01 突然の落下物
条約の締結から10年。それは、当事何も出来なかった子供たちが、今では自ら考え、何かを為す事が出来る、そんな時間だ。
条約締結時に両国のの境界線上に作られた記念公園、そこに植えられた苗木は今、青々とした葉をつけ、中心には天まで届けと言わんばかりの樹がそびえ立っている。
しかし、種族間の遺恨といったものは未だ残っている。いや、長年続いた争いの染みが落ちることはないのかもしれない。
それでも、両種族が共に働き、過ごしているのを見ることが出来るようになったのは、大きな進歩だと言えるだろう。
そんな時、また1人新たな勇者が生まれた。
「トーリ・グレイシスそなたに『勇者』の称号を与える」
和平条約が締結した今、勇者という役割は変わりつつある。
かつては、魔王によって脅かされていた世界に平和と秩序を取り戻すために、魔王討伐の旗のもと立ち上がった人間を指していた。
しかし、魔王討伐の必要が無くなった今は、この平和を継続させ、より良い世界にするための一定の権限を持つ者のことを指す。(いつまた戦争になっても大丈夫なように一定水準以上の戦力を選抜している、という一面もないことはないのだが)
――ようするに、簡単に言うところの『正義の味方』である。(魔族側にはこれと同じような称号として『黒の騎士』というものがあり、勇者はそれに対応して『白の騎士』と呼ばれることがある)
『始まりの街』と呼ばれるライオネット。勇者選定の儀が行われる、その街の後ろに広がる森と、そびえる山々の間に隠れる様にひっそりと建っている家がある。そこは、ライオネットから約半日といった場所にありながら、道の険しさ(複雑さ)のために人が寄り付かない場所である。
そんな場所にある家に住んでいるのが、最新の勇者であるところのトーリ・グレイシスである。
馬車が通れる様な道ではないため、送迎を辞退したトーリはのんびりと道を歩いていた。
(…………ん?)
トーリは、何かに気付いた様に立ち止まり、辺りを見回す。
しかし、見回した先に望むものはみつけられず、気のせいだったと家に帰ろうとした時、
「に゛ぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
(何だ、猫か…………っな訳ないだろう!)
声のした方を見ると、何かが落下してきている。そして、その落下物から、何かしらの魔法が発動されそうになり、そのまま落ちる。
(くそっ、魔力切れかっ!)
トーリは走りながら意識を集中させる。自らの魔力を媒介に世界に呼びかける――望むは『風』。地面からの上昇気流を発生させ、落下速度を落とす。その副産物として生まれた風でトーリは速度を上げる。更に、魔力で身体を『強化』し跳躍――落下物、もとい、女性を地面すれすれで抱き抱え着地。
「セーフ」
女性を見ると、魔力を使いきった為だろう、気を失っている。
キャッチ&リリースという訳にもいかないだろう。まぁ、幸いにも家はすぐ近くだ。
トーリは女性を背負い、家を目指すことにした。
家に着いたトーリは背負ってきた女性をベッドに寝かせる。
気を失っている原因は魔力の欠乏であり――まぁ、放って置いても勝手に治りはするのだが――処置として必要なのは魔力の補充だ。
だが、ただ魔力を補充してやればいいという訳ではない。人にはそれぞれ、身体に合った魔力というものが存在するのである。それは、大まかに3つある。
1つは、目が黒い、魔法が使えないものが体内に持つ、大気に充満している透明な魔力。
2つ目は、目が蒼い、魔法が使える人族が、体内で透明な魔力を変換した蒼い魔力。
最後は、目が紅い、魔法が使える魔族が、体内で透明な魔力を変換した紅い魔力。
本当はもう1つあるのだが、それは置いておくことにしよう。
つまり、先ずは本人が3つのうち、どのタイプかを確認する必要がある。
そして、彼女が欲しているのは紅い魔力。
これが、その場で応急処置をしなかった理由の1つである。
次に、魔力の補充だが、これには幾つかの方法が存在する。
一番ポピュラーなのは、市販の魔法薬である。
これがない場合は、同じ魔力を持っている事限定だが、魔力の籠った血を魔法薬の代わりとして飲ませる。魔方陣などを併用し、高密度の魔力を浴びせかける。などの方法がある。
また、これも同種の魔力限定だが、粘膜同士の接触――いわゆる、性交渉などである――というものもあるが、これも置いておく。
戦争の原因の1つは、こういった互いの魔力が相容れないということも有ったのだろう。
とにかく、トーリの目、眼帯をしていない右目の色は蒼。つまり、魔法薬に頼るしかないわけだが、何故か魔法薬を取り出す様子はない。
すると、トーリは左目の眼帯を外し、手を女性に向ける。左目に有るのは紅い目、トーリから紅い魔力が溢れだし、制御されて女性の身体に吸い込まれていく。
これで、応急処置は終わり。しばらくすれば目を覚ますだろう。
(何か腹減ったな)
とりあえず、夕飯を作る事にしよう。