗するから。少しずつやっていこう」
初めての料理は昼の弁当も兼ねて、大量のサンドイッチになった。
「えー、今から旅に出ます。先ずは情報収集と炉銀稼ぎの為に、ライオネットに向かいます。今から出れば、途中休憩をはさんでも夕方には着けるので頑張っていきましょう」
「おー!」
「では出発…………」
「馬は」
「はい?」
「馬はないんですか?」
「そんな高価なものはありません」
昼になった。
「そろそろ、お昼にしようか」
「わーい」
程好い木陰を見つけたカティは何やら魔法を使い始める。
「何やってんの?」
「虫除けの魔法」
「何それ?」
「えーと、虫が苦手とする類の音を発生させる魔法なんだけど…………」
そんな事を話ながら休憩をして、ちょうどサンドイッチが半分に差し掛かった時だった。
ズシン。
森から音が消えた。
ズシン。
何か巨大な物が近付いて来る音がする。
ズン、ズン、ズン。
一直線にこっちに向かってきているのは、匂いに反応したのか、気配に反応したのか、魔法に反応したのか、
――――音に反応したのか。
「移動するぞ!」
魔法を解除し、荷物を掴んで立ち上がる。
「あ、待って!まだサンドイッチが――――」
バキバキ、グシャ。
現れたそいつは、俺たちがさっきまでいた木をなぎ倒し、持ちきれなかったサンドイッチを潰した。
そいつは、巨大なサイだった。おそらくはサイが魔物化したものだろうが、どちらにしろこの地域にはいないはずのものだ。
となれば、誰かが連れてきたか、もしくは――――
とにかく、こちらは徒歩。逃げ切れるとは思えない。となれば倒すしかない。
「仕方ない、やるぞ」
「…………ない」
「カティ?」
「許さない!よくもサンドイッチを!」
「あー、はいはい」
これは、料理の時と同じで、止められないのだろう。なら、周りに被害が出ないように結界を張るのが俺の役目か。
ジョワッ。
サイが消えた。というか蒸発した。
「さて、逃げるか」
「ふが?」
「食べるの早いよ!?じゃなくて、こんな所でこんな強力な魔法を使えば、城の兵士が派遣される。ややこしくなる前に逃げるぞ!」
「もぐ。うん、わかった。はい、あーん」
「むぐ。はむっ、うん美味い」
とりあえず、かすかに見えてきた街に向かって走ることにした。