47.招かれざる来訪者
ベアトリスの部屋を出たアンナリーナは、ベルタより来客を伝えられた。
「……会わなきゃダメかしら」
ベルタはアンナリーナにあいまいにほほ笑む。それを見たアンナリーナは大きくため息を吐いた。
----全く、次から次へと…!
来客は、庭園で待っているという。
アンナリーナは年頃。加えて、婚約者がいる。部屋の中で会うのは体裁が悪いからだ。
重々しい足取りで向かった庭園で、アンナリーナを待っていたのはリクハルドだった。
「…お待たせして申し訳ございません」
「い、いえ。こちらもお約束もなく、お、押しかけてしまったので…」
分かっているなら来ないでほしい。アンナリーナは口に乗るギリギリで言葉を喉の奥に押し込んだ。ため息を器用に笑顔に変換して話しかける。
「お久しぶりですわね。わたくしに何か用事がありまして?」
「あ、あの…エディが…エディがもし、このまま悪魔裁判にかかったら…その、僕と…」
結果も出る前から、随分と性急なことだ。アンナリーナは扇でその口元を隠すと目元だけで笑みを作る。そして、リクハルドに最後まで言い切らせずにかぶせるように言葉をぶつけた。
「あらいやだ、わたくし仮定の話をする気はございません。わたくしの婚約者はエディ、ただ一人だけ。もし、愛する彼の身に何か不幸が降りかかれば……そうね、数年は喪に服すことになるでしょうね」
にっこりと笑うアンナリーナに怖気づくようにリクハルドは言葉にならない声を発しながら数歩後ろに下がった。
「ご用件はそれだけでした?わたくし、あいにく予定が詰まっておりまして。これで失礼させていただいてもよろしいかしら?」
あ、う、というリクハルドの言葉を肯定と受け取って、アンナリーナはきれいな礼をした後、踵を返した。
リクハルドはアンナリーナの後姿を見つめながらこぶしを握り締める。そのまま呆然としばらく立ち尽くしていた。
一体どれくらいそこにいただろう。リクハルドの体感的にはそれほど長くはなかった。頭の中で、色々な言葉が渦巻いていたからだ。自分の世界に没頭していたリクハルドは後ろから声をかけられて文字通り飛び上がった。
「リクハルド、あぁ、お可哀想に」
「サ…サンドラ」
リクハルドはこの従姉のことが苦手であった。同じ従姉のヴィオラも煩くて苦手だが、彼女は喜怒哀楽がはっきりしている分、まだわかりやすい。リクハルドは、表面上穏やかに見せながらも隠しきれていない、サンドラのまとわりつくような粘着質な性格がどうにもダメだった。先日のお見合いの席には付き合いで参加したものの、父もわざわざ、同じ血族同士で婚姻することは求めていなかった。だから、今日も挨拶だけしてそそくさと去ろうとしたのに、サンドラはわざわざリクハルドの手を取って、顔を覗き込んできた。
「あの子はまだ子供なのよ。あなたの良さが分からないなんて。きっと今に後悔するはずよ、あなたを邪険にしたことを…」
サンドラがリクハルドの触れられたくない部分に無遠慮に入り込んでくるものだから、ついついリクハルドも攻撃的になる。
「……彼女はまだ婚約者がいる身だ。身持ちが固いことは別に悪いことじゃない。君みたいに、年頃の男なら誰でもいいわけじゃないんだ」
サンドラは、リクハルドの言葉に傷ついたように目を伏せた。リクハルドはため息を吐きたくなる。いつもこうだ。サンドラは巧みに自分の立ち位置をずらしてこちらに罪悪感を抱かせてくる。こちらの弱みや触れられたくないことに、そうと分かって無遠慮に立ち入ってくるにもかかわらずだ。リクハルドは彼女とこれ以上会話したくなくて、強引に会話を打ち切って、立ち去った。
立ち去るリクハルドを見ながら、サンドラはギリ、と歯を食いしばる。
「愚図の腰抜けが…」
そして、サンドラの思考はアンナリーナへと向かう。
サンドラはアンナリーナが嫌いだ。自分より、後から生まれたのに、神族に嫁ぐとしてちやほやされて育てられた。神族に嫁ぐ話は無くなったが、その後婚約者としてあてがわれたのは、虹色の瞳を持つ綺麗な男の子だった。しかも、魔獣を操るという、他の誰にもできない芸当ができる。自分を差し置いて何でも手に入れているアンナリーナを生意気だ、とサンドラは考えていた。
何より、サンドラがけしかけたヴィオラが彼女に何を言ったとしても飄々としているのがむかつく。サンドラに泣きついてくるのなら、優しく突き放してやるものを…。
――――お母さまだって、おっしゃったわ。姉として私を立てることもできないあの子にきちんと立場を分からせてやるべきだと。
だから自分のアンナリーナに対する態度は、サンドラの正当な権利なのだ。
――――どうすればあの女を痛い目に合わせてやれるかしら…
サンドラは目を細めて空を見つめていた。
そしてふと、喧騒が近づいてくることに気づいた。




