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灰かぶり子爵の硝子庭園  作者: 月城こと葉
Recueillir-1 ガラスの靴の行方
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Verre-6 王女と婚約者1

 レヴオルロージュ第二王女シャルロットは元気でかわいらしい少女である。式典の際に小さな手をめいっぱい振る姿に心を打たれた人も多く、幼い頃から国民に愛される姫君だった。


 小さな小さな王女は少しずつ大きくなって、十三歳の誕生日に婚約者が大々的に発表された。王女を愛する国民達は王女の幸せを願い、そして大人になって行く王女のことを祝った。王女も嬉しそうに笑った。


 隠された本人の気持ちは、誰も知る由がない。





          〇





 リオンとアンブロワーズがガラスの毒リンゴをオークションで競り落とした数日後。王宮の中庭でシャルロットは婚約者と共に素敵なティータイムを過ごしていた。


「このマカロン美味しいわね! お土産ありがとう、ドミニク様」

「よかった、気に入っていただけて」


 ティーカップをソーサーに置き、婚約者――ドミニクはにこりと笑う。


 オール侯爵の息子、ドミニク・ジャンドロン。シャルロットの二つ年上で、王立モーントル学園の高等部で勉学に励む優等生である。普段は寮生活をしているドミニクだが、現在は春休みのためジャンドロン邸に帰省中だ。授業がないので楽しくお茶会ができる。


 シャルロットは皿に置かれているマカロンを次々と手に取り、さくさくと食べ続けている。土産の茶菓子を気に入ってもらえてドミニクはご満悦である。


「シャルロット様。僕、貴女の笑顔が好きです。こうして一緒にお茶を飲んでお話する時間がとても好きです。王女様とこんなに仲良くなれるなんて思っていませんでした。貴女と良き友人になれて嬉しいです」

「どうしたの、急に。わたくしも貴方みたいなお友達がいてとても嬉しいわ」

「……その、ですね」


 ドミニクは辺りを見回す。二人がテーブルを挟んで座っている周囲には、ドミニクの従者やシャルロットの侍女達が控えている。彼らに聞かれたくないのか、ドミニクはテーブルに身を乗り出すようにして小声で言う。


「僕達の結婚がそろそろなんじゃないかって、噂が広がっているらしいんですよ」

「え」


 シャルロットは目を見開く。そして、目なんかには負けぬと口が大きく開かれた。


「えぇっ!?」


 中庭に響く王女の悲鳴にも似た叫び。その場にいた使用人という使用人全員が身構えた。どうしたのかと何人もが迫って来るのに対し、シャルロットは何も起こっていないと告げる。そして使用人達が持ち場に戻って行ったのを確認してから、ドミニクと同じようにテーブルに身を乗り出した。


「ど、どこからそんな噂が」

「分かりません。誰かがそう思い込んで呟いたのが広まったのか、それとも、実際に陛下がぽつりと呟かれたのが広まっているのか」


 ドミニクはマカロンを手に取って一口齧る。


 シャルロットとドミニクは親が決めた婚約者である。王女と貴族の令息というよくあるお似合いの組み合わせだ。シャルロットの姉も伯爵家の息子と結ばれ、昨年盛大な結婚式が開かれた。しかしシャルロットと違い、姉は伯爵令息をパーティーの会場で見付け、その後何度も交流を重ねて己の物にし、両家を説得の後納得させて結婚に至ったのだ。姉のように情熱的に愛を謳うことのないシャルロットはお茶会でも夜会でもいつもおとなしく座っていたので、浮いた話はどこにもなかった。ぼんやりと椅子に座っているうちに、気が付けば隣にドミニクが立っていた。


 最初の頃こそお互いにぎこちなかったが、今はもうすっかり仲良くなって親友とも呼べる関係になっている。仲は良好である。あくまで、友人として。


 シャルロットは紅茶を一口飲む。


「わたくしは……。わたくしは、ドミニク様のこと好きよ。大切なお友達だもの」

「うん……」

「でも」

「あの舞踏会以来、僕はシャルロット様の婚約者という肩書に恥じないように過ごして来ました。陛下が僕のことをふさわしいと認めてくださったことはこの上なく光栄だし、家族からもすごく期待されているし……。僕自身貴女のことは好きですから。けれど、僅かでも……貴女が何か不満を覚えているのなら、僕はこの話、進めない方がいいんじゃないかと思うんです」

「ドミ――」

「やっぱり僕達、お友達でいたままの方がいいんですかね」


 ドミニクは困ったように笑う。


「今の状態がとても心地よくて、この先なんて見えないんです」

「……わたくしも、そう。分かっているの、わたくし達は定められた運命を生きているんだって。でも……」

「……僕じゃ、駄目? それでもいいんです。僕に対して不満があるのなら、貴女が苦しむのなら、僕は父になんとか訴えようと思います」


 話している言葉が終わりに近付くにつれ、ドミニクの声は弱々しくなっていった。王女との婚約を取りやめにしてくれなどと侯爵に直訴できるのか。マカロンを口に運ぶ手も微かに震えている。


 シャルロットはティーカップの持ち手に指を滑らせて弄びながら、体まで震えてしまいそうになっているドミニクを見る。何かを言おうとして、躊躇う。


「シャルロット様?」

「あ……。あの……。ドミニク様はどこも悪くないわ。貴方は立派な方だもの。貴方に不満があるわけじゃあないのよ。もしそうだったらお友達をとっくやめているもの。悪いのはわたくしなの」


 ティーカップから手を離し、シャルロットは立ち上がった。深呼吸をしてドミニクのことを見据える。


「ここでは周りに人が多すぎるわ。二人だけで話しましょう」

「えっ、二人だけで」

「わたくし達は婚約者なのだから、二人きりで話をしても何もおかしくないはずよ」

「確かに」

「さ、ドミニク様、付いて来てくださいな」


 マカロンの残りを後で自室に持って来るよう侍女に告げ、シャルロットはドミニクを連れて中庭を後にした。通常ならば王女が男と二人きりになるなど、王女を守る使用人達は許さない。しかし、二人の関係が良好でドミニクが温厚な人間であることは周知なので止めに入るものは一人もいなかった。


 廊下を進み、使用人に挨拶をされ、階段を昇り、使用人に挨拶をされ、それを数回ランダムに繰り返した後、二人はシャルロットの部屋に辿り着いた。ドアノブに手をかけ、シャルロットはドミニクを振り返る。


「わたくしはこれから、婚約者である貴方に対して残酷なことを言うかもしれないわ」

「分かった……。分かりました。身構えておきますね」


 ドアを開けると、花とレースとフリルと宝石に彩られた豪奢な空間が広がっていた。ドミニクは思わず感嘆の声を漏らす。


 シャルロットはまず、花瓶に生けてある季節の花について説明をした。次に、遠方の国で作られたという機械仕掛けのおもちゃを紹介する。さらに、先日入手した大きなネズミのぬいぐるみを見せびらかす。そして、箪笥を開けて奥の方から布に包まれた何かを取り出した。


 ドミニクにソファに座るよう促し、シャルロットは向かい側に座る。


「それは」

「これは後で。順を追ってお話するわ」

「は、はい」

「では、わたくしは貴方に残酷なことを言います。わたくしは……。わたくしには、幼い頃に結婚を約束した相手がいるんです」

「えっ……。は、初めて聞きました」

「だって誰にも言っていないもの」


 片手で数えられるほどの年の頃、シャルロットは王妃の実家が所有する別荘を家族で訪れた。暇を持て余していた時に近くの別荘でお茶会が開かれているのを知り、使用人達の目を盗んで飛び込んだ。その時に出会ったのが三つ年上の男の子だった。リオンがシャルロットに目を奪われた時、シャルロットもリオンに見惚れていた。


 侍女がマカロンを持って来たところでシャルロットは言葉を切った。皿を置いた侍女が立ち去るのを見送り、口を開く。


「かわいらしい栗色の短い髪に、美しい青い瞳の子だったわ。女の子みたいにかわいい子よ」

「シャルロット様の三つ上なら、僕の一つ上か……。学園にいるかもしれないですね。名前は何というんですか?」

「リオンよ」

「栗毛のリオンさん。うーん、いたかな……」

「わたくし、リオンに言ったの。『大きくなったらわたくしのお婿さんになって』って。子供が勢いだけで言った言葉だけど、わたくしは本気だったのよ。とっても、とっても本気だったんだから」


 でも……。とシャルロットは俯く。マカロンを一つ手に取り、齧る。


 幼いシャルロットは相手がどこのどんな貴族なのかを知らなかったうえに、訊ねようともしなかった。公爵家なのか、伯爵家なのか、それとも男爵家なのか。どこの令息なのか分からないまま別れて、分からないから探すこともできなかった。


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