7.舞踏会の後
舞踏会に現れた精霊とエルフの女王が衝撃的な宣告をして去った後、各国から集まった王族や重鎮達は会談を繰り返し、こぞってチオダ皇室を非難した。
そして皇城ではさらに絶望的で馬鹿馬鹿しい話し合いが日々繰り返されていた。
なぜセレナ嬢を無実の罪で裁いたのか、なぜあれほどの刑を科したのか、なぜ誰も止めなかったのか、なぜ皇帝は第二皇子の愚行を追認したのか。
何度も何度も同じ質問が繰り返され、その度に出る結論を否定するためにあらゆる可能性を模索し、結局なに一つ変わらぬ答えにただ絶望して恥じた。
『セレナが平民であったから』
結局はその一言に集約する。
平民であったから、婚約を破棄したかった。
平民であったから、無惨に殺しても構わないと思った。
平民であったから、皇帝も気に留めなかった。
平民であったから、神殿も聖女を軽んじていた。
平民であったから、ほぼすべての貴族が見下しあざ笑っていた。
貴族と平民の身分差を否定する者はいない。
だが平民を軽んじた結果、全てのヒト族に災厄をもたらす決定的な間違いを犯してしまった。
そんなことを各国の代表達に説明するのか。
あまりにも馬鹿馬鹿しい現実を否定するために不毛な議論が繰り返され、結果として皇室と神殿の権威が下がり続けるのだった。
「セレナ嬢が平民だから、冤罪でもあのような刑罰を科したのですか?」
帝国評議会の議場において、評議員の1人である公爵からの何度目かのその問いに憔悴しきった第二皇子は答えた。
「その通りだ」
「刑罰をあそこまで苛烈にした理由はなんですか?」
皇太子派の筆頭でもある公爵は第二皇子に容赦するつもりなどない。
この機会に完膚なきまでに叩き潰し、自ら首を差し出すくらいまで追い込む心算であった。
万が一皇帝が息子の身代わりになると言い出したなら、皇太子に皇帝の位が移ることになる。
新皇帝の治世において現第二皇子の発言権などかけらほども残すものかと、あえて皇子の心を抉るような質問を繰り返した。
「……マリアーネを大事にしていると周囲に示すために、より強い罰が必要だと考えた」
「あえて言葉を悪くして尋ねますが、マリアーネ嬢に格好をつけるためというのもあるのでは?」
「……その点も否定できない」
項垂れたまま答える第二皇子。
「周囲に対する見せしめではなく、政治的な思惑があったわけでもなく、ただ不貞関係の令嬢の気を引くために斯くも無惨な刑を言い渡したと。いやあ嘆かわしいですな。仮に殿下が皇位を継承するようなことがあればこの国は暗黒の時代を迎えていたことでしょう。身を挺して暴君の芽を摘んだセレナ嬢は我が国の歴史に名を刻むべきかもしれませんなあ」
あまりにも不敬な発言だが、皇帝からも他の評議員からも咎める声は上がらない。
言い方はともかく公爵の言っていることに間違いはないのだ。
第二皇子を叩き潰すだけでなく、この機会に皇帝の権威を少しでも削ごうと思っているのは公爵だけではない。
発言者が変わろうとも皇子への非難は変わらなかった。
憎しみを隠そうともしない公爵をはじめとした、評議員達の容赦ない質問にさらされ、自ら当時の動機や心情を告白させられた皇子の心は決壊寸前だった。
そんな皇子の心が奮い立つのは、愛するマリアーネに話が及んだときだけだった。
「そのマリアーネ嬢が真の聖女ということは……なさそうですな。精霊様やエルフの女王の態度を見るに、明らかに偽物でしょう」
公爵の後を引き継いだ評議員が言った言葉に皇子は久しぶりに声を張り上げた。
「違う!マリアーネこそ真の聖女だ!彼女は学園で何度も癒しの力を使っている。目撃者も大勢いるだろう」
マリアーネが癒しの力を使えるようになったのは社交界でも有名な話だ。
「そういえば、セレナ様から癒しの力が弱くなってきていると報告を受けたのが、ちょうどマリアーネ嬢が殿下に近づきはじめたのと同じ頃でしたな」
誰かが言った。
セレナをセレナ様と呼び、セレナから報告を受ける立場ということは神殿の関係者だろう。
マリアーネがある時を境に、あからさまに皇子に接触し出したのは有名な話だ。
学園内で高位の貴族令息達に過剰な接触を繰り返し、婚約者の前であからさまな態度を見せつけていたマリアーネの悪評は学園の女生徒なら誰もが知るところだった。
そしてとうとう彼女はこの国で最も高貴な学生である皇子に接触を始めた。
それまで多少傲慢ではあったものの皇族としての気品と矜持に満ちていた皇子は、平民聖女を寵愛こそしないものの無碍に扱うことはなかった。
しかしマリアーネが接触し始めると次第に傲慢ぶりがエスカレートし、平民聖女を露骨に見下し虐げるようになっていった。
貴族として分不相応な平民学生を嘲笑するのは学園の中では当然の娯楽であったから、皇子の変貌も大して気にならなかった。
そしてマリアーネが癒しの力を授かったということ、それによって彼女こそが真の聖女であると男子生徒が持て囃していたことで、皇子は露骨に平民聖女から距離を置き、マリアーネに婚約者を変更したいと周囲に話すようになった。
マリアーネに癒しの力が与えられたのと同時期に、セレナから癒しの力が失われ始めた。
男子生徒の目にはマリアーネが真なる聖女というふうに映ったが、女生徒の中には『あの泥棒令嬢が平民から聖女の力を盗んだに違いない』と囁き合う者も多かった。
先ほどの神殿関係者の言葉で議場にいた誰もが同じ疑念を持ったことだろう。
そしてそれは皇帝も同様だった。
「ミヒャエルよ、マリアーネ嬢を連れて来なさい」
皇帝が疲れ果てた声で第二皇子にそう言った。
先日の舞踏会が始まった頃の威厳はもはや微塵も感じられない。
毅然とした態度はなりをひそめ、現実を受け止めるたびに目を瞑ってため息をついていた。
ある種の覚悟すら感じるその様子に、もはや皇子を切り捨てるのは決定事項なのだと誰もが理解した。