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守護者の乙女  作者: 胡暖
第一章

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3.新しい家族

 王都への移動は1週間後だった。

 その間、エヴァはダンにテーブルマナーや挨拶の仕方など、最低限の礼儀作法を習った。

 最高司祭の花嫁となるべく、育てられていたエヴァは、知っていることも多かったが、することもないのでちょうどよいか、と思っていた。

 ルーカスは、仕事があると言って、アンディシュとの面会後は、屋敷を出て戻ってきていない。もうこちらには戻らないという。次に会うのは王都になるようだ。


 移動当日、ダンと一緒に馬車に乗り、着いたのは川岸だった。と言っても、対岸が見えないほど遠くにある。エヴァは本で読んだ海というものかと思ってワクワクした。

 この川は王都までつながっているという。その川に、二階建ての大きな帆船が浮かんでいる。


「ここからはどうか、お一人で」


 ダンと別れエヴァは一人で船に乗せられ、出発した。

 公爵は社交シーズンまで領地で過ごすため、エヴァ以外は王都に向かうものがいなかったのだ。

 このまま、3日船に揺られたら王都に着くらしい。

 最初はラタと一緒に船内を探検したり、川の流れを眺めていたエヴァだが、すぐに飽きてしまった。

 同じような風景がずっと続くのだ。船員は誰もエヴァを気にしない。携帯食料は味気ないが、自分で食べたい時に食べることができる。部屋に引きこもってのんびりすることにした。


 がったん


 衝撃で目を覚ました。どうやら寝てしまっていたらしい。


『お寝坊さん、着いたみたいだよ!』


 ラタに起こされて、外に出てみる。途中からはずっと客室の中で、うとうとしていたので、今が朝か夜かもわからない。眠い目をこすりながら、船の外に出ると、そこは異世界だった。


「う…わぁ」


 エヴァは目を輝かせる。

 川沿いにはびっしりと建物が立ち並ぶ。壁に使う泥に塗料を塗りこんでいるのか、カラフルな家々は、しかし屋根の色だけはオレンジ色に統一されていた。植物は手入れされた植え込みだけ。地面は白っぽい石畳で整備されている。

 人工的に手を入れられている王都は美しい。

 これまで鬱蒼とした森に囲まれ、むき出しの地面に、ぽつんぽつんと立つ、木造の小屋のような家を見慣れたエヴァにはとても新鮮だった。

 船着き場にはルーカスが迎えに来てくれていた。


「ようこそ、王都ローレンティウスへ!エディ、船旅はどうだった?」

「楽しかったよ!最初はね。ここが王都?すごくきれいだ!」


 興奮そのままに話しかける。


「そうか、それはよかった。家に案内するよ。今日はみんないるんだ」


 そう言って馬車に案内される。


「今日はマルガレーテじゃないの?」

「仕事じゃないからな」



 王都の家もそれはそれは大きな屋敷だった。

 ちょうど昼時だったらしく、着いてそのまま食堂に案内される。

 長方形の縦長の机に先に座っていたのは3人で、一番奥の席に女性、その対面にルーカスより少し年上に見える男性が座り、いくつか席を空けてエヴァと同い年くらいの男の子が座っていた。


「エディ、あそこに座っている女性が俺たちの母上だ」

「アグネス・オールストレームよ。我が家の子として遇される以上は、公爵家の子として恥ずかしくない振る舞いをするように」


 アグネスは、金髪碧眼でとても綺麗な女性だったが、きつそうな顔だちをしており、にこりとも笑わずそう言った。エヴァはぺこりとお辞儀をする。


「母上の前にいるのが、兄上のユーハン。エディの家庭教師の役割をしてくれる」

「ユーハンだ」


 こげ茶色のまっすぐな長い髪を後ろで一本にくくり、片眼鏡(モノクル)をかけている。

 オレンジ色の瞳で笑わないその顔は父親のアンディシュにそっくりである。

 愛想のかけらもないその挨拶に、またエヴァはぺこりとお辞儀をする。


「……最後がラーシュだ。エディは基本的にラーシュと一緒に過ごしてもらう」


 朗らかなルーカスらしくない固い声音にあれ?と思いながら、エヴァはまたぺこりとお辞儀をする。

 ラーシュはこちらを見てもくれなかった。


 ラーシュはびっくりするほどきれいな顔立ちをしていた。オールストレーム公爵家の人々はとても美形だが、その範囲には収まらない。

 つやつやと光る白銀の髪に、けぶるようなまつ毛に彩られる瞳は黄金。エヴァより少し上の年頃に見える。この年の男児には珍しく長い髪で、緩やかに編んで垂らしている。ちらりと見えた腕にはたくさんの腕輪が嵌っている。エヴァよりよほど華やかなラーシュは、オールストレーム公爵家の中で異質な存在だった。エヴァは、そんなラーシュに実は少し親近感を抱きながら、挨拶は終了した。

 その後に食べた昼食はほっぺたが落ちるかと思うほどおいしかった。基本的に、清貧を良しとする神殿では出ないような、豪華な食事だ。領地の食事もとても美味しかったのだが、食べ慣れた食材が多かった。ここでは、食材も調理法も初めて目にするものばかりだった。


「ラーシュ、エディを部屋まで案内してやれ」


 ルーカスにそう言われて、ラーシュは露骨に顔をしかめた。

 食べ終わって、食後のお茶も飲まず、さっさと立ち去ろうとしたところを呼び止められたのだ。


「…何で俺が」

「最初に言っただろ。エディは基本的にお前と過ごす。部屋も隣だ。行け」


 ちっ、と舌打ちしてエヴァをチラリと見る。

 置いていかれないよう、エヴァは急いで席を立った。


 ラーシュはこちらを振り返ることなく、すたすたと歩いていく。

 エヴァはふと気になったことを聞いてみた。


「ねえ、ラーシュ。君も養子なの?」

「あぁ?」


 すごい剣幕で振り向かれ、胸ぐらをつかまれた。


「ご、ごめん。聞いたらダメなことだった?」

「普通、初対面の人間にそんなこと聞くやつなんかいねーよ」


 吐き捨てるように言われ、手を離される。


「そっか…なんかルーカスの様子がおかしかったからさ。君も同じ境遇なのかと…」

「……ここにいたら多分耳にすると思うから先に言っておく…俺は、養子じゃないが、妾腹の生まれだ」

「ショウフク?」

「…母親が違うんだ」


 深刻そうな顔で話すラーシュに、ふーんと相づちを打つ。


「…聞いておいて興味無さそうな顔すんな」

「あぁ、興味ない訳じゃなくて。血は繋がってるのに何でだろうと思って」

「繋がってる分、許せないこともあるんだろう…」


 諦めた顔で話すラーシュに、エヴァはそういうものなのかねぇと答えて、あとは部屋に着くまでお互い無言だった。



 部屋は、男の子の部屋らしくブルーとグリーンの色が基調で整えられていた。二間続きで、寝室が別にあるらしく、エヴァはわき目も降らず寝室の扉を開ける。ブルーのシーツがかかったベッドに倒れ込む。


「…つ、疲れた」


 船旅の慣れない環境では、いくら眠っても疲れがとれていなかったようだ。加えて、公爵家のベッドはふわふわだった。あっという間に睡魔に引きずり込まれそうだ。


 これまでズボンのポケットに隠れていたラタが出てきて笑う。


『面倒くさそうな家族だね』

「…ラーシュと仲良くなれるかな?」

『えぇ、仲良くなりたいの?』


 辛うじて、こくり、と頷いて、エヴァはそのまま目を閉じた。

 ラタはチチチと笑って、エヴァの顔の横で丸くなる。


『おやすみ、エヴァ』


 ◆


「なんなんだあいつは…」


 自室のソファに座りラーシュは呟いた。

 手に付けた腕輪の一つにひびが入っている。それを擦りながらため息を吐く。

 寝付ける気がしなくて、本を開いていたが先ほどから目が滑っていた。

 もうずっと、オールストレーム公爵家でラーシュはいないもののように扱われていた。決して傷つけられる訳ではないが、子どもが当たり前に受ける愛情とは無縁だった。

 馬鹿にするでもなく、あんな風に真っ直ぐ話しかけてくる存在は、どう扱っていいのか分からない。

 見ないようにしていたものを、気づかないようにしていたことを明らかにされる気がする。

 明日から彼が毎日側にいるかと思うと、憂鬱で仕方なかった。


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