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灰かぶり子爵の硝子庭園  作者: 月城こと葉
Recueillir-1 ガラスの靴の行方
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Verre-7 王女と婚約者2

 幼い胸に芽生えた恋心は、行き場をなくしてシャルロットの中で疼き続ける。


「あの夏、一緒に過ごした彼にわたくしは本気で恋をしたの。子供だけど本気だったの。本気じゃなかったら何年も経ったら忘れるでしょ」

「それはそうですね」

「でもねでもね、わたくし過ちを犯してしまったの。リオンという心に決めた相手がいながら、別の男性に心を揺さ振られてしまったの!」


 悲鳴のように言って、シャルロットはテーブルに置いていた物を覆う布を広げた。現れたのはガラスの靴である。工芸品店で売っているような小さな飾りではない。窓から入る光を受けてぎらぎらと光るのは、人間が履ける大きさのガラスの靴だ。


 一年半前の舞踏会で、慌てて帰ろうとしたリオンが落としてしまったものである。持ち主が幼き日に心を寄せた相手だとはシャルロットは気が付いていない。小さな頃と比べて大きさだけ年相応に伸ばしたようなシャルロットと違って、リオンはあまりにも変わりすぎてしまっていた。女性と見間違われることは今でもあるが、背丈は随分と伸び、声変わりもした。そして何より、目で見て分かる情報が幼い頃と全く違う。


「きらきらとした長い銀髪で、美しい青い瞳の方だったわ」


 切る暇もなく伸びた髪は灰に染まった。髪型はおろか髪の色まで変わってしまっては、見た目の印象が違いすぎる。


「一昨年のわたくしの誕生日……。貴方との婚約が発表された時の舞踏会で、わたくしと一緒に踊った方がいるの。ドミニク様もあの場にいたから見たと思うけれど」


 マカロンに手を伸ばしていたドミニクは手を引っ込める。


「見ましたよ。御伽噺の世界から飛び出して来たのかと思うくらいに綺麗な人でした。絵本の王子様というのはあのような人のことを言うんだろうなと。確か、そのガラスの靴を履いていましたよね。ガラスの君と、居合わせた人々は言っていました」

「今では貴方と仲良しだけれど、あの時はどこの誰がやって来るのか分からないし、怖いし、わたくしにはリオンがいたから、あの場から逃げてしまいたかったの。みんなから離れていたら、あの方が……ガラスの君が声をかけてくれたの。それで、わたくし、この人となら一緒にここから逃げてもいいって思ったのよ。彼と踊っている間、わたくしは彼のことで頭も胸もいっぱいで、あれだけ好きだった、好きでい続けたリオンのことさえ忘れてしまうほどだった」


 シャルロットはガラスの君とダンスをした時のことを思い浮かべる。そして、ぼふんと音を立てるようにして顔が赤くなった。


 ガラスの君が落としていったガラスの靴を拾ったシャルロットは後日持ち主を探そうとしたが、婚約者の発表で大勢に声をかけられたり話を聞かれたりして、時間を確保することができなかった。そのままタイミングを逃し、彼の手がかりを手に入れることはできていない。ガラスの靴を回収し大事にしまっていることはこれまで誰にも言っておらず、ガラスの君に惹かれていることを知っているのは今話を聞かされたドミニクだけだ。


 シャルロットは滑らかなガラスに指を滑らせる。


「ガラスの君……貴方はどこにいるの……」

「今のシャルロット様はガラスの君を好いていらっしゃるんですか」

「リオンのことはずっと好きよ! ずっと好きだったわ。でもどこにいるのか分からないの。分からなくて、それでも好きで、そしたら、ガラスの君が現れたの。もしもリオンに再会できたら、謝らないといけないわ。リオンは思い出になってしまった……。わたくし、ガラスの君のことばかり考えてしまうの。ガラスの君だってどこにいるのか分からないのに……」


 ドミニクはマカロンを齧りながらシャルロットを見る。頭を抱えるシャルロットはうんうんと唸っている。


 しばしの間、部屋の中にはドミニクがマカロンを食べる音とシャルロットの唸り声だけが聞こえていた。


「では、こうしたらどうですか」


 ドミニクはガラスの靴を人差し指で軽く突く。


「国中から貴族令息を集め、この靴を履かせるんです。この靴がぴったり合う人がおそらくガラスの君でしょう。そして、都度名前を確認していけばリオンという人も見付かるかもしれませんよ」

「……ドミニク様、天才?」

「そっ、そんなんじゃないですよ」


 シャルロットはガラスの靴を手に取る。ドミニクの言う通りの作戦を実行すれば、夢にまで見たガラスの君と再会できるかもしれない。あわよくば、幼き日より心を揺さ振られているリオンにも。


 全員を一気には無理なので数人ずつになると思いますが……というドミニクの言葉はシャルロットの耳に入らない。必ず見つけてやるという強い意志が、ガラスを溶かしてしまうのではないかというほどの熱を持った視線となってガラスの靴に向けられる。


「……ドミニク様」

「はい、シャルロット様」

「わたくしは、貴方に残酷なことをしてしまうわ」


 ガラスの靴を抱き、申し訳ないという顔になるシャルロット。対して、ドミニクは困ったように、それでいてどこかすっきりしたような顔をしていた。


「いいんですよ。僕は貴女と良き友人でいられるだけでとても嬉しいんですから。もやもやがなくなって、より仲良くなれる気さえします」

「ありがとう、ドミニク様。わたくしの大切なお友達」





 一週間後、シャルロットは大事な発表があると国王に呼ばれた。玉座の間で国王と王妃と並んで座って、身構えている貴族や大臣や王宮付きの新聞記者のことを眺める。オール侯爵と一緒にドミニクも来ているようだ。


 国王はわざとらしく咳ばらいをしてから、集まった人々を見回した。


「諸君、よく集まってくれた」


 シャルロットは連れて来た王女付きの侍女が自分のすぐ傍に控えているのを確認する。侍女は王女と目が合い微笑む。彼女は自分が何を任されているのか分かっていない。ただ、シャルロットに言われた通りにしているだけだ。「この包みを持って控えていなさい」と。


 国王はちらりとシャルロットを見てから、人々の方を向く。そしてシャルロットとドミニクの結婚式を年内に行う予定であると宣言した。玉座の間は拍手と歓声に包まれる。


 挨拶をするよう王妃に促されたシャルロットは、侍女に包みを渡すように言ってから前に出た。同じようにオール侯爵から背中を押されてドミニクも前に出る。ドミニクはシャルロットと目が合うと小さく頷いた。これからこの場で何が起ころうと、彼にはもう覚悟ができている。シャルロットは頷き返し、侍女から受け取った包みを開いた。


 玉座の間にガラスの靴が姿を現す。


 居合わせた人々はシャルロットとドミニク以外全員が驚いて声を上げた。舞踏会のことを覚えている者は「あの時のものだ」と、覚えていない者や知らない者は「なんて綺麗なものなんだ」と。


「わたくし、シャルロット・サブリエはドミニク・ジャンドロン様との婚約を破棄いたします」


 どよめきを打ち消すように、シャルロットはガラスの靴を高々と掲げる。


「わたくしは、このガラスの靴がぴったり合う方と結婚いたします!」


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