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灰かぶり子爵の硝子庭園  作者: 月城こと葉
Recueillir-1 ガラスの靴の行方
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Verre-4 オークションにて1

 世にも珍しいガラスの毒リンゴがオークションにかけられると聞き、リオンは日程を確認してオークションに赴くことにした。珍しいガラスを出品したり購入したりする人々に接触すれば、いずれガラスの靴にも辿り着くかもしれない。そう思いながら集めて来たガラスの数は温室を埋め尽くすほどになった。


 シトルイユの背にしばらく揺られて到着したのは、いかにも怪しい雰囲気の廃屋の傍だった。金色のライオンを模した像が門に飾られているが、前足や尻尾が欠けてしまっている。


 引き綱を持つアンブロワーズが笑顔で振り向く。


「着きましたよ、リオン」

「本当にここ? 怪しすぎない?」

「俺はちゃんと日程も場所も確認しましたよ。ここで合っているはずです」


 リオンはシトルイユから降り、肩を撫でてやりながら廃屋を見遣る。周囲は雑草に囲まれ、建物も蔦で覆われており随分と長い間人の手が入っていないようである。


「夜には来たくない感じだね」

「元々は教会だったみたいですね。これ、おそらく遠方で信仰されているライオンの神様でしょう?」

「遠くから来た人がここに集って、そして去って行ったのか」

「ちょっと見て来ますね」


 引き綱をリオンに渡し、アンブロワーズは一人と一頭から離れる。真っ白な姿はぼろぼろの建物と奇妙なコントラストを見せていた。やがて、壊れかけの塀の角を曲がって魔法使いは見えなくなる。


 不穏な雰囲気にそわそわしているシトルイユを落ち着かせようと、リオンは首元を軽く叩いてやった。継母達から重労働を押し付けられた際に「馬がいればもっと迅速に動けます」と言って半ば強引に了承を得て手に入れた青鹿毛の牡馬は、今ではすっかりリオンのいい相棒である。


 廃教会の周りを一周してアンブロワーズが戻って来た。翼やローブにくっついている葉や枝を払い落しながら、リオン達に歩み寄る。


「近くに他にそれらしい建物はありませんし、ここで間違いないはずです。それに、裏手に隠すように馬車が数台停められていました。この中に誰かがいるということです。行ってみましょう」

「そうか、分かった」

「シトルイユは馬車の近くに俺が繋いで来ますね。リオンは先に行っていてください」

「よろしく。……あ、待ってアンブロワーズ。羽に葉っぱが付いてる」

「おやおや、ありがとうございます。魔法使いでも後ろは見えませんからね」


 シトルイユを連れたアンブロワーズと別れ、リオンは一足先に廃教会の壊れた門を潜った。まっすぐに進んで入口のドアに手を伸ばすが、押しても引いてもびくともしない。


 どこかが歪んでしまっているのか、絡み付いた蔦が余程頑丈なのか、リオン一人の力ではどうすることもできない。そうこうしているうちにアンブロワーズが戻って来た。


「何やってんですか」

「開かないんだ」

「でも来ている人がいるんだから中に入れるはずですよね。リオンが非力なんじゃないですか? 俺も手伝いますよ」


 そして二人で押したり引いたりしてみたが、ドアはびくともしない。


「おかしくないか。他の人間はどうやって入ったんだ」

「よう、そこの兄ちゃん達もオークションの参加者かい」


 声をかけられ振り向くと、恰幅のいい金のありそうな中年男性が使用人と思しき老人を従えて立っていた。リオンが事情を説明すると、男性は声を上げて笑った。


「ははは、そりゃそうさ。ここのドアは開かないよ。秘密の会場だから裏口から入るんだ」

「そうなんですね、教えてくださりありがとうございます」

「どれ、おじさんが案内してやろう。付いて来な」


 裏口から入って地下に下りるのだと男性は言う。


「しかし珍しいな、若い兄ちゃんがこんなところに来るなんて。どっかのお貴族のお遊びかい?」

「えぇ、まあ、そんな感じです」


 普段着としては灰や埃を被った破れる寸前の服を今でも着ていることが多いが、外出時は子爵家の人間として恥ずかしくない装いになっている。着回すことができる程度の数を揃えることができたのは比較的最近のことだ。


 裏口のドアを開け、男性は薄暗い階段を下りて行く。リオン達もそれに続く。階下からは話し声が聞こえており、オークションの参加者が集まっているのが分かった。


「ところでその従者……」


 男性は階段を下りたところで振り向き、アンブロワーズを見る。その目はまっすぐに純白の翼に向けられていた。


「貴族の兄ちゃん、アンタ面白いモノを連れてるな。そいつ、ドミノだろ? どこで捕まえたんだ」

「えっ……」


 「捕まえた」という単語にリオンの瞳が震える。この場を訪れるのは良心的な人間だけではない。アンブロワーズを連れて来るべきではなかったのかもしれない。このまま会場に足を踏み入れてしまって大丈夫なのだろうか。


 無意識のうちにリオンは後退した。階段を一段昇り、アンブロワーズにぶつかって止まる。次の瞬間、背後から伸ばされた手が覆い被さるようにしてリオンを抱きすくめた。思わず声を上げてしまった耳元で、アンブロワーズがくつくつと笑う。


「『捕まえた』のは俺の方ですよー。俺の大切なかわいいリオン……。ふふ……」

「おい、離っ……」

「下卑た目で俺のリオンを見るな。キサマ達のような下劣なやつらと同類だと思うなよ」


 リオンからは見えていないアンブロワーズの表情は強い殺気に満ち満ちていた。自分が下に見られたことよりも、リオンのことを自分を下に見る者達と同類だと認識されたことに対しての怒りのほうがはるかに強い。御伽噺に登場する魔法使いであれば、怒りで全身から魔力が溢れ出していただろう。


 男性と使用人は驚いた様子で、会場の説明へと話題を切り替えて歩き出した。アンブロワーズに手を離すように言い、リオンは後に続く。怒った顔のままアンブロワーズはそれを追った。


 廃教会の地下には小さな宴会場程度の大きさの空間が広がっていた。数人ならば共に社交ダンスを踊れるくらいだ。常連らしき男性に続いて現れた若い男達の姿を見て、談笑していた人々は皆揃って目を丸くした。少女と見紛うような場に似つかわしくない容貌のリオンと、機嫌が悪そうで今にも暴れ出しそうなアンブロワーズが同時に現れたのだから当然である。集まる視線はアンブロワーズに向けられているものの方が多く、いずれも好奇に満ちている。


 ヒト以外の動物の特徴を持つ、ヒトに似た姿の者達。誰にも分からないくらい昔からヒトと同じように暮らしているが、姿や性質の違いから差別的な扱いを受けることは少なくなく、多くの国で長い間迫害の対象であり続けている。しかし彼らの持つ牙や爪に人間が敵うはずがなく、人間達は彼らのことを畜生と同じだと見下すと同時に危険な存在として恐れている。怖いからこそ、支配下に置いて優位に立ちたいのだ。


 レヴオルロージュでは数代前の国王の治世において彼らへの強烈な圧政が敷かれ、多くが海を渡って遠方へと逃れて行った。現在は政治の上ではヒトもそれ以外も同じ国民として扱われ尊重されている。そして口に出すのも憚られるような呼び方をされたこともあった名もなき彼らには、彼らが有力な地位を築いている遠方の国での呼び名に則ってドミノの名が与えられた。その一方で、国内での数を減らした彼らを珍品として見る者が現れたため彼らの受難はまだまだ終わっていない。


「ドミノじゃないか。もしかしてその坊主が今日の品物か?」

「わはは、いいねえ」

「よう、そこの綺麗な姉ちゃん。あんたの連れてる鳥はいくらで譲ってもらえるんだい」


 怒りが爆発しそうなアンブロワーズを制止して、リオンは汚らしい金持ち達の前に進み出た。


「私は男ですし、彼は私の友人です。彼への無礼な言葉を取り下げてください」


 金持ち達はにやにや笑いながら、黙って二人のことを見ている。どうやら舐められているようである。


「俺はどう言われても構いませんが、リオンをこいつらと同類だと思われるのは許せません。今、俺はとても怒っています」

「私も不愉快だ。君のことを物扱いされるなんて……。今日のオークション絶対勝つぞ。こんなやつらに負けられるか」

「リオンが俺のために怒ってくれている。あ、ありがとうございます! 嬉しいのでよしよししてあげましょう!」

「やめろ」


 リオンは頭上に迫って来たアンブロワーズの手を払い除けた。

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