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5.追放聖女セレナ

 チュンチュンと小気味良く歌う鳥の声に意識が呼び起こされるのを感じる。

 良い睡眠をとれた朝は目が覚めてすぐに意識が覚醒する。

 今日は良く眠れたらしい。

 「…………」

 見慣れぬ天井。

 天井というよりも木の枝が密集して部屋の上部を覆っているような、不思議な光景だった。

 ここはどこだろう?

 セレナはしっかりと覚醒したものの、見慣れぬ部屋にもしかしてまだ夢を見ているのかと身体を起こす。


 「おはようセレナ姫」

 ふいに目の前に光る小人が現れた。


 「おはよー」

 「おはおはー」

 「お元気そうでー」

 「なによりー」


 次々に光る小人が現れて、セレナの鼻先でクルクルと光の球が舞った。

 ふふ、と笑みをこぼしてセレナは、これは夢に違いないと確信した。

 「こんにちは可愛い妖精さん…いや、精霊さんかな?私のことを知ってるの?」


 「知ってるよー」

 「知ってるよー」

 「神界のアイドル、セレナたん」

 「セレナたん」

 「マイラブ」


 光る小人は両手を広げてクルクル飛び回り、セレナに親愛の言葉を投げる。

 あまりの愛らしさにセレナは人差し指を光る球の一つに寄せた。

 その光の球の中心で舞っていた小人がセレナの人差し指に着地して優雅にお辞儀をする。

 「はじめましてセレナ姫。僕達を見ても驚かないんだね」

 可愛らしい容姿と優雅なお辞儀にまた笑みをこぼして、セレナは精霊に答える。

 「ええはじめまして。こんなに可愛い精霊さんに会えるなんて、私の夢にしては上出来だわ。このまま目が覚めないでほしいくらい」


 「あららー」

 「らららー」

 「夢だと思ってるー」

 「思ってるー」

 「ピュアハートすぎー」


 周りを飛び回りながら精霊たちが囃し立て、セレナの指先に立っている精霊が大仰に両手を広げる。

 「驚くことにこれは現実だよセレナ姫。僕達は君に会いにやってきたんだ」

 「……げんじつ?」

 セレナは言葉の意味を失念してコテンと首を傾げた。

 現実という言葉と眼の前の光景が一致しない。

 「そう。僕達は神界からやってきた精霊さ。恩寵の姫…君達のいうところの聖女だね。その聖女である君を助けるためにこの世界に顕現したんだよ」

 指先の精霊は両手を広げてクルクルと回りながら続ける。

 「君はずっと酷い仕打ちを受けてきた。もう今までのようにヒト族に囚われることはない。ここはエルフの里なんだ。ここには君をいじめる奴はいないよ」

 その言葉にセレナは自分の日常がいかに酷いものであるかを思い出して悲しくなった。

 そして何かが胸の奥にズシリと重くのしかかった。

 その胸の重石がどんどん大きくなってきて、グルルルという獣の声が耳に蘇る。

 その唸り声は眠る前に聞いたもので、その声に誘われてあの時の光景が脳裏に蘇った。

 森の中で尻餅をついたまま後ずさるセレナを囲む狼型の魔獣の群れ。

 噛み砕かれる身体。

 咀嚼される内臓。

 苦痛と恐怖の中で段々と意識が薄れていく感覚。

 そして。


 「いやあああああ!!!!!」


 突然蘇った恐ろしい記憶に思わず目を閉じ悲鳴を上げた。

 「いやだ!いやだあああ!…痛い…痛いよお!…いやあああああ!!!!」


 「お、落ち着いてー」

 「セレナ姫ー」


 泣き叫ぶセレナに精霊達はあわわわと縦横無尽に飛び回る。

 狂乱状態のセレナを鎮めたのは暖かい抱擁だった。

 泣き叫ぶセレナを抱きしめたエルフの女は、セレナの肩と頭を撫でながら、大丈夫だと繰り返し囁いた。

 執務室にまで届いたセレナの悲鳴を耳にした女は、転移の魔術を使用してセレナのそばに転移した。

 転移は最高位の空間魔術でそれなりに疲労するのだが、尋常でない悲痛な叫び声に胸をかき乱され、すぐさま転移の魔術を使った。

 髪を振り乱して泣き叫ぶセレナをしっかりと抱きしめて背中をさすってやる。

 頭に優しく口づけをして髪を撫で、大丈夫だと繰り返し囁く。

 かつて子供達を育てていた時のように、腹の底から熱い感情が湧き上がってきて涙が出そうになる。

 やがてセレナの体から強張りが抜け、力尽きて微かな寝息を立て始めると、女はセレナをベッドに優しく横たえた。


 掛け布をかけてやり、額に浮いた汗を拭って前髪を優しくかき分ける。

 安らかに眠れますように。

 これからこの子の世界が優しくありますように。

 この子の心が二度と痛がりませんように。

 祈りの言葉を口にして、ふと女は自分が随分と心を寄せていることに気がついた。

 まだ一言も言葉を交わしたことのない少女に、どうして自分はここまで感情移入しているのだろう。

 おそらく精霊達が無条件にセレナを愛しているのを見て、自分もまた無意識にセレナを大切に感じていたのだろう。

 帝国のクズどものあまりの酷さにセレナへの好感が増していたのもあるだろう。

 精霊達の溺愛がうつっただけだと苦笑して立ち上がる。


 「エイダリア~」

 「ありがと~」

 「ごめんなさい~」

 「僕達じゃ抱きしめられないから~」

 「ニンゲンって体でか過ぎ~」


 精霊達が女、エイダリアの前をブンブン飛び回りながら感謝と謝罪を口にする。

 「全く、あなた達は万能なのか無能なのかよくわからない」


 「ひどい~」

 「どいひ~」


 すぐ目の前を飛び回りながら猛抗議する精霊達をうっとうしそうに手ではらいのけ、エイダリアは椅子を持ってきてベッドの傍らに座る。

 今度はこの子が目覚めた時にすぐ抱きしめてやろう。

 ここは安全であるとまず伝えよう。

 今日は仕事をしないでこの子の傍らにいることにした。


 結局1時間もしない内にセレナは再び目を覚ました。

 ん…と微かな声に目を向ければ、セレナの瞼が震え、うっすらと目を開けた。

 すかさず精霊達がセレナの目の前を飛び回り、それに見惚れたセレナが目を大きく見開く。

 セレナの頭を優しく撫でてやると、おどろいたセレナが顔を向けた。

 安心してほしくて笑顔を作り、もう一度頭を撫でる。

 「おはよう。ここは安全だよ。身体を起こせるかな?」

 そう聞くとセレナはおずおずと身体を起こした。

 もう一度頭を撫でてから、椅子から腰を上げてセレナの頭を優しく胸に抱く。

 「ここはエルフの里。ここには怖いものは何もない。セレナを愛する精霊達といっしょにここで暮らそう」

 しばらく大人しくしていたセレナの体が、小刻みに震え出した。

 エイダリアの言葉にまた死の瞬間を思い出したのだろう。

 エイダリアの服がぎゅっと掴まれ、エイダリアはセレナの頭を抱く腕に少しだけ力を込める。

 セレナの震えは徐々に収まっていき、そしてエイダリアの背中に腕を回して抱きついてきた。

 「ここは怖くない。ここは安全。セレナを傷つける者はもういない。私や精霊達がセレナを守る。ここは怖くない。ここは安全ーー」

 背中をとんとんと優しく叩きながら、幼子に言い聞かせるように囁く。

 しばらくグスグスと鼻を啜る音が聞こえていたが、やがてそれも収まって背中に回されていた腕が解かれた。


 腕の中にあったセレナの顔がエイダリアを見上げる。

 その瞳にはまだはっきりと怯えの色が浮かんでいる。

 「あの、ありがとうございます。え…と、ここはエルフの里……あの、あなたは……」

 「私はエルフの女王エイダリア。ここは宮殿の客室だよ」

 できる限り穏やかに見える笑顔で優しく返す。

 するとセレナは慌て出した。

 「え……じょ…女王さま?…ええ?…す、すみません私…あの、大変なご無礼を…」

 青白かった顔がみるみる赤く染まり、あわわわと口がわなないている。

 どうやら慌てることで恐怖が心の中心から追いやられたようだ。

 肩書きというのも使いようだなと内心で呟いて、抱いていたセレナの身体を解放する。

 「そんなにかしこまらなくていい。ここには私達しかいないのだから」

 軽く頭を撫でてやると、セレナの狼狽した顔が少し緩んだ。

 「あの、ありがとうございます。女王様」

 「エイダリアと呼んでくれるかな?」

 「あの…じゃ…じゃあ…エイダリア様」

 おずおずと名前を呼んではにかむセレナが可愛らしくてエイダリアは目を細めて頷いた。


 「じゃーん」

 「じゃじゃーん」

 「セレナ姫ー」


 どうやら大丈夫そうなセレナの様子に安心した精霊達がセレナの鼻先に飛び出した。

 クルクル踊ってセレナの目を楽しませる。

 先ほど泣かれたのが相当ショックだったのだろう。

 いっそ滑稽なほどオーバーに舞い踊る。

 ふふ、とセレナが微かに笑って、人差し指を伸ばして精霊に触れようとする。

 その指先に次々に精霊がハイタッチしていく。

 「可愛い精霊さん達。私はお姫様じゃないよ」

 クスクスと笑いながら話すセレナに飛び回っていた精霊達がピタリと動きを止めて口を揃える。


 「「「「「恩寵の姫。セレナ・マリンフィールドに精霊の祝福を」」」」」


 「おんちょう…の、姫……?」

 初めて聞く言葉にオウム返ししてしまう。

 「ヒト族の言うところの聖女のことさ」

 エイダリアが答える。

 「神から選ばれ聖なる力を持って生まれてくる神子。ヒト族の伝承では聖女と呼ばれているが、精霊達は恩寵の姫と呼んでいる。私達エルフも精霊に倣って恩寵の姫と呼んでいるのさ」

 そう言うとセレナは納得したようだった。


 もともと平民だったセレナには聖女などという肩書きはピンとこないものだった。

 ある日突然、豪奢な身なりの大人達がやってきて父母から引き離され、今日から神殿で暮らすのだと言われ、いつのまにかマリンフィールド伯爵の養女ということになっていた。

 マリンフィールド伯爵からは可愛くないペットのように扱われ、神殿や皇城ではあからさまな侮蔑の視線を投げられ、学園では同世代の令嬢令息達から直接的な嫌がらせを受ける。

 突如として自分を不幸のどん底に叩き落としたのが聖女という肩書き。

 今さら恩寵の姫などという呼称が増えたところで、相変わらずピンとこないままに受け入れるしかなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] これ馬鹿どもの所為で二度と聖女を人類が囲む事出来ないんじゃあ。顕現してもエルフが即保護へで。
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