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灰かぶり子爵の硝子庭園  作者: 月城こと葉
Recueillir-1 ガラスの靴の行方
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Verre-2 灰かぶりと魔法使い2

 落としてしまったガラスの靴を探しているうちにガラス製品を扱う商人と接点ができた。ガラスを集めていればいずれ失われたガラスの靴にも手が届くかもしれない。その資金を集めるためにリオンは子爵の代わりに議会に顔を出し、商人達とも交流を重ねた。ガラスを集め、珍しいガラス製品の取引が行われるオークションにも参加した。やがてヴェルレーヌ家はほんのわずかだが輝きを取り戻し、大量のガラスによって物理的な輝きも手に入れた。行き詰った時にリオンを助けてくれたのは、いつだってアンブロワーズだった。


「また今日も面白い話を仕入れて来ましたよ、リオン」

「今度は何?」

「ガラスでできた毒リンゴが怪しげなオークションにかけられるらしいです」

「それはちょっと怪しすぎるな」


 ヴェルレーヌ家の別邸は抱えきれない数のガラスを抱えてしまったため、リオンは屋敷の横にあった温室を改修した。母が植物を愛でていた場所だが、使われなくなって薄汚れてしまっていた。大幅な拡張工事を遂げた温室庭園は、植物に交じってガラス細工が咲き誇っていることから「硝子庭園」と呼ばれた。


 様々な形のガラスを収集したが、未だにガラスの靴は手元に現れない。リオンが落としてしまったのは一足丸々である。片方は王宮の階段で脱げたので、おそらくあの時王宮にいた誰かが拾っていると思われる。どこかの貴族が持ち帰ってしまったかもしれないし、王宮の使用人が廃棄してしまったかもしれない。実際にはシャルロットが手にしているが、リオンはそのことを知らない。そしてもう片方は、馬に乗っている途中で落としたらしく帰宅した際には脱げていた。急いでいたから、割れた音がしたのかどうかさえ分からない。もしかしたら割れてしまったかもしれないし、割れていないのかもしれない。


 貴方にあげたものだから俺のものではないし、靴なんて気にしなくていいとアンブロワーズは言ったが、リオンはガラスの靴を取り戻したかった。あの靴はシャルロットと共に踊った靴だから。あの夜シャルロットと踊った謎の令息が自分だったと証明するのはあの靴だから。似たような衣装は探せば見付かる可能性があるが、リオンの足にぴったりと合うガラスの靴はあれだけだ。


「どうします? ガラスの毒リンゴ、買っちゃう?」

「この上なく怪しいしどう考えても靴ではなさそうだけれど、ものすごく気になる。正直、ほしい。あぁ、もう。いつから私はガラス収集家になんてなってしまったんだ。……こんな調子でガラスの靴に辿り着けるのかな」


 植物達とガラス細工達の間を抜けて、リオンとアンブロワーズは硝子庭園の中を進む。出入り口まであと少しである。


「もう靴なんて諦めて、そのまま王女様に会ってしまいましょう。小さい頃に会っているんでしょ。結婚の約束もしたって聞いてますよ」

「私はあくまで父上の名代に過ぎないから、お目通りなんてできないよ。あの靴がなければ私は幼い日に少し遊んだだけの相手に過ぎない。今更現れて何だよって言われてしまう。約束と言っても、あんなの子供の戯言だしさ」

「そうでしょうかね」

「そうだよ。シャルロットに美しい時間を与えたのはあの夜のガラスの君だからね」


 第二王女シャルロットの十三歳の誕生日。貴族や豪商が集う舞踏会で彼女の婚約者が発表された。十二時の鐘を聞いて駆け出したリオンは発表を目にしていないが、後日相手が侯爵の息子だと聞いた。シャルロットはにこにこと笑っていたそうだ。皆が手を叩いて喜んでいるのを見て、ただにこにこと。逃げ出そうとしていたのを知っているのは一緒に踊ったガラスの君だけだ。


 リオンにとってシャルロットは初恋と言っていいものだった。子供の戯言に心を揺さ振られて、幼いリオンは胸をときめかせた。強い思いがなければ、舞踏会にも行っていない。


 大きくなったシャルロットにリオンは目を奪われた。抜け出そうかと言われて、そのまま手を引いて行ってしまおうかとも思った。今のシャルロットがリオンのことをどう思っているのか、そもそも覚えているのかどうかは分からない。それでも、あの夜共に踊ったガラスの靴の少年に本心を語って逃亡を提案したのは事実である。


「もう少し自分に自信を持ってもいいと思いますよ、俺は」

「いや、王族の結婚問題は真面目な話だから中途半端に近付いても私が何かしらのダメージを受けるだけだ。ヴェルレーヌ家はやはりまだ弱すぎる。私は頑張っているつもりだけれど、父上が元気だった頃と比べれば全然駄目だし……。落ちぶれた家が復活するのは難しいね。先日も陰でこっそり『光っているのは庭だけ』って言われているのを聞いてしまった……」

「確かに物理的に光ってはいますね」


 ガラス張りの扉を開けて、リオンとアンブロワーズは硝子庭園を後にした。すっかり本邸と化している別邸、その玄関に向かって歩いていると、可憐なドレスを纏った女性が肩を怒らせながら近付いてきた。下の義姉であるナタリーだ。


「リオン! お姉様が探していたわ! ちゃんと時計見て動きなさいよね! 待ちくたびれたって言って私が八つ当たりされちゃったんだから」

「すみませんお義姉様。居眠りしていたらしくて」

「もう、しっかりしなさいよね。仮にも貴方、子爵の代理なのだから。大黒柱代理でしょ。まさか議会で居眠りなんてしていないわよね」


 怪訝そうに睨み付けて来るナタリーに対して、リオンは慌てて首を横に振った。


「まさか! 今日は、その、温室で花を眺めていたらぽかぽかしていて気持ちがよくてですね」

「遠い国にそんな感じの言葉があるって聞いたことがあるわ。春は暖かくて眠いわよね。でも、お姉様と約束をしていたのだったらそれを疎かにすることが貴方に許されると思っているの」

「すみません。本当にすみません、以後気を付けます」

「おいナタリー嬢、あんたも凝りませんね。そのくらいにしておいた方がいいですよ。あんただって分かってるでしょ、さっき自分で言っていましたし。誰のおかげで今暮らせていると思っているんですか」

「やめろアンブロワーズ。何年もそうしていたから私もお義姉様方ももう癖や習慣が抜けないんだ。お義姉様に突っかかるな。この間も言ったよね」


 掴みかかる勢いだったアンブロワーズをリオンは制止する。襲われると思ったのか、ナタリーは驚いた様子でアンブロワーズのことを見つめていた。


 継母と義姉達が浪費したヴェルレーヌ家の財産はいつになったら回復するのか皆目見当が付かない。だが、リオンの尽力によりこの一年半で少しばかり立て直された。最もそのうちの何割もが硝子庭園の改修費とガラスの収集に消えているのだが。とはいえ、このままでは落ちぶれ貴族どころか貧乏人に真っ逆さまである、というところをリオンが救ったのだから、三人がリオンをあからさまにいじめることは随分と減った。今日も義姉が可憐な装いを纏っていられるのはリオンのおかげである。


 ナタリーはアンブロワーズから目を逸らしながら、「とにかく……」と話を戻す。


「お姉様が待っているから早く行くことね。私はちょっと市場に行って来るわ」

「分かりました、すぐ行きます。お義姉様もお気を付けて行ってらっしゃいませ」

「行ってきます。あぁ、あとね。貴方、その鳩ちゃんと躾けておきなさいよね。私はこの家の人間で、オマエは使用人なのだから。それじゃ」


 村の方へ向かっていくナタリーに向かってアンブロワーズはあかんべーをした。すぐさまリオンに小突かれる。


「お義母様達の言いなりになれとは言わない。でも、怒らせて何か起こっても私は知らないよ。その羽を毟られたくなかったらほどほどにしておきな」

「俺は使用人になった覚えはありませんよ。貴方だけの魔法使いですからね。困った時にはこのアンブロワーズお兄さんを頼っておくれ、俺のかわいいリオン」


 春の陽気の中でも真っ白なローブを羽織って着込んでいるアンブロワーズの背で、真っ白な翼が揺れた。


 困った時には白い鳥が助けてくれるとリオンの母は語っていた。そして実際に、リオンの前にアンブロワーズは現れた。曰く、彼は母が助けた白い鳥の息子なのだという。


「継母や義姉達にもしもまたいじめられたら俺に教えてくださいね。アイツらの目の一つや二つ、俺が潰してやりますから。こう、ハシバミの枝でちょちょいと」

「え、怖……。やめてよね……」


 平然と残酷なことを言ってのけるアンブロワーズに若干引き気味になりながら、リオンは玄関のドアを開けた。リビングに向かうと、上の義姉であるクロエが難しそうな顔をしてドレスを抱えていた。


「灰かぶり! 遅いぞ!」

「何の約束をしていましたっけ」

「ドレスの飾りが取れてしまっている。あと、ボタンも。付けておきなさいと昨日頼んだのだけれど忘れたのか」

「あぁー、なんか、言っていたかも? やっておきます」


 クロエはソファから立ち上がると、リオンにドレスを押し付けた。大量のフリルとレースを強引に持たされて、リオンは視界を塞がれてしまう。


 どちらかというとかわいい印象のナタリーに対し、クロエは格好いいという言葉の方が似合う女性である。リオンへの仕打ちなどの内面の性格の悪さを知らない近隣の村の娘達からは、恋にも似た憧れの眼差しを向けられている。


「村の娘達から茶会に誘われているのだ。丁寧に仕上げてくれよ、灰かぶり」

「迅速かつ丁寧に縫っておきます」

「ではよろしく頼む」


 これも、と普段着のスカートをドレスの上に追加してからクロエはリビングを出て行った。スカートはどうやら裾がほつれているらしい。


「俺も持ちますよ。それじゃ前が見えないでしょう」

「ありがとう」


 廊下を進みながらドレスを持ち直していると、二人の前に継母が現れた。ヴェルレーヌ家を乗っ取り、いつでも偉そうにふんぞり返っている意地悪な継母だが、リオンをいじめ始めた頃よりはほんの僅かながら穏やかになっている。しかしその変化は義姉達と比較すると微々たるものだ。


 継母の登場にアンブロワーズがあからさまに嫌そうな顔になる。


「あら、灰かぶり。庭園で無機物と戯れているのかと思ったら戻って来ていたのね」

「クロエ義姉様に頼まれていたことがあったので」


 継母はリオンとアンブロワーズが抱えているドレスを一瞥する。


「そ。探す手間が省けてよかったわ。おまえを探すなんてことのために無駄に体力使いたくないものね」

「お義母様も私に何か御用ですか」

「私ではなくて旦那様。おまえに話があるそうだよ」


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