45.弟
エヴァは騎士団の寮に着くまで、馬車の中でなぜこうなったのか考えた。しかし、考えても考えても、原因はまるで思い当たらない。
自室に戻る前に、戻ってきたことを伝えようとラーシュの部屋の扉をノックする。そして、応答の声を待たずに部屋の扉を開ける。
「…あれ?ユーハン?」
「お前な、応答する前に開けるなよ。…まぁいい。呼びに行く手間が省けた」
開けた部屋の中には、優雅にお茶を飲むユーハンと、呆れた顔で腰を浮かすラーシュがいた。
「ユーハン朝ぶりだね。どうしたの?」
「……面倒なことになった」
ラーシュの隣に腰を下ろしながらエヴァは気軽にユーハンに声をかけたが、返ってきたのはいつもより数段重々しい声だった。
深刻な表情のユーハンに、エヴァも顔を引き締める。横でラーシュも同じように顔を引き締めていた。
「エディ、お前が異教徒であることが最悪の形で露見した。神殿の働きかけによって、お前は悪魔裁判にかけられる可能性が高い」
「な…!!」
ユーハンの言葉に反応したのはラーシュだった。再び腰を浮かし、机に手をついて身を乗り出している。
エヴァはポリポリと頬を掻く。
「…らしいね。王女様に聞いたよ」
「お前は…!何を平然と…!!」
エヴァよりも余程激高しているラーシュがどんと机を叩く。
「本日、王宮より緊急の召集令状が来て父上が呼ばれた。今頃、丁度話し合いの最中だろう。私はお前にこの事実を伝えるために来た」
「そっか、ありがとうユーハン」
「……オールストレーム公爵家としては、お前を守り切れぬかもしれぬ」
「……そっか」
あいまいな笑みを浮かべて俯くエヴァを一瞥して、ユーハンはぎゅっとこぶしを握る。
「……信仰するものが違うだけで悪魔などと…このような馬鹿らしいことがまかり通るものか」
「え?」
「公爵家としては表立ってお前をかばえぬかもしれぬが、私はお前を諦めない。……それだけ伝えておく」
ユーハンの言葉にエヴァはポカンと口を開ける。言うことは言ったとばかりに席を立とうとするユーハンにエヴァは慌てる。
「ちょ、ちょっと待って。…それ、ユーハンは大丈夫なの?」
「……自分の命がかかっている時に、他人の心配などしている場合ではないだろう?」
「え、それって大丈夫じゃないってことじゃ…」
一瞬エヴァは呆気にとられる。
「…どうして僕のために?」
「……お前も弟だからな」
少しだけ目元をやわらげたユーハンに、エヴァは泣きそうになる。
そして一度視線を下げたあと、エヴァはラタを呼びだした。横でラーシュの肩が強ばったのを感じる。
窓から部屋に入ってきた小栗鼠の魔獣に、ユーハンは目を見張った。
「…こいつは」
「この子、僕の偵察部隊。ラタって言うんだ。故郷から連れてきたの」
「……何故急に私に?」
「僕もユーハンには危ない目に遭ってほしくないから…。僕の切り札を見せる」
「切り札…」
「うん、ラタは魔獣だから、魔獣だけが通れる道を使って瞬時に移動できる。そして、ラタは小さき獣たちの声が聞こえる。今、情報を集めてるんだ。…ユーハンも何か分かったらラタに伝えて?ラタと呟けば、直ぐに来る」
「…便利だな」
ユーハンはほうと呟きながら顎を撫でる。
エヴァはユーハンに頷きを返した。
ラタは弱いが、その代わりに諜報活動に特化している。普通の魔獣は、魔獣以外の獣の声を聞くことはできないが、ラタは鳥や鼠などの小さき獣の声を聞き、情報を集めることができる。これまではそこまでの警戒をしていなかったが、これからはこの王都中から情報を集めるつもりだった。
「僕も死にたくないから頑張る」
「ああ」
ユーハンはくしゃりとエヴァの頭をひとなでして去っていった。扉が閉まるのを見送って、ラーシュが足を組む。
「それじゃあ最初から説明してもらおうか?このままだと俺だけ置いてきぼりだ」
静かに立腹しているらしいラーシュに苦笑して、エヴァはこれまでのいきさつを伝えることにした。
◆
ラーシュの部屋を出たユーハンは、その足で王宮を目指していた。恐らく話し合いがもうすぐ終わるだろう。出てきたアンディシュに呼び出しの仔細を尋ねるつもりだった。
事は一刻を争う。少しの時間も無駄にする気はなかった。
城の前で待ち伏せたユーハンに、アンディシュは少しだけ目を見張った。
「……話し合いはどうなりましたか?」
「……全く。それほど熱心になることか」
「父上」
「ふん。ベルマンがきな臭い。ベルマンの思惑を暴くのに、あいつは良い餌になるだろう……それまで、生かすように動く」
ユーハンは組んでいた腕を解いて、アンディシュに頭を下げた。
「……別にお前たちのためではない。家の利のためだ」
アンディシュはつまらなそうに呟くと、ユーハンを振り返らず、馬車へと歩き出した。
◆
その夜、エヴァの元にさっそくラタからユーハンの伝言が伝えられる。ラタは小さな手紙を持たされていた。ラタから受け取ってそれを読んだエヴァは首をかしげる。
「一昨日の件、身の潔白を証明できれば悪魔裁判を回避できる…て、僕は完全に被害者なんだけどなぁ」
どうしてそんなことになったのか。全く意味が分からない…、と思いながら、エヴァは布団に潜り込む。
「まぁ、明日の朝、ラーシュに相談してみよう」




