02 目覚め
最初に感じたのは、何か温かい物に包まれる様な感覚。
次に、額にきた冷たい刺激。
そして、何だか良い匂い。
(くぅ〜)
「…………お腹すいた」
その呟きに、思いがけない返答があった。――忍び笑いという形で
「っ!」
予想外の事態に一瞬体が強張り、その振動で額に乗っていたタオルが落ちる。
ここは何処だろうか?そもそもなんで――と考えた所で声がかかる。
「悪い、驚かせるつもりはなかったんだけど、第一声がそれだとは思わなくて」
声の主、未だ口元に笑みを張り付けた眼帯の男は続けて、
「それより、痛い所はない?」
そう言われて思い出す。
(落ちて、魔法を――)
そこから記憶がない。つまり、魔力が切れて気を失ったのだろう。とすると
「あれ?生きてる」
あの高さだ、当然落ちたなら只ではすまない。
「確かに、あれは危なかったかも」
「助けてくれたの?」
「頑張った」
「……どうやって?」
「頑張って?」
そう言う彼が何だか可笑しくて、つい笑ってしまった。
「ふふふっ。……どうしたの?」
「な、何でもない!それより」
何であんなことに、と続けようとして
(くぅ〜)
『…………』
「とりあえず飯、食べる?」
「…………(コクッ)」
『いただきます』
「はむっ、…………おいしい」
「口にあって良かった。他人と食べるのは久し振りだったから、味覚がおかしくなってるんじゃないかって心配だったんだ」
すると、何だか決意の籠った言葉がきた
「もしかしなくても、手作り?」
「…………まぁ、一人暮らしだし」
「…………そう」
何故か重くなった空気を祓おうと、食後にデザートを出したら、信じられないものを見た様な顔をして、何だか『じと〜』っとした目で見られた。
残さず食べてたから不味かった訳じゃないと思うのだが。
――閑話休題
「とりあえず、自己紹介からいこうか。俺の名前は、トーリ・グレイシス。今日付けで『勇者』だ」
「私はカティシア・アルトバーン。その…………『旅人』?」
なんだろう、きっと嘘はついてないんだろうけど、とても胡散臭い。
『…………』
「…………まぁ、いいか。それで、無謀にも全魔力を使いきっての転移の理由は?」
「えっと、とりあえず城から方向だけ指定して、ちゃんと落ちても大丈夫なように魔力を少し温存しつつ思いっきり転移したら、お城の上に出ちゃって、流石にそこに降りるのは不味いなぁって、慌てて更に転移したら魔力が切れました」
あはは。と笑っているけれど、こちらはそれどころではない。
――――さて、今『城』という単語は何回出てきたでしょうか?そう、2回ですね。では、一般にお城と呼ばれている建物の数は?はい、2つですね。じゃあ、そのお城の名前は、ライオネット城と?
「…………魔王城?」
「ふぇ!?な、何のことかな?」
「えー、魔王城からここまでの距離がだいたい「だから魔王城じゃ」だから、必要な魔力は「ねぇ、無視は良くないと思う」位、ってあり得ない量だな。これは魔王「ひぅっ」」
『…………』
「そう言えば、アルトバーンって」
「うぅ、――実は最近魔王としての仕事が面倒になってきて。お見合いしろ〜とかもう」
「家出かよ――って魔王!?」
今の魔王っていったら、10年近く前に代わったあれだろ。どう見積もった所で俺もこいつもまだまだガキだろうに。
「はい。魔王、です」
「えー、本日もご機嫌麗しゅう?」
「むー、そこはかとなくバカにしてるでしょう」
「まぁ、そこそこ」
「魔王、なんだよ?」
「そうみたいだな、威厳はあまり感じられないけど。つーか、年齢的に嘘臭いっていうか、でもこんな嘘を吐く理由もない訳で、やっぱりお前は魔王なんだろうよ」
「…………いろいろとね、あったんだよ」
ふふふ、と乾いた笑みを浮かべているのが印象的だった。
「そう言えば、私が寝てる時に誰か来た?」
――――それは、さっきから感じていた少しばかりの違和感。
「いや、誰も来てないけど。どうした?」
――――魔力切れで倒れた私が、あんなにも早く回復することができたのは、魔力を補充してもらったから。
「今日、勇者になったっていってたから。私のせいで迷惑かけてないかって。まぁ、今更だけど。それより、荷物まとめてあるけど、旅するの?魔族領に行く予定、ない?」
――――そして、ほんの僅かだけど、魔法を行使した形跡がある。
「まぁ、あるけど。何でだ?」
――――彼の瞳は蒼で、私は紅。
「命を助けて貰ったお礼をしようって思って。はい」
取り出したのは、白く輝く勇者の証と対になるよう作られた黒く輝くアクセサリー。
「これは?」
「黒騎士の証。簡単に言えば魔族版の勇者の証。これが有れば、旅がしやすくなると思うよ。私は魔王だからね、ちょっと職権濫用気味だけど」
「そうは言っても、俺は魔族じゃないぞ」
「魔王の命を救ったって言えば、誰も文句は言わないよ。それに、紅い魔力……使えるんでしょう?」
――――私を治療した紅い魔法の使い手は、おそらく彼しかいないのだから
「紅い魔力……使えるんでしょう?」
とっさに眼帯を押さえてしまったのは失敗だった。
「別に、どうこうしようって訳でもないし、言いたくなければ詮索もしないよ。お礼をしたかっただけだから。改めて言うね。助けてくれてありがとうございました」
こんな笑顔を真正面から見てしまったのも失敗だった。
「旅、付いていってもいい?」
――――この言葉を断る理由が、どこにも見当たらなくなってしまったのだから。