1.自由の生業。
「しかし、平民になったのは良いけど何すればいいんだ?」
俺はボンヤリと王都の街を歩きながら、そんなことを独り言ちる。
国王陛下に地位の返上を申し出て、丸一日が経過した。とりあえず必要な衣類などをまとめて、屋敷を出たのが昨日の夕方。適当に宿を見つけて部屋を確保したのは良いが、今後の方針というのがまるでなかった。とりあえず持ってきた資金で、一ヶ月は食うに困ることもないだろう。
「でも、問題はそこから先……だよな」
しかし裏を返せば、一ヶ月しか猶予がないということだった。
そこまでに仕事を見つけなければ、完全に路頭に迷ってしまうことになる。だけども元貴族の自分が気安く働ける場所など、あるのだろうか。
それに転生前――西園拓斗であった頃は、平々凡々な営業マンだった。
飛び込みにこそ無駄に慣れているが、それだけでしかない。
「異世界で営業職なんて、イメージが湧かないよな」
……そもそも、あるのか?
そんなことを考えていたら、日が昇っていたのが昨日のハイライト。とにもかくにも、右も左も分からないのでは仕方がない。そう考えて街に繰り出したまでは良かったのだが、結果はわざわざ述べる必要性も感じられなかった。
そんなこんなで、俺はいま中央広場の噴水前の長椅子に腰かけている。
空は雲一つもない快晴で、人の往来も活発だった。
「手当たり次第に声をかけても、成功するなんて思えないしな。そうなってくると、いよいよ何もなくなってくるわけだけど……ん?」
そう思って頭を悩ませていると、不意にこんな会話が耳に届く。
「さて、今日もクエスト頑張るぞ!」
「夜になったら酒場で宴会よ!」
「賛成!!」
それは武器を手にして快活に笑う一団だった。
彼らの姿を見送って、俺は少しだけ考える。
「なるほど、冒険者……か」
――冒険者。
ダンジョンで魔物を倒すなど、依頼をこなすことを生業とする人々。
常に自由であることを理想として掲げ、完全な実力主義の世界であることも知られていた。この【アンリミテッド:ワールド】の世界でも、それは例に漏れず。冒険者たちと協力する展開も用意されていたり、そこから騎士団に入る者もいたはずだった。
「そういえば、たしかアクアは才能だけは人一倍、だったよな」
そこでふと、俺は自分が転生したアクアの設定を思い出す。
彼は幼い頃から『神童』と呼ばれ、事実その才能は作中随一だった。もっとも『才能だけ』しかなく、努力というものを嫌っていたが。ただし少なくとも、現時点で並の人々よりも戦闘技能には秀でているはずだった。
それならば、あるいは――。
「試してみる価値はあり、か」
俺はそう結論付けて、立ち上がる。
そして、真っすぐにある場所へと向かうのだった。
◆
「……ここがダンジョン、か。気味が悪いな」
たどり着いたのは、王都の程近くにあるダンジョン。
上層は比較的誰でも苦にすることはないが、当然ながら下層へ行くほどに魔物のランクは上昇していく。それというのも、魔素という特別な物質やら何やらが関係しているとか。とにかく下層の魔物は上層の魔素では生存できない、とのことだった。
俺は先遣隊が設置した魔法の松明を頼りに、奥へと進んでいく。
現在地がどのくらいなのか。それは分からないけれど、まだそこまで深くは潜っていないはずだった。
「うーん……なかなか、魔物に遭遇しないな」
そして、運が良いのか悪いのか。
息巻いて突入したまでは良しとしても、小一時間ほど魔物とは遭遇していない。それが異変なのか、そういったものなのか、というのも分からないままだ。
しかし今さら、何の成果もなしに道を戻るのも勿体ない気がしてしまう。
「元貴族とも思えない貧乏性だけど、こればかりは仕方ないよな」
何故なら、中身は正真正銘の小市民なので。
などと考えているうちに、俺は少しばかり開けたドーム状の空間に到達していた。どうやら先遣隊の松明もここで途切れているので、現状での最下層に到達したらしい。
魔物にちっとも遭遇しなかったのは、おそらく彼らが先んじて倒したからだろう。
「なんだよ。……骨折り損のくたびれ儲け、ってか」
だったら本当に、そういうことになる。
俺はしばし考えてから、ゆっくりと後ろを振り返って――。
「…………ん?」
来た道を戻ろうとした。
その時だ。
「お……おお、おおおおおお!?」
地響きが鳴り渡り、背後から凄まじい叫び声が聞こえたのは。
言うまでもなく、人間のそれではない。ちょっとした興奮を胸にまた振り返ると、声の主の正体がすぐに分かった。それというのも――。
「うおおおおお! すげええええええええ!!」
――あまりにも、巨大なドラゴンだった。
いったいどこから出現したのかというのは、とりあえず端に置いておこう。とにもかくにも、いま俺の目の前には大きな眼でこちらを睨め付ける竜が存在していた。
裂けるような口の端からは、常に炎が零れている。
ドーム状の空間をいっぱいに飛び回るそれは、幾度となくこちらを威嚇していた。
「どうする。……逃げるか?」
その威圧感に、その可能性が脳裏をよぎる。
しかしすぐに首を左右に振って、俺は自然と口角を上げていた。そして、
「いいや。こんなチャンス、滅多にないって……!」
武器屋で調達してきた新品の剣を構える。
このような経験、転生前はしようがなかった。それなら――。
「楽しまなきゃ、損だろ!!」
そう考えて、俺は駆け出すのだった。
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