3.茶番の後~皇帝チオダ8世~
「聖女セレナを国外追放した?」
皇子が通う学園の卒業パーティーでの断罪劇を聞かされた皇帝チオダ8世は、報告してきた息子を睨みつけた。
「はい。聖女でなくなった以上はただの平民です。嫉妬からマリアーネへの嫌がらせをくり返していた罪を断じたまでのこと。ご多忙の陛下に代わりそのように取り計らいました」
褒めてくれと言わんばかりの息子を見てフムと頷く。
たしかにマリアーネ・フロイス嬢が聖女の力を授かりつつあるのは報告を受けていた。
まことにマリアーネ嬢が聖女ならば、元平民の娘よりもよほど息子の嫁にふさわしいと、婚約解消とその後の手筈を一任したが。
「もう少し穏便には済ませられなかったのか?」
流石に国外追放はやりすぎではないか。
国の都合で親元から引き離しマリンフィールド家の養女にしたのだ。
せめて親元に返すのが筋だろう。
「はい。聖女の力を失っただけならば婚約破棄のみで済ませたでしょう。しかしあの女はマリアーネを殺そうとまでしたのです。平民が貴族を殺そうとするなど決して許してはなりません。可能な限りの厳罰を与えるべきと判断しました」
息子が提示した報告書によれば令嬢令息達の証人もいるようだし、セレナ嬢の罪はある程度は事実なのだろう。
しかしどうにも証言が偏っている気がしないでもない。
セレナ嬢の言い分が何一つ記載されていないのも気にかかる。
そう考えたところで宰相のカンビルが口を挟んだ。
「陛下、まもなくミナト商人連合の方達との謁見の時間にございます」
その言葉に瞬時に頭の中が切り替わる。
聖女とはいえ平民の処遇と商人連合との商談とでは事の優劣が違う。
それに数日後に控えた自らの在位30年を祝う式典を前にやることはいくらでもある。
「あいわかった。お前のした処分を承認しよう」
そう言いつつ立ち上がる。
息子の礼を聞きつつ宰相と共に執務室を出て謁見の間に向かう。
この時の浅慮を生涯後悔するハメになるとは、この時は想像もしていなかった。
□■□
皇子の暴挙はあろうことか皇帝に承認され、セレナ・マリンフィールド伯爵令嬢は伯爵家から勘当となり、その日のうちに魔力封じの首輪をかけられ深き森へと移送された。
深き森の奥、兵士達がギリギリ入れる深さまで進んだところで、家名を失ったセレナは放逐された。
わずかな水とパンを持たされ、どこへなりと行くが良いと言われたところで、一人の少女にできることなどありはしなかった。
その日のうちに魔獣の牙によって、聖女セレナはその命を散らした。
狼型の魔獣に生きたまま腑を食われながら、苦痛と絶望の涙を流すセレナの最後の鼓動が止まった時、彼女の周りにいくつもの光の球が浮かんでいた。