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灰かぶり子爵の硝子庭園  作者: 月城こと葉
Recueillir-4 硝子庭園の主
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Verre-4 我が侭な覚悟1

 建国記念日のお祝いのために至る所で準備や飾り付けが始まろうとしていた。貴族達も準備のためにうろうろとしていたところに、王宮から招待状が届く。曰く、お茶会を開くのだと。


 第二王女シャルロット主催の大規模なお茶会。建国記念日の催しに先駆け、本番前に気分を盛り上げるために行うそうだ。招待客は国中の貴族という貴族。会場は王宮の中庭で、二日間に分けて開催される。


 王女からの招待状を見た貴族の反応はそれぞれである。王女様も催しを提案なさるようになったと喜ぶ者もいれば、ガラスがなんだかんだと我儘を言っていたと思ったら今度は急な催事かと不満を露わにする者もいた。


 オール侯爵は後者である。


「あの小娘っ、何を考えている! さっさと諦めればいいものを!」


 招待状を破り捨てようとして、王宮から届いた書状を破るのはさすがによくないと考えて思い留まる。眉間に皺を寄せて、侯爵は招待状を睨み付けた。


 傍らに控えていた執事長は不機嫌そうな主を宥めることはなく、手にした書類を捲りながら己の仕事に集中している。この執事長兼家令、すなわちクロードの父親は主の取り扱いに慣れているので、必要なことは漏らさずに言うが余計なことはほとんど言わない。


「しかし参加しないなどと言えば、ドミニクが婚約者に戻った時に何か不都合があるかもしれん……」

「では参加すると返答いたしましょうか」

「そうだな」


 そこでようやく執事長は書類から顔を上げた。


「旦那様」

「うん?」

「あれは……本物なのでしょうか……」

「ふむ……。まぁ王女達の探し物が見付からなければ私の勝ちだ。あれが本物かどうかは問題ではないだろう。もちろん、本物ならばその時点でこちらの勝ちは決まるがな」


 以前より決まっていた婚約を結婚時期確定の発表直前に突然破棄されて黙ってなどいられない。まして、息子の代わりに連れて来られた男が没落寸前の家の者ともなれば耐えられるはずがなかった。可能ならば、いつ潰れるかも分からないような家の男など蹴落としてもう一度ドミニクをシャルロットの婚約者として立たせたい。


 侯爵は招待状を机にひらりと投げ落とす。


 建国記念日の前日である六月九日までに、ガラスの君が履いていたというガラスの靴を見付けて持って来る。それが国王の提示したリオンをシャルロットの婚約者として認める条件だ。王女様がどこかの令息と一緒に街をうろうろしたり森に入ったりしながら探し物をしているらしいという噂は侯爵の耳にも入っている。


 もしも、ガラスの靴が見付からなかったら。その時には婚約者の権利はドミニクに戻って来る可能性が高い。新しい婚約者候補を探すよりも、ひとまず元々の婚約者に戻した方が早いからだ。王女の婚約者をころころと変えることはあまりよくないが、だからといって空白のままにしておくのもよくない。


 侯爵にとってドミニクの意思は二の次だ。一見非情な親のようだが、決まっていた王族と貴族の婚約をひっくり返そうとしているシャルロットとそれに同意しているドミニクの方が傍から見れば変わっているのだ。


 執事長は放られている招待状を見遣る。


「王女様の意図は何なのでしょうね」

「クロードからは何も聞いていないのか」

「坊ちゃんは王女様達と何か話をする時はクロードのことすら離しているようです」

「ふん、用心深いやつだな。まあいい。行けば分かるだろう」


 侯爵は不敵に笑う。


 シャルロットとリオンがどんな作戦を講じて来ても、ドミニクがどれだけ二人に協力しても、侯爵には切り札がある。あの日、遣いに出していた使用人が見つけて来たもの。あれさえあれば、子供のやることなど粉々に踏み潰すことができる。と、侯爵は考えていた。





「父には何か策があるようで……うわ! 美味しい! 何ですかこれ」

「クッキーを作ったので持って来たんです。少しだけですが」

「リオン様が作ったんですか? すごい……。プロ並みですよこれ」


 王宮のシャルロットの部屋で、少年少女達は作戦会議もといのんびりとしたお茶の時間を過ごしていた。テーブルを囲んでいるのは、リオン、シャルロット、ドミニクの三人だ。


 王女付きの侍女とクロードはいつものように廊下に控えている。そして、リオンにくっ付いて離れなさそうなアンブロワーズの姿もない。建国記念日のお祝いの飾り付けはレヴェイユの村でも行われており、アンブロワーズは下宿先の時計屋が受け持った分を手伝っているのだ。今日は時計屋のおかみさんと一緒に国旗をあしらった小さな飾りを手にしながら、パンデュールへ向かうリオンのことを見送った。手伝った分を下宿代から引いてもらえるからと手伝いを優先した自分を許してほしいと訴える姿に、リオンは「頑張ってね」とだけ言って馬車に乗り込んだのだった。


 リオンが王宮に持参したのは手製のクッキーである。継母と義姉達の優雅なティータイムのために作ったものだが、迎えに来たシャルロットが「いい匂いがする!」と言ったのを合図に数枚を袋に収めた。


「今度のお茶会でシャルロット様とお茶菓子を作ると聞きました。まさか、これほどまでの腕だとは……。店を出せるレベルですよ」

「そんなに絶賛されるとちょっと照れますね」

「美味しい……。どこかのパティシエに教わったんですか」

「いえ、独学です。気になる店に通ったり、本を読んだりして」

「リオン様がこれだけ上手ならば、シャルロット様と作るものにも期待できますね。楽しみです」


 クッキーを齧っていたシャルロットが手を止め、少し膨れた様子でドミニクを見た。


「ちょっと、それどういう意味。わたくしだけだと不安だって言うのかしら、ドミニク様は」

「えっ!? えーと……」

「ふふ、いいのよ。その通りだもの。わたくし一人じゃ上手くできなくても、リオンと一緒に作るなら自信を持てるし、頑張れそうよね。ね、リオン」

「何を作るか決めないといけませんね」


 ところで、とリオンはティーカップから手を離す。美味しいクッキーの話で聞こえたことを忘れてしまいそうだったが、ドミニクは何かを言いかけていた。


「ドミニク様、侯爵がどうかされたんですか」

「あっ、はい、そう、それなんです。父が何か考えているようなんです。随分と余裕そうだったというか、勝つ自信がありそうだったというか……。何か、秘密の武器があるみたいな感じでした……」


 秘密の武器? と、リオンとシャルロットはほぼ同時に言った。


 リオンが思い浮かべたのは物騒な道具を携えて不気味に笑う侯爵の姿であり、シャルロットが思い浮かべたのは治安の悪そうな人間を背後に従えた侯爵の姿だった。一体二人は父のことを何だと思って何を考えているんだろうとドミニクは胡乱な目になる。


「本物なら云々、と」

「本物かどうかも分からないものを持っているんですか?」

「懇意にしている貴族の方々と話をしているところに通り掛かって小耳に挟んだだけなので、僕は詳しいことは……」

「あら、そうなのね」

「ただ、とんでもない切り札のようです」


 ドミニクがジャンドロン邸に立ち寄った時、侯爵は貴族達に得意気に語っていた。切り札が手中にあるので、頑張って靴を探してもリオンは期日には間に合わない、と。


 ドミニクは父のことを尊敬している。そして、恐れている。ドミニクとシャルロットの婚約に関して以外は優しい父親であり、侯爵という地位にふさわしい立派な人物である。ドミニクがシャルロットの婚約者に選ばれた時、侯爵はとても嬉しそうにしていた。舞踏会で泣き出しそうなほど喜んでいた父の姿をドミニクは頭の中にすぐ思い出すことができる。


「……僕、少し不安なんです」


 テーブルの下で膝に載せられている手が微かに震えた。


 自分はシャルロットと良き友人でいられる今の関係を気に入っている。シャルロットはリオンのことが好きで、リオンはシャルロットのことが好きだ。それならば、自分は引き下がるのがいいだろう。未練はない。しかし、ドミニクは恐れていた。

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