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2.断罪劇~フェリス・カロンヌ侯爵令嬢~

 チオダ皇帝の在位30年の式典に精霊達が乗り込んでくる1週間前のこと。

 私は目の前の光景を呆然と眺めていた。

 貴族令嬢として驚きを顔に表すことはないものの、思いもよらなかった光景に目を瞬かせる。


 「セレナ・マリンフィールド!お前との婚約を破棄する!」


 式典を控えているため、少し前倒しとなって行われた帝立学園の卒業パーティーの会場で声を上げたのは、卒業生代表として卒業式では答辞を述べたミヒャエル殿下だった。

 殿下の隣にはピンクブロンドの髪を靡かせたマリアーネ・フロイス侯爵令嬢が寄り添うように立っている。

 そして殿下とマリアーネ様の視線の先にはひとりの女生徒、平民出身の聖女であり殿下の婚約者でもあるセレナ・マリンフィールド伯爵令嬢が立っている。


 「セレナ・マリンフィールド!お前は私の婚約者という立場を利用してマリアーネに酷い嫌がらせをしていたな!いくら聖女とはいえ元は平民の分際で、侯爵令嬢であるマリアーネを侮辱するとは断じて見過ごせん。この場でお前の悪行を断罪し、婚約破棄の上に国外追放とする!」

 周りの視線を一身に浴びて高揚しているのか、朗々と歌い上げるように言葉を続ける殿下の顔には愉悦が浮かんでいる。

 対して婚約破棄を突きつけられたセレナ様の様子はいつもと変わらない。

 平民聖女と陰口を叩かれても反論ひとつ出来ずに俯いているだけ。

 かくいう私もそんな彼女の嗜虐心をそそる佇まいに幾度となく冷笑を浴びせてきた一人だ。


 「何か言ったらどうだ!お前はこれで伯爵家からも追放となる。それだけの罰を受けた罪人でも謝罪のひとつくらいはできるだろう」

 殿下はセレナ様に更なる追い打ちをかける。

 下賎な平民を嬲って遊べる最後の機会だから気合が入っているのだろう。

 このような貴族の令嬢令息の好奇の視線の中にひとりだけ立たされて、あの平民聖女が何か言えるはずもないでしょうに。

 と思ったのだが。

 「ミヒャエル様。私には身に覚えのないことでございます」

 俯いたままセレナ様が小さく答えた。

 「言い逃れをするな!!」

 殿下の一喝にセレナ様の肩がビクンと跳ねる。

 そのまま平伏してしまいそうなほどに震えている。

 平民のくせに殿下に口答えなど許されることではない。


 「お前はこの期に及んでもまだ認めないというのか。証拠はいくらでもあるんだ」

 殿下の言葉に宰相の長男であるラファエル様が3人の女生徒を連れて前へ出た。

 そして彼女達は次々にセレナ様の悪行を証言し始める。

 「わ、私はセレナ様に命じられてマリアーネ様のハンカチをゴミ箱に捨てました」

 「私はマリアーネ様の悪口を広めるように脅されていました」

 「わた…私はセレナ様から…マ…マリアーネ様を階段から突き落とすように言われて…結局出来なかったのを怒られて…殴られました」

 口を揃えてセレナ様に脅されたと証言を始める女生徒3人。

 私はそれを見てこの断罪劇が茶番であると理解した。

 どう考えてもあの平民聖女にそんな大それたことができるはずもないでしょうに。

 脅された?殴られた?

 いつも私達から悪口を叩かれ冷笑を浴びせられているあの平民が、よりにもよって貴族令嬢を脅す?

 そんなことがあったとしたら何倍にもなって私達があの平民を嬲ったでしょうに。


 つまりはそういうこと。

 これはマリアーネ様が殿下に取り入るための茶番なのだ。

 その証拠にマリアーネ様は愉快そうな目を隠せていない。

 殿下から見えない位置にいるとしても、周りから見れば一目瞭然だ。

 これはマリアーネ様がセレナ様から殿下を奪うための茶番劇。

 そして落ち目の平民聖女ではこの盤面を覆すのは不可能。

 貴族令嬢として今後の社交界での立場を考えるならば大人しく鑑賞するのみ。

 もちろん周りの令嬢令息達も同様だろう。

 平民に肩入れして殿下や未来の第二皇子妃との関係を損なう愚か者はここにはいない。

 ずっと気に入らなかった平民聖女が国外追放になるだけの話。

 余興としてはまあまあか。

 楽しむことにしよう。


 「殿下…私はその方達を知りません。私がマリアーネ様に嫌がらせをする理由もありません。きっと何かの間違いです…」

 セレナ様がようやく反論らしいことを言ったが、その声はあまりにも情けなく、貴族としての気品も尊厳も感じさせない。

 捨てられる犬のようにクンクンと泣いているだけにしか聞こえない。

 平民にできるのは犬のように這いつくばることなのだから、ある意味では正しい平民の作法とも言える。

 ここは私達貴族の学舎なのだ。

 汚い平民は犬のように捨てられるのが正しい。


 「まあセレナ様、そんな嘘をおっしゃらないで。私本当に怖かったんですのよ?」

 ようやく主演女優が口を開いた。

 賑々しいピンクブロンドの侯爵令嬢。

 豊かな胸を押し付けるように殿下の腕に自分の腕を絡めている。

 一応まだ殿下の婚約者はセレナ様なのだから、殿下が気にしないとしても令嬢が殿下に触れるべきではないのだが、マリアーネ様は全く気にする様子はない。

 「ミヒャエル様、私セレナ様が怖くて、足が震えて立っていられませんわ」

 そう言っていっそう殿下の腕に縋り付く。

 女の目からでなくともあからさまなその過剰な接触に目を細めてしまい、口元を隠していた扇子で目元まで隠す。

 婚約者でもない殿下を名前で呼ぶなど、マリアーネ様は少々羽目を外しすぎている。

 「大丈夫だマリアーネ。私がこれ以上何もさせないから」

 扇子を下げて目を戻すと、殿下とマリアーネ様が恋人の距離感で見つめあっていた。

 震えるセレナ様は恐れているのか、屈辱に耐えているのか、どちらでも構わないがそろそろこの茶番にも飽きてきた。

 殿下はともかくマリアーネ様など見ていても不愉快なだけ。

 早く終わってくれないかしら。


 「セレナ・マリンフィールド!もはやお前の罪は明白だ!よってお前との婚約は破棄とする!そしてお前は未来の皇后を侮辱した罰で魔力を封印したのち深き森へ追放とする!」

 その言葉に会場がどよめいた。

 何から突っ込んで良いかわからないので一つ一つ考えることにする。


 罪が明白かどうか?

 馬鹿馬鹿しい。

 こんな茶番劇で不貞が認定されるなら、国中で離婚や婚約破棄が起きるだろう。


 未来の皇后?

 そもそも殿下は第二皇子であって、現在の皇位継承順位も2番目だ。

 仮にこのまま結婚したならば、マリアーネ様の身分は第二皇子妃で、そのまま皇弟妃となる。

 殿下の発言は場合によっては兄上である皇太子殿下を排するという意図に取られかねない。


 魔力を封印?

 国外追放だけでも死罪に次ぐ大変な罰だ。

 その上聖女の魔力を封じてしまえは、それはもはや単なる平民と変わらない。

 平民の女が一人、国外でまともに生きていくことはできない。

 人に憚られるような仕事に就くしかないのは明白だ。

 いくらなんでも刑が重すぎる。


 そして深き森?

 「深き森」とは魔獣が跋扈する北方の大森林であり、騎士団といえど深くは立ち入らない危険な場所だ。

 帝国の歴史でも特別な罪を犯した大罪人だけが送られたとされる魔の森。

 そこへ魔力を封じて送るということは、死ねということだ。

 これは事実上の死刑宣告。

 深き森に、魔力を封じた女を、一人で放り出す。

 魔獣に食べられて死ねという以外の意味はない。

 ギロチンでも絞首刑でもない、ただ自分の手を汚さないだけの、名目だけの国外追放。


 これは良くない。

 平民が死のうとどうということはないが、殿下のこの決定が通ったことが前例になってしまえば、これからも殿下はご自分の私的な感情で国外追放という名の死刑を言い渡すかもしれない。

 殿下の取り巻き達は構わないだろうが、私達多くの貴族からしたらたまったものではない。

 もしかしたら殿下の派閥に入らなければ国外追放だぞと脅すかもしれないのだ。

 そして殿下の国外追放は極刑というのも生ぬるい最悪の死だ。

 密かに脅されれば従う貴族も出てくるだろう。

 もしや殿下は本当に皇太子殿下を退けてご自分が皇帝になる道を描いているのかもしれない。

 あまりの暴論に背筋が寒くなり、頭の中を一瞬でさまざまな可能性が埋め尽くす。


 「私がいなくなったら誰が聖女の仕事をするのですか?国の守りにも私が必要なはずです」

 セレナ様が気丈に訴える。

 この時私は、どうかセレナ様が国外追放にならないようにと必死で祈っていた。

 しかしその願いも次に殿下が放った言葉で儚く散った。

 「ふん!自分の立場を笠にきて逃げおおせられると思わないことだな。お前の代わりはすでにここにいる」

 殿下がマリアーネ様の背に手を添えて続ける。

 「マリアーネが先日聖女の力を授かった。これでお前は用済みだ」

 「そんな、何かの間違いでは――」

 「黙れ!お前自身が最近は力が弱まったと言っていただろう!マリアーネが真の聖女なのは間違いない。平民の分際で聖女など最初から間違っていたんだ。そしてお前は自らの保身のためにマリアーネに嫌がらせをした。それが真実だ」

 「違います。私は嫌がらせなど――」

 「黙れと言っている!もはやこれは決定事項だ。父である陛下もマリアーネこそが真の聖女だと認めてくださっている。聖女でなくなったお前はただの平民だ。だからこの場で私の権限でお前の処分を決める。衛兵!この女を捕縛して深き森へ追放しろ!」

 陛下まで御了承済みということは、マリアーネ様が聖女の力を授かったのは間違いないのだろうが、それでも国外追放という名の極刑はやりすぎだ。

 内心ではそう思うものの、異を唱えることなど出来はしない。

 相手は殿下で、下手したら謀略の果てに皇帝になってしまうかもしれない御方なのだ。

 私達はこの茶番劇の恐ろしい結末に震えていることしかできなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 結局、この女も聖女をバカにしてたんだから同罪だわなあ。
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