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守護者の乙女  作者: 胡暖
第一章

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4.貴族のお勉強

 結局エヴァは朝まで寝こけていたらしい。

 窓から入る光の明るさで目が覚めた。


「…晩御飯、食べ損ねた」

『エヴァの食いしん坊』


 じとっとラタを見ていると、軽くドアがノックされた。


「どうぞ」

「失礼します」


 入ってきたのは細身で長身の男性だった。どこかダンと面差しが似ている。

 ぬるま湯の入ったたらいを持っている。


「ダンの息子さん?」

「はい。こちらで執事をしております、アルフと申します。昨日、夕食前にご挨拶差し上げようと思っていたのですが、お休みだったようですので」

「そっか、ごめんね。よろしくお願いします」


 エヴァは、ペコリと頭を下げた。


「ご朝食は皆様別々にとられます。こちらにご用意してもよろしいですか?」

「うん、お願いします」


 たらいをベッドサイドに置いて、寝室から出ていこうとした、アルフを呼び止める。


「あ、ねぇ着替えはどこかな?」

「そちらのクローゼットに。お手伝いが?」

「いい。必要ないよ」


 アルフに断って、エヴァはクローゼットを開けた。ぎっしりと詰まった服の量に軽く驚く。


「すごいね、こんなに…」

「申し訳ございません。こちらはラーシュ様がご使用になられたものでして。何分急なことでしたので、新しいお洋服は追々仕立てさせていただければと…」

「いいよ。すぐ大きくなって着れなくなるし。こんなに立派な服がたくさんあるんだ」


 エヴァの言葉にアルフは苦笑して、お辞儀をする。


「では、お支度が済まれましたら、外にお食事をご準備しておりますので…」


 そう言って寝室を出て行った。

 エヴァはシンプルな白いシャツと緑色のズボンを身に着け、顔を洗って、寝室を出る。

 豪華な朝食に目を輝かせる。

 アルフに椅子を引いてもらって席に着き、朝からお腹いっぱい食べた。

 食べ終わると、アルフに髪を梳いてもらう。

 食後はユーハンのお勉強だった。


 アルフに案内されたのは、ユーハンの自室のようだった。本棚にはびっしりと本が並び、よく分からない模型や、標本が所狭しと置かれている。


「ユーハンは何をする人?」

「父…オールストレーム公爵の補佐をしている」

「オールストレーム公爵は何をする人?」

「公爵は領地を治めている。この、オールストレーム公爵領に住む人間に税を納めさせ、その金でこの土地をを住みやすいように整備している」

「…金?」

「…そこからか…」


 ユーハンはため息を吐いた。

 神殿育ちのエヴァの生活は、基本的に喜捨で賄われていたし、贅沢を良しとしないため、嗜好品を自分で買い求めることもなかった。そもそも、外出はかなり厳しく制限されていたため、残念ながら、お金に触れる機会がなかったのだ。

 微妙にすれ違いながら、ユーハンの教育が始まる。

 ユーハンはまず、薄くて丸くてピカピカした色違いの金属をを3種類、机の上に置いた。

 平たいそれにはカクカクとした5枚の花弁のようなものが彫り込まれている。


「…きれい。魔道具?」

「これは硬貨だ」

「硬貨?」

「物にはすべて値段がついている。この硬貨を相手が決めた値段の数だけ渡し、引き換えに品物をもらうんだ。この硬貨は、魔石を模している。もともとは、本物だったらしいが…」

「魔石…」


 ユーハンはうなずき続ける。


「魔道具は、魔石に術式を書き加工したものだ。魔石を原料に作り出す」


 へー、と言いながらエヴァは硬貨を手に取って眺めてみる。


「薄い金色のものが一番高価で、次は銀色、一番安価なのが銅色の硬貨だ。銅色の硬貨を1とすると、銀色の硬貨が100、金色の硬貨が1000になる」


 エヴァはふむふむと頷く。


「まずはお前にどのくらいの知識があるのか知るところからだな。…この世界については知っているか?」


 あまり、とエヴァは正直に答える。ユーハンは一つ頷いて続ける。


「この世界はイハナマーイルマと呼ばれている。ここ、王都ローレンティウスを中心に、取り囲むように9つの大領地がある。大領地は3つずつその特性から呼び名がついている。岩と山があり、魔水晶の採掘が盛んだが農業に適さない、職人の領。寒さが厳しくこれまた農業には適さないゆえに学問が発達した、学者の領。そして我が公爵領のある、祈りの領。その外は海になっており、海の魔獣が存在しているため、その海を航海したものはいない。海から流れ込む運河が3本あり、王都まで続いている。その内の1本を使って、お前はここまで来ただろう?運河は交易の要であると同時に、海からの魔獣の侵入を許す入り口でもある。そのため、運河は魔獣を倒す役目を負った辺境伯家と、王族の血に近い公爵家がそれぞれ挟むように領地を持っている。そして侯爵が辺境伯と公爵家の間の領地を持っている。伯爵以下は、その派閥の侯爵以上の領地の一部を分割してもらっているか、領地を持たず王都で暮らしているものが多い」


 ユーハンは紙に大きな丸を書き、その中心に小さな丸を書いた。最初に書いた大きな丸を均等に3分割するように3本の線を引き、その左側に学者の領、右側に祈りの領、下側に職人の領と書き込んだ。

 そして、中心の丸に王都と書き込んだ。中心の小さな丸を、とんと指差し言う。


「さて、この王都だが、その名の通り王族が住んでいる。王族は、祈りの領にかかった虹の橋を渡った神族の国の神の血を引いている。毎年この時期に、王族は虹の橋を渡って神族に参拝している。

 あぁ、お前はこの参拝の最中にならず者に襲われてルーカスと出会ったのだったか…」


 エヴァは、ユーハンの書いた紙をじっと見つめる。司祭様はエヴァのことを神の使いだと言った。

 王族の話は聞いたことなかったが、ユーハンは王族を神の血を引いているといった。もしかしたら、エヴァは王族に縁があるものなのだろうか?しかし、性別を偽り、出自を隠している今、それは聞けなかった。


「ふむ。お前、字は読めるのか?」


 ユーハンの書いた字をじっと見つめていたからだろうか、ユーハンがそう聞いてきた。

 エヴァは、はっとして頷く。


「……ダンの報告でもあった。ちょっと孤児には思えないぐらい身ぎれいで、礼儀作法などはひとしきり仕込まれているようだと…お前、もしかして孤児ではないのか?」


 ぎく、っとしてエヴァはユーハンを見つめ返す。


「…親はいない。神殿で育った。嘘じゃない」

「ふむ。まぁその見た目だ。引き取り先が決まってたのか?」


 エヴァはフルフルと首を振る。


「…将来高く売るために今から仕込んでたのか?まぁ、なんにせよ平民が何を言っても問題はないか…」


 ユーハンは一瞬考えこんだが、机をトントンと指先でたたき気を切り替えた。


「知識にいささか偏りはありそうだが、こちらの言うことを理解できる程度の教養はあるか…ちなみに敬語は使えるのか?」


 エヴァは基本的に敬われる立場であり、自分が敬語を使うことはなかったので、普段通りに話していたが、そういえばエヴァのここでの立場は孤児であった。今更ながらにまずかったかな、と思い至った。


「…使えます」

「ふむ、まぁ、必要な時にとりつくろえるのであれば普段は良い。我が公爵家が敬わねばならぬ存在など、王族くらいなものだからな」

「この家の人には敬語使わなくてもいいの?」

「あぁ」


 エヴァはほっとして、息を吐く。

 ユーハンは顔は怖くて、不愛想だが悪い人ではないようだ。

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