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灰かぶり子爵の硝子庭園  作者: 月城こと葉
Recueillir-1 ガラスの靴の行方
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Verre-5 オークションにて2

 魔法使いが灰かぶりを助けるために現れたのは、自身の母親が灰かぶりの母親に助けられたからである。違法なドミノ売買の標的にされて逃げ惑っていた鳩の女を助けたのがサンドール子爵夫人だった。当時身重だった鳩は子爵夫人に泣いて感謝をした。「この御恩は決して忘れません。貴女と貴女の家族が困った時には私がお助けしましょう」と。


 母から恩人の話を聞かされて育ったアンブロワーズは母の想像以上にヴェルレーヌ家に執着し、継母達にいじめられても頑張る灰かぶりに心酔し、かわいらしく麗しいガラスの君を崇拝して今に至る。リオンは「助けた」「助けられた」というやり取り以上の詳しい事情を知らないのでアンブロワーズのことを時折鬱陶しいと感じることもあるが、信頼はしているし確かな絆もある。隣に立つアンブロワーズを好奇の目で見られて怒りを覚える程度には。


 払い除けられた左手のリオンの右手と触れた部分を右手で愛おしそうに撫でているアンブロワーズのことを、リオンは怪訝そうに見ている。


「やあ! みなさん! 今日もようこそ!」


 主催者らしき男性が現れ、歓声が上がる。そして瞬きをしているうちに出品された物が次々と競り落とされて行った。


 オークションの会場に何度も出入りしているリオンも今日の勢いには若干押され気味だった。普段は貴族や豪商達が激しく、それでいて優雅に買い物をしている場に参加している。しかし、今日は貴族のように見えているが実態は分からない怪しげな人物と怪しげな金持ちと怪しげな商人ばかりが下卑た笑いを浮かべて品物を取り合っている。出品されているものも手にしていいのか分からないような法に触れそうな物ばかりである。


「毒リンゴが出て来ましたよ」

「よし手に入れてやる」


 登場したのはリンゴの形をしたガラス瓶だった。高さはワイングラス程度で、中には黒々とした液体が三分目まで入っている。


「レヴオルロージュから南西に向かってずっとずっと進んだ先の某国で、王妃様が王女様を毒殺しようとしたことがあったそうです。本当かどうか知りませんけどね。その際に使った毒リンゴを模したガラス瓶です。中に入っているのは本物の毒薬だとか」

「危なくて怪しいやつらが欲しがるわけだね。……はい! 今の金額の二倍出せます! 四千でどうだ!」


 会場がどよめきに包まれる。


「うわ、いきなり二倍は思い切りましたね」

「負けるわけにはいかないから」


 リオンよりも高い値を提示する者は現れなかった。畏怖にも似た視線が場に似つかわしくない若い貴族に向けられている。


「ではそちらの……」

「リオン・ヴェルレーヌだ。そのガラス、貰って行くよ」

「おい、ヴェルレーヌって……」

「ガラスの競りに現れるっていう?」

「ガラス狩りのリオン……!」


 変な異名を付けられていることにリオンがショックを受けているうちに、全ての品物が競り終わった。ガラスの毒リンゴを抱えて、リオンとアンブロワーズは主催者の元へ向かう。


「すみません、お訊ねしたいことがあるのですが」

「はい、なんでしょう」

「このリンゴを出品した人が誰なのか教えていただけますか」

「えーと、それはですね……」


 主催者は手にした紙束を捲る。回答を待っていると、近くを通った金持ち達の会話が二人の耳に入って来た。


 曰く、王女様の結婚式が云々と。


 リオンはアンブロワーズに後を任せ、会場を出て行こうとする金持ち達のことを追い駆けた。階段を昇ってしまう前に声をかけて呼び止める。


「あ、あのっ! さっきの話聞かせていただけますか」

「さっきの話?」

「王女様が何とかって話です」

「あぁ、それか」

「まあ、あくまで噂話だけどな。第二王女の結婚式は今年なんじゃないかって言われてるんだよ。王女も誕生日が来れば十五だしな、そろそろだろうって」

「それは本当なんですか」

「勢いのある兄ちゃんだな」

「噂だって言っただろ。本当かどうかなんて俺らみたいな城に入れない人間には分からねえよ」


 リンゴ買えてよかったな、と言ってリオンの肩を軽く叩き、金持ち達は階段を昇って行った。ほどなくしてアンブロワーズが駆けて来る。


「汚い手でリオンのことを触るなんて! もう!」

「痛い痛い。払うのはいいけど痛いからやめろ。それで、これを出品したのは誰か分かった?」


 アンブロワーズはゆるゆると首を横に振る。


「それが、顔を隠した匿名の人物が運んで来たものらしいんです」

「えっ……。これ買って大丈夫なものだったのかな……」

「匿名でしたが、一応『金をここに持って来るように』という指定はあったようです。そこへ行けば出品者、もしくはその関係者に会えるかと」

「場所は?」

「国境沿いの森だそうです。そこに小屋があるから、と。しばらくそこに誰かが滞在しているらしいので、このガラスの毒リンゴについて話は聞けると思いますよ」

「範囲が広すぎるな。今日の主催者は詳しい場所を把握しているんだよね。訊いておこうか」


 リオンはガラスの毒リンゴを抱え直す。黒々とした液体が動きに合わせて波打ち、小さな泡が浮かぶ。


 オークションの参加者のほとんどは帰路に着いている。主催者もそろそろ撤収しそうなので、今のうちに確認しておきたいことは確認しなければならない。小走りで向かおうとしたリオンだったが、アンブロワーズに肩を掴まれてしまった。


「ちょっと、何」

「リオン、汚らしい男達から何を聞いたんですか」

「何って、王女の話をしていたから詳しいことを……」

「怖い? それとも焦っている? 怯えている? びっくりした顔のままですよ。そんな情けない顔を晒すのは俺に対してだけにしてください。話は俺が訊いて来ますから、貴方はシトルイユと一緒に外で待っていてくださいね」


 リオンに返事をする隙も与えずに、アンブロワーズはオークションの主催者の方へ駆けて行った。真っ白な翼とローブが薄暗いランプに浮かび上がっているのを少し見送ってから、リオンは階段を昇った。


 暗がりに目が慣れてしまったからか、外に出ると日光が眩しかった。少し俯きがちにリオンは歩を進める。


 アンブロワーズはリオンのことをよく見ている。恐ろしいほどよく見ている。気持ち悪いくらいよく見ている。本人が気が付かない変化にさえ、傍らに立つ魔法使いはよく気が付いた。


 馬車が去って行った轍を眺めていたシトルイユが主の帰還に顔を上げた。綱の届く範囲で嬉しそうに歩み寄るが、リオンは俯いたままで声をかけることも手を振ることもしなかった。様子を窺っていたシトルイユが小さく嘶いたところでようやくリオンは顔を上げる。


「あぁ、シトルイユ。ごめん、気が付かなかった。……なぁ、私の顔はどこかおかしくなっているだろうか」


 迷子が道を尋ねるようにリオンは言う。それこそ迷子のような顔で。アンブロワーズに指摘されても、驚きと不安がないまぜになった表情はリオンの顔から剝がれなかった。


 顔を寄せて来たシトルイユを撫でてやりながら、リオンは小さく溜息を吐いた。シトルイユの押す力が強くなる。


「大丈夫、大丈夫だよ。いや、大丈夫ではないのかもしれないけれど……。そのうちそうなるだろうということは分かっていた。遅かれ早かれ、王女は婚約者と結婚する。私がどうしようとそんなの関係ないとばかりに。実際関係ないけれど。心のどこかで、ガラスの靴を見付けるまで待ってもらえると思っていたんだろうな。向こうはそんなの知らないのに」


 シトルイユはぶるぶると何かを言いながら心配そうにリオンに擦り寄るが、リオンには馬の言葉は分からない。それでも気にしてくれているのは分かるので、優しく愛馬の顔を撫で返してやった。


 そんな一人と一頭の様子を、外に出て来たアンブロワーズは木陰から見守っていた。リオンの後姿を見ながら一言、小さく呟く。


「急がなきゃ……」


 と。


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